【KAC202211】日誌を書く意味が最後までわからなかった

姫川翡翠

東藤と村瀬と日誌

「現文、英語……今日って3時間目なんやったっけ?」

「世界史A」

「えーと、4時間目は?」

「体育」

「お昼ご飯食べてぇ、……5時間目は?」

「……数Ⅱ」

「6じかn」

「化学基礎。お前記憶力死んでるんか? 6時間目とか終わったんついさっきやぞ。というか何で1、2時間目は覚えてんねん」

「時間割見るたびに『火曜は1時間目から文字読むん嫌やなぁ、眠いなぁ』っていつも思うからやな。英語は好きやし覚えてる。まあ僕お前より英語できるんで」

「うっさい〇ね」

「東藤は英語の発音終わってるもんな。きしょいもん」

「村瀬さぁ、一生懸命やってる人のことそういう風に茶化すなよ。最低やで」

「顔が」

「はぁ?! 顔は英語と関係ないやろ!?」

「うるさい、ばーかばーか!」

「あぁ? やんのか!」

「やりませーん! ベロベロべー!」

「ファッ〇ュー!」

「うわ危なっ! 中指で目潰ししようとすんなや! 危ないやろ!」

「避けてくれてありがとう。突き指するところやった」

「警察に突き出されんで済んだことを感謝しろ」

「いいからさぁ、はよ書けやカス。俺は帰りたいねん」

「別に僕のこと放って帰ればいいやん」

「ええやんけ。はよ書け」

「えっと、今日の早退・欠席者。いたっけ?」

「今日は安原さんが欠席でした」

「え、何で知ってん——どうして知っているんですか?」

「隣の席だからです」

「なるほど。ということは、今日は東藤君は授業でのペア作業中、ずっとボッチだったわけですね?」

「はい。そうです。前後のペアにも混じれず、俺は今日はボッチでした」

「『今日は』ですか?」

「『今日は』です」

「待て待て待てぇ! 東藤はいつもボッチやないかーい!」

「……」

「…………」

「………………」

「………………ふふ「ァッキュー」

「うわぁ! だから目潰しやめろや! てか僕の『ふ』を勝手に使うな!」

「伏字対策」

「どうやって発音したんや」

「いっつも思うけどさぁ、一つひとつの時間ごとに欠席者の欄いらんやろ」

「そんなことないやろ。特定の授業だけおらん場合もあるかもしれへんやん。まあ、うちの高校でサボりとかはないやろうけどな」

「ああ待て待てお前やめろ。1つずつに安原さんの名前書くな。『〃』使え。見てるだけで疲れるわ」

「なんでやねん。意味わからんわ」

「あとさ、授業内容って欄も意味わからん。なんて書いたらいいねん」

「授業内容書けばいいやろ」

「お前覚えてるんか?」

「覚えてへん」

「やろうなこの馬鹿」

「こんなん適当でええねん」

「欠席者の欄を真面目に書いてたやつとは思えんセリフやな」

「だって誰も読まへんやん」

「そうやけどさぁ」

「まあ僕はお前のやつ読むけどな」

「やめろや」

「えーっと? 東藤は……あった。は? お前僕に文句言いまくりの癖に自分はめちゃくちゃきっちり書いてるやん。欠席者の欄一つひとつにフルネームで書いてるやん。しかもこの日の欠席者4人もいるし。欄ギチギチやし。うわ、今日の感想の欄もギチギチやん。やば。お前なんなん?」

「なんなんってなんや。俺は真面目なんや。しょうがないやろ」

「はいはいはい。今日の感想ね。『たのしかった』。はいおわりー。職員室に出して帰ろー」

「待てやお前! ちゃんと書けや!」

「なんやねんお前。どっちやねん」

「先生が読まはんねやぞ! それだけやったらがっかりしはるかもしれへんやんけ!」

「なんで僕が先生を読み手に想定してがんばらなあかんねん。てか大体みんなこんなもんやろ」

「そんなことないって!」

「見ればいいやん。昨日は村井君やったな」

「勝手に見んなよ! プライバシー侵害やぞ!」

「気にしすぎや。ほら! 村井君も『昨日は夜更かしをしたので眠かったです』だけやん。先生のコメント『ちゃんと授業を受けてください』って。確かに村井君昨日は注意されてたな。ん? いや今日やったか?」

「それはどうでもいいけど、え、みんなそんなもんなん?」

「そういうてるやん。ほら見てみ? みんな大体一言やで」

「ほんまや。信じられへん」

「先生も律儀に毎回コメントしてはんねやな。全然知らんかったわ。え、待って。僕前回も『楽しかった』って書いてるやん! 前回はちゃんと漢字使ってるし! 先生のコメント『何が楽しかったですか?』って笑うわ。じゃあ今回はちゃんと書いとこ。『東藤が日誌でガチッてて面白かったです』。よし。てかこんなん誰も気づいてへんやろ」

