ロイと勇者の日記【KAC2022 11回目】

ほのなえ

日めくりの日記

 王都から離れた辺境の小さな村に住む青年、ロイは退屈しのぎに叔父が営む本屋によく入り浸っていた。

 そんなある日、ロイは叔父の本屋で鍵穴のついた革表紙の古ぼけた本を発見する。


「叔父さん、この本何?」

「ああ、それは日記だよ。本当は専用の鍵があって自分だけが開けられる仕様のようだが、鍵がないみたいで開けられないんだ。仕方なく処分しようと思っていたんだが」

「ねえ、これ…針金で開けられるか試してみるから、よかったら僕にくれない?」

「うーん、ま、別に要らないからやるけど…あいかわらず変な趣味してんな」

「ありがとう!さっそく帰って開けてみるよ」

「気を付けて帰れよ。今日は…王の専属占い師の予知に『魔王復活の証』が現れて騒ぎになってるみたいだからな」


 そうしてロイは古ぼけた日記をもらい、趣味として腕を磨いていた得意のピッキングで鍵を開けることに成功する。

 しかし日記を開いてみると、すでに何かが書かれていた。

「なんだ、使用済みの日記なのか」

 暇つぶしに何か書こうと思っていたので少々がっかりするも、その内容を読んでみる。


―――3月29日、『魔王復活の証』が現れ、王都は騒ぎになっている。この証は昔封印された魔王の封印が解ける暗示とのことで、今後遅くとも3年以内に復活の可能性があると言われている。それを聞いて私は、魔王の復活に備えて準備を始めることにした―――


 そう書かれた後、日記の持ち主はその日は手始めに体を鍛えることにしたらしく、腹筋や腕立て、剣の素振りなど、こなした鍛錬の内容が書かれていた。


「3月29日…今日の日付じゃないか。しかも魔王の復活の証が現れたってのも、今日の出来事と一致してる…!」

 日記を読んだロイは驚いた。そして次のページをめくるが、それから先は何も書かれていなかった。

「なんだこれ、この人1日で日記を書くのに飽きたのか?この先日記の持ち主がどうなったのか気になったのに…」

 ロイはガッカリするも、ふいに何かをひらめく。

「そうだ!今日は前の日記の持ち主とまるっきり同じ行動をしてみよう。そうすればこの内容は嘘ではなくなるし、明日からは自分のことを自由に書けるし」


 その日、ロイは日記に書かれている鍛錬をこなした。日記の持ち主は特別体力のある超人ではなかったようで、ロイでも休憩を挟めばなんとかこなせる内容だった。



「よし、昨日は無駄に体を鍛える羽目になったけど、今日からは自由に書けるぞ」

 次の日の朝、意気揚々と日記を開いたロイは目を丸くする。前日の日記の内容は跡形もなくなっていて…昨日の日記が書かれていたはずの場所には新たな記述があった。

 そこには3月30日…今日と同じ日付のものが記されていた。


―――3月30日、今日は朝から昨日と同じ鍛錬をこなす。しかしそれだけでは実戦には程遠い。魔王が復活すると、今は森や洞窟の奥で身を潜めている魔物の活動が活発になるため、今から戦えるようになっておかねばならない。手始めに町の外の森を可能な範囲で探索しようと思う―――


「なんだよこれ、日記の内容が変わって…今日の分が追加されてる…!なんか魔法道具の一種なのか?これ…。しかもまた体鍛えて…今日は森まで行かなきゃならないのか」

 ロイはため息をつくも、ちょうど町の外には森があり、自分にもできる内容であったので、まあ暇つぶしになるかと今日もやってみることにする。



 その後も日記は毎日更新を続け、ロイは毎日日記に記されたことをやってみた。

 毎日鍛錬だけを指示されるようなら飽きて放り出していただろうが、日記通りに行動していると、意外なところで貴重なアイテムを見つけたり、新しい場所に行けたりと…日々発見があるので、ロイは意外とその生活を楽しんでいた。



 そうして日記を手にしてからちょうど1年が経った時、ついに魔王復活の知らせが国中に広がり、国中の人々を震撼させる。



 ロイは魔王復活までの毎日を、日々更新される日記の通りに行動し続け、日々日記が指図する鍛錬と見つけた貴重なアイテムのおかげで、強くたくましい若者へと育っていた。


―――3月29日、ついに魔王が復活する。王都からは勇者を招集する王令が発布されるそうだ。私はこれまでの鍛錬の積み重ねを世界を守るのに活かすためにも、勇者に名乗りを上げようと思う―――


「魔王復活の日も…全く同じだ。それに、日記の持ち主…勇者になるのか」

 ロイは驚きの目で2回目にきた「3月29日」の日記を見つめる。

「もしかしてこれは、前回魔王を封印した勇者の日記…?いやでも勇者っていっても王に認められた勇者が何人も旅立つ中で、封印に成功した勇者は一人だけだし、この日記の持ち主が魔王を封印した勇者になるとは限らないよな。でも…」

 ロイはすっかりたくましくなった自分の体を見て呟く。

「ただの本の虫だった僕をここまで育ててくれた日記だから…もしかすると…あり得るよな」


 その後日記の持ち主とロイは…勇者として王から認められ、旅に出ることになる。


 ロイは旅の仲間も、仲間になる人の名前こそ書かれていなかったが…日記の示す場所に行って集めた。まず王都の修道院で回復魔法が使える修道女の娘を、そして旅の途中、魔導士の学院で魔導士の初老の男を、巨人族の住む山で巨人族の娘を選んで仲間にした。


