ハルの進路指導~「失せ『者』探し、いたします」番外編

清見こうじ

ハルの進路指導

土岐田トキタ、お前、本気で大学受験しないつもりのなのか?」


 俺は目の前にいる生徒……土岐田晴比古トキタ ハルヒコに問いかけた。


「はい。市立病院付属を受験します」

「だって、お前、あそこは専門学校だぞ?」

「はい。でも、看護師になれます」

「そりゃそうだが。もったいなくないか? 今は大学だって、看護の学科、あるだろう?」

「でも、ここから通える範囲にはないので。あと、学費が桁違いです」

「……家計のことを考えているのは分かるが。奨学金って手もあるんだぞ?」

「父にも相談しました。同じことを言われました。学費のことなら心配するな、と。でも僕にとっては、家族に負担をかけて今、大学に行くより、早く自立して、それから、自分のことは自分でまかなえるようになってから、しっかり勉強したいんです」

「しかし、働きながら進学することは、そう簡単じゃないんだぞ?」


 状況が許すなら、苦労はさせたくない。

 担任をしている三年生の土岐田晴比古は、うちの高校のトップクラスというわけではないが、真面目で誠実で、どの教科もまんべんなく平均以上の成績を修めている。

 教科外活動にも熱心で、クラスメートの信頼も厚い。

 在学中に母親をやまいで亡くし、父親が一人で子供達を育てていると聴いている。そんな家庭状況もあって、余計に感情移入してしまうのかも知れないが。


「先生は、何故教師になったんですか?」

「?」

「以前は違う仕事をされていたと聴きました。どうして、転職したんですか?」


「……大学に行っても、何をしていいか分からず、とりあえず就職したんだ。まあ、それなりに頑張って働いていて。ある時、知り合いに誘われて、塾にいけない家庭の子供達相手の教育ボランティアに参加した。熱心に学ぶ子供達に教えるのが楽しくなって、本当の教師になりたいと思って。通信課程で教師になるのに必要な単位を取って、転職したんだよ」


「そうなんですね。と言うことは、学びたいという気持ちがあれば、人間はいつからでも学び直すことが出来るってことですよね」

「確かに、その通りなんだが……」


 将来を定められずフラフラしていた俺と違って、土岐田には看護師になりたいという明確な意思がある。

 ならば、最初から大学に行っておいた方が無難じゃないのか?


「僕が学業に専念するためには、絶対的に家族の生活が安定している、ということが条件なんです。これは僕が家族のために選んだ道じゃないんです。今は、僕が何よりも家族を優先したいんです。僕が僕のために決めたことなんです」


「……わかった。市立病院付属の推薦書、準備するよ」



 押しきられる形で、推薦入試に必要な書類の準備を承諾した。

 大学進学者が九割の当校から専門学校への推薦なんて、と上司からも苦い顔をされたが、「家庭の状況で」と言い訳して、判をもらった。





「おや、土岐田じゃないか? どうしたんだ? 弟の付き添いか?」

「お久しぶりです。はい、一番下の弟と妹の引率です」


 三年後、土岐田晴比古が文化祭に遊びに来ていた。

「そうか、まだ下にも弟がいたんだな。それに妹か、可愛いな」

「はい。すぐ下は、今頃県営球場ですよ」

「そうだったな。野球部の連中は、文化祭に学校にいたことがないからな」


 夏の高校野球大会の開会式は、たいてい文化祭に重なる。

 土岐田の弟は、野球部の有望株で、一年生ながらベンチ入りしていると評判だ。


「看護師の勉強はどうだ? 順調か?」

「まあ、何とか。色々学ぶことが多くて大変ですけど、やりがいはあります」

「そうか。まあ、今日は楽しんで行ってくれよ」


 希望に満ちた土岐田の目を見て、俺は三年前の決断が間違っていなかったことに、安心した。



『今は、僕が何よりも家族を優先したいんです。僕が僕のために決めたことなんです』



 目の前の土岐田が弟妹ていまいに向けるとろけそうな顔を見ていると、あの言葉が真実だったのだと分かる。


 確かに、あんな可愛らしい子供達に苦労はさせたくないだろうな。それに、土岐田に言われて、俺なりに看護師の大学進学について調べてみた。学位だけでなくその気になれば大学院にも進学できるらしい。もちろん相応の努力は必要だが。



『学びたいという気持ちがあれば、人間はいつからでも学び直すことが出来るってことですよね』


 うた子に教えられて浅瀬を渡る、か。


 きっと、あいつは夢を叶えるだろう。そして、学びたくなったら、そのための努力を惜しむことはないだろう。

 あの日、土岐田に『何故教師になったのか』と問われて、俺も初心を思い出した。




 学びたいと熱意を持って取り組む子供達に、もっともっと良いものを教えたいと、そう思った、その日の決意を。








 **********************************


 高校生のハルのお話。

 担任の先生視点です。


 閑話でミチ姐が「あんな頭のいい学校」と言っていた瑛比古さんの母校にハルもキリも進学しました。


 きっと、大学勧められただろうに、瑛比古さんが甲斐性なしで進学を諦めたって思われるだろうな、と、懸念して、こういう裏設定を考えていました。

 余裕とは言いませんが、瑛比古さんなりにちゃんと準備しています。

 遊んでいるようですが、ちゃんと仕事をしてます。たまに行政書士の仕事も引き受けて、家で仕事しています、実は。

 

 まあ、続編「封印リフォーム」~で、また少し出てくる、かも?


 


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ハルの進路指導~「失せ『者』探し、いたします」番外編 清見こうじ @nikoutako

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