毒親との交換日記

釣舟草

女子中学生の日記

2018年


2月12日


 バレンタインの準備を始めた。親たちは「バレンタインなんてくだらない」と言って準備させてくれないから、こっそりね。今日は中学の図書室で借りた本を見て、何を作るか決めたよ。ケーキポップ。篠原くんはきっと喜んでくれる。


2月13日


 ケーキポップを作ったよ。売ってるスポンジを丸めて、溶かしたチョコに漬けて棒を刺せば、完成! 親たちが寝静まった後にやり始めた。片付けまで音を立てないように神経使ったから、もうクタクタ。気づいたら空が明るくなってるし、鳥が鳴いてる。もう2月14日だね。篠原くん、ハッピーバレンタイン。


2月14日


 ケーキポップ、大好評だったー! 詩乃のブラウニーには負けるけど、杏奈も香織も「美味しい」ってバクバク食べてた!

 篠原くんも喜んでくれた。私がケーキポップを出した瞬間、目を丸くして、それから笑顔に。彼は私の生きる糧。幸せ。


2月15日


 うちの親はお小遣いをくれない。みんなもらってるのに。どうして中2にもなって、私だけ何をするにも親に伺いを立てないといけないの?


2月16日


 親に成績が悪いって怒られた。ムカつく。私だって頑張ってるのに、あいつらは何も分かってない。今日も篠原くんはかっこよかった。


2月17日


 私の何を分かってるって言うの? 分かったつもりになって優越感に浸るのはやめてよ!  部活だってバイオリンだって、全部あんたらが決めたんじゃん!! 私はマリオネット。あいつらの、あいつらのための人形。消えていなくなりたい。



2月18日 恵理子へ


 部屋の掃除に入ったら、机の上に堂々と置いてあったので読みました。ママの思いもこの日記帳に書かせてもらいますね。


 あなたが深夜にコソコソ何かしていることは知っていました。まさか、ママとパパに黙って男に狂っていたなんて、裏切られた気分です。そんなことだから、ママもパパも心配でお小遣いを渡せないのです。ケーキポップの材料を買うお金はどうしたのでしょうか? お友達から……なんてことは無いと思いたいですが、まさか家のお金に手を付けたのではないでしょうね? だとしたらあなたは、人として最低の場所へ足を踏み入れたのです。泥棒という道です。


 あなたの考え方は浅はかで、行動は衝動的です。後悔することも多いでしょう。ママはあなたを分かっていますよ。

 だからこそ苦言を呈します。「消えていなくなりたい」などと書くものではありません。言霊と言うように、よくない言葉はよくない結果を連れてくるものです。部活も習い事も、ママは勧めただけでしょう。全部、あなたが自分で「やる」と言ったのですよ。「怠けるならやめてしまいなさい」とママが言ったとき、あなたは泣いて「ちゃんとやる」と約束しましたよね。それを忘れたのですか? だとしたらとても悲しいです。どうか目を覚ましてください。


 これからも、ときどき読ませてもらいますね。この日記帳は、ママとの交換日記にしましょう。お返事をお待ちしていますね。






ママへ


 毒親って言葉、知ってますか? ママは毒親です。私は死ぬことにしました。よってここへの書き込みは最後です。ママに言うことはもう、何もありません。


 ひとつだけ、言っておきたいことがあります。


 この日記帳は、ただのノートではありませんでした。私の魂のすべて、誰にも言えないことを打ち明ける、かけがえのない親友でした。


 勝手に読み漁り、書き込むことで、ママはそれを穢した。絶対に許しません。


 じゃあね。さようなら。





3月19日 恵理子へ


 あなたが居なくなって1ヶ月が経ちました。世界一愛する娘の行方が分からず、ママもパパも憔悴しています。この日記に何を書いたところで状況は変わりませんが、祈るような気持ちで書き込んでいます。


 あなたは、ママがあなたを「穢した」と書きましたね。ママにはさっぱり意味がわかりません。あなたの行動や考えを知ることが、なぜあなたを「穢す」ことになるのでしょう。ママには、あなたを立派な人間に育てる責任があります。そのためにしたことですよ。


 あなたはママから生まれた、ママの体の一部です。そして、ママはあなたのために自分を犠牲にしています。あなたが「やりたい」と言って始めたバイオリンに、いくら掛かっていると思いますか? そのためにママがどれだけ我慢し、体に鞭打っていることか。そんなママには、知る権利があると思いませんか?