 そして仲間とともに、日記の示す場所に赴き、貴重な武器や防具も集めて力をつけ…気づけば魔王の住む魔王城まで来ていた。



―――3月29日、我ら勇者の一行はついに魔王に相対することになる。魔王はまず、修道女が放つ光魔法の光で、魔王の力を増大させている闇のオーラを全て払うことが先決だ。そのあとは魔導士の雷魔法や巨人族の怪力によって魔王の動きを止め、脳天にある紅い色の核を聖なる剣で貫く―――


 三度目の「3月29日」の日記にはこう記されていた。


 そしてロイはそれを実践し、ついに魔王の封印に成功する。

(やっぱりこの日記は、前回魔王の封印に成功した勇者のものだったんだ…!記録を残してくれて感謝しないとな。おかげで世界を救うことができた…!)


 しかし、日記はその日を最後に…次の日以降、ロイに道を示してくれることはなく、ただの白紙の日記に戻ってしまった。



 旅が終わり、王都に凱旋したロイたち勇者の一行は、魔王の封印に成功した暁に、王から歓迎を受ける。

「いくらでももてなすゆえ、しばらく王都にとどまりなさい。そうそう、歴代勇者の一行は皆、英雄として像を立てているからそのモデルにもなってもらわねばならぬしな」


「歴代の勇者の英雄像…そんなものあったんだな。皆は見たことある?」

 宴の最中さなか、ロイは王が言っていたことを思い出し、仲間の2人(修道女は慣れない酒を飲まされすでに酔いつぶれていたので除く)に話しかける。

「もちろん…というか逆にオマエさんは見たことないのか?あそこは歴代勇者の気が与えられると言われパワースポットとして知られておるのに…なぜ冒険前に訪ねとらんのじゃ」

 ロイは魔導士の男にそう言われ、首をひねる。

(そんな有名なパワースポットなら、日記の持ち主の勇者はなんでそこに行ってなかったんだろう…)

「ちょっと…今から行ってみたいんだけど、それってどこにあるの?」

「『勇者の広場』と呼ばれる場所じゃよ」

「あたいも行こう。あたいも近くで見たことはないけど…場所は知ってるから案内するよ」

 巨人族の娘がそう言って立ち上がる。その拍子に周りの地面がグラグラっと揺れる。魔導士の男が顔をしかめて巨人族の娘を見る。

「大丈夫かいオマエさんが行って…くれぐれも像を壊すなよ?」

「うるさい爺さんだなぁ。わかってるって…さ、行くよ」

 巨人族の娘はそう言ってロイを指でつまんで肩に乗せる。


 ロイたちは勇者の広場にたどり着く。勇者一行の像は…10体以上もの数があってロイは驚いた。

「こんなに…勇者と魔王の戦いは繰り返し行われていたのか…」

「あんた、何も知らないんだね。あたいの一族は歴代の勇者たちに力を貸してきたから知ってるよ。あたいの父さん、前の勇者の旅に参加してるし」

「え、それって100年以上前の出来事なんじゃ…」

「巨人族は寿命が長いから。前の勇者が来たときは、あたいまだ子供でほんの20歳だったけど覚えてるよ…山から出て広い世界を見に行ける父さんがうらやましかった。だから今回あんたの旅についていくことに決めたんだ」

「そうだったのか…あれ?」

 ロイは歴代勇者の像を見てあることに気がつき、目を見開く。

「なんか…勇者の像が皆、本みたいなもの持ってるけど…」

「本…か。うーん、なんか父さんに聞いたことあるかも。前の勇者も、なんかずっと本持ってて読んでたんだって。魔導書でもないのに変だって言ってた」

「…!」

 ロイはそれを聞いてあることに気が付く。

(この日記は…初代勇者が残した記録か何かで、もしかして歴代の勇者は…僕と同じように日記の示す道をたどって魔王を封印したんじゃ…)


「そーいやこれ、父さんに持たされてたんだけど、結局使わなかったな」

 巨人族の娘は、おもむろにポケットから何かを取り出す。それは…すごく小さい鍵のように見えた。

「なんか前の勇者が死ぬ前に、仲間の中では一番寿命の長い父さんに預けたんだって。父さんもこれが何なのかわかってなかったけど、前の勇者の預かりものだから次の勇者に渡しとけって言われてたのに、ちっさすぎて持ってたのすら忘れてたよ」

(…!それ、たぶん…)

「もう意味ないかもしんないけど、あんたに預けとく。ちっさすぎて無くしそうだし」

 巨人族の娘が鍵をロイに手渡す。

「ふあぁ、眠くなってきたしそろそろ戻ろう。あたいふらついた拍子に勇者像破壊しそうだし、さっさと行った方がいいかも」

 巨人族の娘が返事を待たずにロイをつまみあげて再び肩にのせる。ロイは日記を取り出し、さっきの鍵をこっそり刺してみると…カチャリという音がしてすんなり開いた。





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ロイと勇者の日記【KAC2022 11回目】 ほのなえ @honokanaeko

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