記録内容:情動ほか多数
目々
記録内容:情動ほか多数
回覧板ならポストに入れといてくれる? そう、今火ぃ使ってんの。見てよ椅子まで出してきた上にこのバーベキューセット。網まだ載せてないけど。あれどのタイミングで載せるのがいいんだろうな。滅多にやらないからよく分からんのよ。
田舎の一軒家の特権だと思うんだよね、庭先で火。この家が広いってのもあるけどな。都会の一軒家で迂闊に火なんか使ったら苦情どころか直に通報くるしな。焚火の曲がり角とかもうできないもんな。まあ見たことねえけど俺の年齢でもさ。見覚えないのに郷愁溢れる光景ってやつ。怖いね?
昼ご飯ではねえなあ。だってもう午後の二時でしょう、そこで今からさあ火を起こそう、って段取りが死んでるやつのやり口じゃん。夏なら分かるけど今微妙に春じゃん、これから日なんかどんどん翳って寒くなるからさ。焼肉なら室内でホットプレートが一番安全だと思うんだよ。そう一人焼肉。でも一人暮らしだと何やっても全部そうだから呼び名としてどうなんだろ。一人タコパに一人蕎麦に一人フレンチトースト。一人の方が基本的には自然だろうにねえ、いっぱいいる方が隠れやすいんだけどな、ろくでもないやつはよ。手近で盾代わりにしたいっていうなら分かるけどな、そっちの方がひどい気もするな。
……回覧板置いたのに帰る気ないね君。暇なの? いや俺はさ、あれだよ自由業っていうか個人事業主だから。ここぞの一番で動けりゃそれでいいの。君学生だろ確か、前広瀬さんから聞いたけど──そっか。学生ってのはいいご身分だよな、人があくせく働いてる最中の休日って最高だろ? 俺は最高だと思ってる。月曜日の朝なんかさ、ド平日の真っ黒なカレンダーの文字見ながら優雅に朝のコーヒーにウイスキーだぱだぱして飲んでるときとか最高。ざまあみやがれってなる。
まあいいや今椅子用意するから座んなさい。いいんだよ物どけるだけだし。それに焚火囲んで無駄話って風情ポイント高そうだろ。風流なのよ俺。
でね、俺がこの春の午後に何してるかって言ったらさ──不用品の始末してんの。
偉いだろ? 社会貢献度が高え。こんな小春日和の穏やかな日は俺の優しさが世界に浸みる……そうね、晩秋だよ。春じゃないから不適切だけどさ、君元ネタ分かんの? あ、そうじゃなくて一般教養。すげえな学生。俺歌でしか知らなかった。
何を始末するんですかってこれだよ。ノート。友達が見つけたんだけどさ、処理に困って俺が預かったの。
違ぇよ、そういう刑事ドラマな方じゃない。大体裏帳簿とかね、そういうのをやるんならちゃんとしたノートを買うよ。どっちかっていうと恋愛ドラマとかそっちの方です──日記だよ。
いや、友人の日記じゃねえんだわ。来歴とか聞く? ちょっと長いけど。あそう。暇だねえ君も。
そいつ実家が金持ちでさ、何か偉い年寄りが死にそうだからってこの春彼岸に遺品整理を始めたわけよ。蔵とか家とか一族郎党揃って家探ししてさ、金目のものやら一族の恥やらそういうものを引きずり出して処理しとこうみたいなやつ。財産持ちは面倒だよなあ。あんなもん火つければ一発じゃんって俺は思うけどね、そういうわけにもいかないんだってさ、代々受け継いだりするから。ややこしい。
そんでな、友達──えっとね、真藤ってことにするか。真藤は蔵の本棚がさごそしてた。そいつんちの蔵、中に簡易書斎みてえなのがあるらしくてさ。蔵の二階の端の方、壁に据え付けて本棚と長机があるんだと。そこで書き物してた親族がいるとかいないとかの話をしてた。曖昧なのはあれだよ、そいつんちの連中そこそこ早死に多くてさ、祖父母以外はツラを遺影でしか見たことねえんだって。だから誰が使ってたのか分からねえし知らねえ。血の繋がった他人だって言ってたな。利いた風な口ばっかりきくんだよ。
で、真藤そこの本棚
そうやって本棚の中身を仕分けながら空にしてたんだけど、下段抜いた辺りで変なもんが出てきたんだと。
蔵の本棚、背板がないやつでな。横板とだけあって真後ろ壁なんだよ。で、蔵の小汚い壁と棚に挟まって、茶色い紙包みみたいなのが出てきた。背板がないからな、何かの拍子で本が滑り込むってのもあるだろうよ。真藤もそう思ったらしくて、とりあえず引っ張り出して蝋紙剥いてさ。そんで出てきたのがこれ。ぱらぱらっとめくったら手書きの文字と日付が見えて、ああこれ日記だろうなって見当がついた。
