第37話 上空の死闘

 飛行第191戦隊の飛燕8機は、甲府上空9500mを飛行しながら侵攻してくるはずの敵機を探していた。191戦隊には太平洋上に配置された特設監視艇隊からB-29の接近を知らされ、出撃命令が出されていた。伊吹の率いる桜隊は赤羽飛行場を1時間前に離陸し、徐々に高度を上げ配置についていた。

 伊吹の上面濃緑色の飛燕を先頭に、少し離れて同じ塗装の本田機が編隊を組み、その数百メートル下に全面無塗装の飛燕6機がバラバラに追従している。伊吹は最初から編隊での行動は諦めていた。なぜなら彼らの乗った飛燕は大気の薄いこの高度で大幅にエンジン出力が低下し、姿勢を維持するのも一苦労なのだ。錬成飛行隊から191戦隊に配属されたばかりの、技量未熟の少年飛行兵達では高度を上げるのがやっとなのは最初から分かっていた。彼らにはついてくるだけで良いと念を押していた。もちろん、本田は別だ。

 伊吹は飛燕の操縦席の中で分厚い飛行服に身を包み、酸素マスクにゴーグルの完全装備で、南から飛来するはずのB-29を求めて目を凝らしていた。


『さくら5より全機。10時方向、かなり下方に敵機』

 伊吹の後ろを唯一追従してくる本田機から全員に無線が入った。ほぼ同時に、伊吹も遥か南から飛来する大型機と周囲に群がる小型機を見つけた。

『さくら1より全機。こちらからも見えた。敵機20機程度』

 当時の日本軍の航空無線は使えないのが常識だったが、伊吹は配下の機体の無線機は手間暇かけて整備させ、使用の訓練も念入りに行っていた。そのため特に近距離では充分に活用出来るようになっていた。

「既に取りついてるな」 

 浜松の海軍か、他の戦隊か、どちらだろうと伊吹は思った。

「さくら1より全機、高度を合わせて前方から迎撃する。攻撃位置に付け」

 高速で北上するB-29と正面から接近すれば富士山上空で接触できるだろう。伊吹は慎重に南に旋回を開始した。


===


 早朝にサイパンを離陸し日本の沖合で集合、第520爆撃群の僚機と編隊を組みながら高度を上げたリプトン達のB-29"Harsh Mistress"は、静岡から日本に上陸するとすぐ多数の日本軍戦闘機に襲われた。新たな命令によって以前より侵入高度を低くしたのは明らかに失敗だと誰もが思った。

「2時上方、戦闘機2機、突っ込んでくる!」

 機体中央の丸いキャノピーの中に陣取った中央管制銃手のウィルソン伍長が機内通話で叫んだ。同時にB-29の上方銃塔2機合計4門の12.7mm機関銃が発砲を開始する。編隊を組んだ20機のB-29と合わせて数十門の機関銃から吐き出される曳航弾が、弾幕となって日本軍の戦闘機に吸い込まれていく。

 操縦席の全員はすでに酸素マスクを装着し、ヘルメットを被り分厚い防弾ベストをある者は飛行服の上に羽織り、ある者は対空砲火に備えて座席の下に敷いていた。

 数秒後、2機の双発の日本軍戦闘機が機関銃を発砲しながらB-29編隊の後方を通り抜けていった。

「1機撃墜した!」

 側方銃手のエッカート一等兵がバラバラになって落ちていく日本軍機を確認して報告する。リプトンたちにとって幸いなことに攻撃は編隊の端の1機に集中し、彼らの"Harsh Mistress"は無傷だった。狙われた僚機もなんとか編隊を崩さず付いてきている。


「厚い雲で全然見えない。気象偵察機は何やってたんだ」

 爆撃手のグライムズ少尉は襲いくる日本軍機の群れを横目に双眼鏡で東京方面を見ていた。彼らの任務の精密昼間爆撃ではノルデン爆撃照準機による目視爆撃が基本だ。雲で隠れて目標が見られなければ攻撃は出来ない。

 サイパンを離陸する時、今日の攻撃目標は定まっておらず、名古屋か東京のどちらかを飛行中に決定することになっていた。そして先行する第500爆撃群の爆弾を搭載しない気象偵察任務のB-29が日本上空の天候を偵察し、爆撃目標を東京のエンジン工場に決定したのだ。

「雲が切れてるのを祈るしかないな」

操縦士のストレイヤー少尉は操縦桿を握り呟いた。

「1時方向同高度、敵戦闘機4機」

「後ろにもう4機いるぞ」

 グライムズは双眼鏡をしまうと代わりに機関銃の照準器を掴んだ。爆撃手席には爆撃照準機と機関銃の照準機の両方が備えられ、銃塔の操作もできるようになっている。まもなく、迫り来る日本軍機に狙いを定めたグライムズが射撃を開始した。

 リプトンは彼らのB-29に向かってくる4機の日本軍機を見た。胴体の細い単発機、水冷エンジンのトニーだろうとリプトンは思った。4機の飛燕トニーは発砲しながらすれ違い、編隊を通り抜けて行く。同時にリプトン達の後方のB-29がぐらりと機体を揺らし、徐々に高度を落とし始めた。

「"StromShadow"がやられた。コクピットが滅茶苦茶です」

 エッカートがキャノピーから身を乗り出すように張り付き、被弾したB-29の様子を報告した。

 リプトンは"StromShadow"の機長ハリス大尉の人懐こい笑顔を思い出しながら、機内通話で全員に向けて話しかけた。

爆撃工程開始点イニシャルポイントまでもう少しだ。みんな頑張れ」

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花は桜! 潮戸 怜(Shioto Rei) @shiotorei

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