 早く帰ってきてください。そして早く目を覚ましてください。良い子のあなたが「ただいま」と笑顔で戻ってくれることを、祈っています。





2019年 2月19日 恵理子へ


 あなたがいなくなって、今日でちょうど一年です。ママはまだ、あなたのいない生活を受け入れることができません。


 あなたが幼い頃、親子三人で山の小川に遊びにいったことがあります。よく晴れた日でした。遊ぶ水しぶきが、キラキラと陽に反射していました。あなたは満面の笑みで振り返り、「この小石、ママの好きな青だよ!」と言ってくれましたね。あのときにもらった石を、ママはまだ大切に持っています。ママにとっては、宝石のような思い出です。


 あなたは、ママ想いの優しい子です。思春期に入り、悪い友達に影響されてしまったけれど、本当のあなたはあの頃のまま。何も変わらない可愛い子です。ママには分かります。だからどうか、戻ってきてください。


 そういえば、この間、篠原くんを見かけました。下品な女の子と手を繋いでいましたよ。あなたと似た背格好でしたが、ケバケバしい服装で、変な髪型と化粧をしている子でした。その程度の女が好きな男だったということですよ。あなたがいなくなればすぐに乗り換える、そんな男です。あなたを生涯想い続けるのは、ママとパパだけ。だからどうか、帰ってきてください。ママはずっとあなたを待っています。



2029年 2月19日


 おばあちゃんのお葬式が済みました。母を見送れたことに安堵する反面、自分は娘に見送っては貰えないのだという虚無感に苛まれる日もあります。


 最近、ようやくあなたのいない生活を受け入れられるようになりました。それでもやはり、ママは子供が大好きです。そこで、パパと相談して、恵まれない子の里親になれないかと、動き始めました。児童養護施設にも、何度か見学に行きました。


 長年枕を濡らしていましたが、ママはまた、活き活きと輝き始めることができそうです。どうか、草葉の陰からママを見守っていてね。愛しています。いつまでもあなたのママより。

 



2029年 2月22日 ママへ


 お久しぶりです。今、この家の留守を狙って入り、書き込んでいます。おばあちゃんのお葬式に行かなくてごめんなさい。私は生きています。どこにいるかは言えませんが。


 ずっと私を待っていたんですね。でも、ママが待っていた私は永久に現れません。なぜなら、そんな人は存在しないからです。ママが待っていたのは、幼い頃の私の幻影。実在する今の私とは別人です。ママを愛のすべてと信じていた幼い私は、もういないのです。目を覚まさなくてはならないのは、ママの方です。


 ママが10年前の日付で書いていたものを読みました。あのとき、篠原くんと歩いていたのは私です。お別れを言いにいったのです。彼は、外見が変わった私を見ても、すぐに分かってくれました。一方、ママは私に気がつかなかった。もうそれが答えです。


 私は今、厳しくも楽しく暮らしています。子供も生まれました。今の私は幸せです。少なくとも、ここにいた頃と比べたらずっと。


 子を産んで思うことがあります。子が生まれるのは、100%親のエゴだということです。子は望んで生まれるのではなく、望まれて生まれるのです。この残酷な世界に、1つの人格を望んで産み出した責任は、あまりに重いのです。


 この世のものとも思えないほど痛かった出産とか、慢性睡眠不足で精神をやられた乳児育児とか、自分の時間やお金を失う不自由とか、親が味わう苦しみのすべてを、子は知らなくて良いのです。知らずに大人になり、知らずに巣立っていく。親は一切報われなくていい、もしそれが子の幸せに繋がるのなら。我が子がどんな人間であっても、ただ信じ、ひたすらに包み込む。それが産み出した責任であり「愛する」ということだと思うのです。



 最後にひとつ、ママにお願いがあります。もう二度と、子供を育てようと思わないでください。子供とは、ひとつの人格。いかに未熟でも、軽く扱って良いものではありません。ましてや、ママの自尊心や心の空洞を満たす道具ではありません。


 赤の他人の心配ばかりして干渉する人間というのは、概して自分の問題から目を背けているものです。ママが向き合わなくてはならないのは、他人の子供ではなく、自分自身だと思います。


 では、これで本当に、さようなら。


P.S.

 稼業なので、箪笥たんすの預金は遠慮なく頂戴していきます。この一点において、ママの洞察は正しかったと認めます。私を愛しているなら受け入れてね。末永くパパとお幸せに。

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