「先生が一生懸命書いてくれてはんのに気づいてへんとか……先生かわいそう……」

「あ、わかった! 東藤は地味に先生の返事を楽しみにしてるやつやろ!」

「いや、まあ、そうやけど」

「お前意外とかわいいところあるんやな」

「黙れ。ええやんけ別に」

「あれや。東藤は小学生の頃の宿題の日記を楽しんで書いてたタイプやな?」

「ああ……、確かにそうやな。そういえば先生から貰えるコメントが楽しみで書いてたかも」

「さすがやな。僕なんか日記が宿題とか死ぬほどめんどかったもん。だから『今日は○○して遊んだ。○○だった。楽しかったです』この3行やったで」

「それ日記か?」

「うん。最低3文って言われてたからそれはクリアしてるし。基本的に5W1Hを1つずつに分けて文章にすれば6文稼げるからな。時と場合によってこの中から書きやすい3つを選んでた」

「こすい真似する小学生やな」

「逆になんか書くことあった?」

「え? そうやな……俺は放課後遊ぶ友達とかおらんかったし、ずっとひとりでゲームしたり漫画読んだりしててんか。だからどんなゲームしてるとか、今日はどこまで進んだとか、読んでる漫画の感想とか? 小学校の頃の先生はゲームとか漫画をすごい好きな人やって、日記のコメントには色々書いてくれはったんのよ。もちろんみんなの前では『ゲームしすぎるなよ』って厳しく言ってはんねやけど、日記へのコメントではいっつも優しいっていうか、ゲームの話をたくさんしてくれはったから、みんなの知らん先生を俺だけが知ってるみたいなうれしさもあったかもしれへん。あとは宿題を早めに終わらせて予習までしたとか、お手伝いでお風呂掃除したとか、褒めてもらいたくて書いたなぁ。なんせまあ、家にあんまり親がおらんかったから、ただただ誰か大人に話を聞いてもらいたかっただけなんかも? 当時の自分を分析するとそういうことなんかなって、ふと思ったわ」

「あのさぁ、1個いい?」

「なに?」

「重い」

「えぇ……そんなこと言われても……」

「お前度々重い話するやん。どういう顔して聞いたらいいん?」

「変顔でもしておけば?」

「(*´Д`)」

「あんまり変わってないで」

「普段から顔が変って言いたいのか?」

「確かに!」

「うるさいわ」

「『変な顔』と『顔が変』ってニュアンスだいぶ違うよな」

「後者の方が傷つく」

「やったら自ら傷つきに行ってるやん」

「普段から『変な顔』って言いたいんか?!」

「ううん。『顔が変』って言ってる」

「うわーん!」

「噓泣きやめろ。きしょい」

「あれ? 東藤君と村瀬君? 珍しいですね。まだ教室に残っているのですか?」

「あ、先生! 今日僕が日直やったんで日誌書いてるんです!」

「そうですか。もう書けましたか?」

「はい! いまから職員室にもっていこうと思ってました!」

「じゃあ今私が受け取っておきますよ」

「え、いいんですか? ありがとうございます! それで先生はなんで教室に?」

「教卓に筆箱を忘れちゃったみたいで。やっぱりあった」

「そういえば先生、ちゃんと毎回日誌にコメントつけてるんですね。1年の頃の担任はハンコ押すだけだったので、全然気づいてませんでした」

「そうでしょうね。日誌は基本的にその日の日直が持っていますから、前の日の日直が確認しないのは仕方ないでしょう。それに次に日直が回ってきたころには、前のことなんて覚えていないでしょうし。でも、」

「でも?」

「日誌は私たち教員が生徒の皆さんを知るためにすごく助かるんです。日誌の書き方でその人がどんな性格なのか、なんとなくわかります——もちろん本当にざっくりですけれど。今日の感想が一言であっても、交友関係とか、今日何があったとか、普段どんなこと考えて過ごしているのかとか、そういうのが垣間見えます。それがあるだけで、皆さんと過ごす日常も大きく違って見えるんです」

「へぇ。日誌にそんな役割が」

「そうなんですよ。私も教員になるまでわかっていませんでした。それに、意外と素直に書いてくれる人もいます。普段は消極的でも、日誌ではちゃんと書いて伝えてくれる生徒もいます。やっぱり大人に直接は言いにくいじゃないですか。そういうところも日誌の大切なところだと思いますね」

「……なんやねん村瀬。俺の方見んなや」

「ふふふ。確かに東藤君はちゃんと書いてくれますね。私、毎回すごく楽しみなんですよ。いつもありがとうございます」

「……っす」

「まあなんと言いますか、私が学生だった頃、日誌にある先生のコメントが結構好きだったんですよね。だからそういう生徒がひとりでもいればいいなって思いながら毎回書いています」

「よかったな東藤。先生もおんなじみたいやで」

「うるせぇ」

「本当に2人は仲がいいですね。それじゃあ、私は職員室に帰ります」

「先生待って。僕日誌を書き直します」

「そうですか? わかりました。それじゃあまたあとで職員室までお願いしますね」

「はい!」

「それでは」

「……お前なに書き直すねん?」

「日誌のことちゃんと書いとこって思って。『先生から日誌の意味を聞いた。これからは日誌をちゃんと書こうと思った』これでよし」

「書き足す意味あるこれ。そう思うんやったら全部書き直せや」

「これはこれで僕らしくていいと思うねん」

「物は言いようが過ぎるやろ」

「じゃあ帰ろ」

「おう」

「先生は東藤の文章のファンやって」

「ファ〇キュー」

「何? フ〇ッキュー目潰し流行ってんの?」

「いいや別に」

「発音下手なくせに粋がんな。ダサいしやめとk「〇uck you!!」

「うわ最後めっちゃいい発音」

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