誰が書いたかは分からない。見りゃわかるけど、名前とかそういうもんが表紙にもどこにも書いてねえ。誰かに聞こうにも、何せどいつもこいつも早死にだから候補者を思いつけるやつが生き残ってないし、まだ生きてる爺婆に知れるとお家の恥だって取り上げられるからな。
だから真藤、黙って持ち出してきたんだと。値段も価値もつかねえもんになんでそんなことしたんだって聞いたら、面白そうだったからって言ったもんな。
君にも気持ちは分かるだろ? 日記ってのは他人のはらわた標本にしたようなもんだからな。取り澄まして取り繕ったツラをひん剥いて、零れた中身をなすったような代物だ。覗き見て面白くないわけがねえ。
そんでまあ、家探しもとりあえず彼岸の分は終わりだってなってな。真藤もかび臭い実家から自宅に帰ったわけだ。一人暮らしのワンルームマンション、ぐったりソファで戦利品を検分してた……文庫本とか教本とかな。わあマジもんの墨塗りだとか酒飲みながら楽しくやってたんだと。
で──日記にも手を出したわけだ。当たり前だな、メインディッシュだ。酒片手にわくわくしながら、ウン十年ぶりにノートは開かれたわけだ。
予測はついてるだろうがな。まあろくなことが書いてなかった。泣き言と恨み言と罵言、悪意と悔恨がびっしり虫みてえな字で几帳面に書いてある。これを
でさ、真藤、最後まで読んだ。何書いてたかは細かくは聞かないけど、まあ最後まで夢も希望も何にもなかったんだろうね。げんなりして、始末に困って、そんで俺に押し付けるから始末を頼むって話をしたのが三日前。
連絡取れなくなっちゃったんだよな。
今朝の
大学ノートだよね、この端っこに映ってる罫線。で、この殴り書き。「すまなかった」って読めるだろ。何のことだか分からないし、俺これが真藤の筆跡かどうかも分からんのよ。知らねえもん友達ったってさ。誕生日も知らねえ。
でねえ、こっちが直筆──あっぶねえな頭打つぞ。俺の知り合い駐車場で死んでるからな車止めに頭ぶつけてさ。テレビの芸人みたく倒れるとあぶねえのよ。大事にしなさい体を。あとな、そうやって勢いよくいくと椅子も壊れるから。これ折り畳みのちょっといいやつだからね、貰いもんだけど。
一応説明するとさ、三日前に俺が引き取ったのよこれ。マジで最近流行りの呪物じゃん、みたいな話をしながら酒飲んでぱらぱらって読んでね。本当に手書きだなあ、字小さいな、最後のページは白いんだなあって思った記憶が確かにあるのよ。週末あたりに知り合いのこういうのが得意なやつに相談しようって話をしてたんだけどね、こうなっちゃうとなあ。
そうだな、不思議だよ。三日前から俺が預かってたわけだからさ、あいつがこうして書き込めた訳がねえんだな。だって確認した時には白紙だったから……証明はできないけどね、ひょっとしたら書いてあったのを見逃したのかもしれない。けど写真は? 俺に渡す前に撮影して、それを俺に送信するってんならできるだろうよ。けどやる意味がない。俺をビビらせてやろうってぐらいしか理由が思いつかないけど、そんなことのためにこんな手間かかったことやるか?
それだって分からねえけど、そうじゃなかったとしたらもっと分からねえんだよな。俺に
既読ついてないだろ、そのあとの発言。連絡つかねえのよベタだけど。
何があったかとか知らねえよ。大の大人が既読未読でうろたえるのも、どうかって話だからさ、何もしてない。もし何か起きたとしても──手遅れだったのかどうかも分かんねえしな。けどな、じゃあこういうもん持っていたいかって言ったら微妙なところだろ。だから火焚いてる。火ってそういうのにも強いらしいしな。俺じゃなくて知り合いが言ってたけど。お焚き上げとか見るだろ夏の特番で。
で、これから燃やすわけだけどさ、君どうする? 付き合ってくれるんならいいよ、そこで見てなよ。何なら終わった後で餅でも焼こうかなあって考えてたからさ。食べてく? おやつ代わりに。何ならマシュマロ焼くからさ、な。暇だろ?
記録内容:情動ほか多数 目々 @meme2mason
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます