後編

「じゃあ、話してー」

「何をだよ……」

「話したい事だよ」

「……。まあ、信じてくれるか分かんねえけどよ……」

「多少の不思議ならドンとこいだよ」

「すげー説得力あんな……」

「でしょ」


 ぬん、という怪物の得意げな表情に少女は思わず苦笑いを浮かべ、それに気が付きすぐに引っ込めた。


「俺、どうも霊力を持ってるらしくてな、怪異とかその手の物の心臓みたいなのが見えるんだよ」

「核だね」

「そのせいでよく怪異とかに狙われてな。あんまりにも事故とかそういうのに遭うもんだから、両親がなんとかしようとして、5年前ぐらいにそういうのを封印できる、っていうヤツがいるからってこの近くの村に来たんだよ」

「うんうん」

「それがろくでもねえ村で……、親をなんか霊的な物を使って、じんわりと洗脳して最終的には村に定住させたんだ。

 それで俺は、『暗闇様』の供物にするために神社に閉じ込められて、そこで霊力を高めさせられて、な……」

「その辺は言わなくていいよー。なんかいやなんでしょ?」

「おう……」


 奥歯をみしめ、膝を抱きよせて震える少女に、嫌なことだ、という雰囲気を読み取った怪物はそう言って話を飛ばさせた。


「……でまあ、今日の夜更けぐらいに、親は両方、俺がそれで霊力が無くなると信じたまま池に身投げして、俺は桶みたいなのに入れられてここにってわけだ……」

「それって辛いこと?」

「多分な……」

「悲しいと泣くのが人間だもんね。それで耐えられないから死がほしいんだ」

「まあ、そうだろうな……」


 耐えきれなくなったように静かに涙をこぼし始める少女を、怪物はやや慣れない手つきでふんわりと抱き寄せた。


「でも、あなたが死を欲しがる必要はないんじゃないかなあ」

「死なねえと、もう生きてるのなんて無理なんだよ俺は」

「辛いから?」

「おう……。そのはずだったのに、お前が踏んづけたから……」

「悪い事しちゃったね。わたしに何か出来ることない?」

「……そういう概念あんのか?」

「ないよー。でも、あなたが悲しいのはなんか嫌な感じする」

「……。……そうか」


 顔を上げると、怪物の表情が自分の感情を写している様な、悲しそうな目をしていた。


「――じゃあ仮に、お前に村の人間を皆殺しにしてくれ、って言ったらやってくれんのか?」


 少女は怪物から感じた圧倒的な存在感に、その力があることを感じとっていて、虚ろ下だった目がにわかに暗い光を帯びる。


「それで辛いは無くなる?」

「無くなりゃしないけど、親も俺も滅茶苦茶にした連中が平気で生きてるのは辛い……」

「そっかそっか。じゃあその辛いは、わたしがなんとかできるよ」

「じゃあ――頼む」

「りょーカい」


 その選択をするまでに、瞳に悲しい炎を燃やす少女が考えた時間はほんの僅かだった。


「じゃ、お外にしゅっパーツ!」

「本当ノリ軽いのなお前」


 怪物形態になった怪物は少女を頭に乗せ、ふよふよと洞窟の外へ出て行った。


 ――そして間もなく、あちこちがかがり火で照らされた、真夜中の村の全体が黒いもやに包まれた。


 ややあって。


「おや。これはどういう……」


 怪異犯罪取締局が課長クラスまで現場に派遣して行う、一斉摘発の対象となっていた『因習村』がまっさらに消えている様子に、捜査5課ソタイの課長は盆地にある村の入り口で唖然あぜんとしていた。


「逃げられたん、ですかね……?」

「いえ。流石にこのレベルの怪異を使えば、痕跡が高濃度で残るはずです」

「なるほど?」


 課長は車から降りて、教育のためにバディを組んでいる女性特別捜査官の質問に、フラットになっている霊・妖力カウンターを見せて答える。


「しかし、0というのは妙です。特にこの国はちょっとした場所が高濃度になりがちであり、通常20程は出ているものですから」

「こういう集落は特に高濃度になりがち……、でしたよね」

「正解。しかし、妙だからといって、ここでじっとしていると何が起こったかが分かりません。――総員、『ピースメーカー』の使用を許可します」


 課長は後ろに続いていた車列の部下と、村の反対側の入り口にいる部下に突入命令を出した。


「では行きますよ宇佐美さん」

「は、はイッ」


 草が地面から数センチの高さで消滅した村に、自動式拳銃を構えた課長と、暗黒色の巨大なウサギと人の怪異形態になった宇佐美という部下を筆頭に侵入する。


 非常に解決が困難な難事件になる、とその場にいた総員60名が覚悟したが、


「なるほど?」


 その原因たる少女と怪物が村の真ん中にいたため、あっさりと真相が明らかになった。


 投光器で照らされたそこは、村のシンボルの銅像があったが、今は土台だけスパッと切り取られた様になっていた。


「俺がやった」

「あー、実行はわたシがやったよー」

「お、お前なんでいるんだよ! どっか行けつったろ」

「だっテ。こんナつもりジャなかった、って言っタの、わたシが『怪取局カトリ』の話を出したズぐ後だモン。うそだッテバレバレだヨー」

「……」


 突然もやから実体化した怪物に、手のひらを返したバレバレの演技でだませていた、と思い込んでいた少女は恥ずかしそうに黙り込んでしまった。


 霊・妖力カウンターを課員が確認すると、怪物の周りだけ数字が0以下に振り切っていた。


「アー、『怪取局カトリ』の人。この子ニなんかシタラ、許さないカラそのつもりデ」


 怪物は少女を守る様に巨大な腕で少女と課長の間に壁を作って、ゆるい声色とは正反対の強い殺気をばらまく。


 それだけで、課長以外の捜査官も特捜官も、数名を除いて戦意喪失してへたり込んでしまった。


「なるほど。その少女がこの村の被害者・水卜陽菜みうらひなさんですね?」

「あなタ、そういうお名前なノ?」

「おう……」

「了解。では、あなたは偶然発現した使役霊型怪異ですね」


 その妙に柔らかな2人のやりとりを見て、課長は怪異犯として逮捕ではなく、正当防衛のための力が暴発した怪異犯罪被害者、として怪物共々処理してしまう事にした。


「どうナノ?」

「……」

「そうでないとなれば、水卜陽菜さんを保護するためにその方を逮捕する必要がありますね。暴れるならば封印も必要でしょう。どうなんですか水卜陽菜さん」

「そうだよっ。……あとあんまり陽菜陽菜言うなっ」

「あなたもそれで合ってますか?」

「ひなっちがそういうナラそれでいいヤー」

「ひなっちってなんだよ」

「陽菜、って言われルのハ嫌なんでショ? だかラひなっち」

「ほぼ一緒じゃねえか。……まあ、勝手にしろ」

「するゾー」

「そこは元気よく答えるところじゃねえだろ……」

「エー?」


 お互いの安全を確保した事に2人の気が緩んだ様子を見て、フッと微笑んでいる課長にやっと動けるようになった部下の捜査官が、そんな事をして良いのか、と訊いた。


「『怪取局カトリ』は実力主義です。彼女達を引き入れれば強力な戦力になりますから」

「ですが」

「――考えてもみてください。殺気で54名が無力化されました。残った6名の内何人が生きて帰ることができますか? 恐らくあの怪異はSクラス相当でしょう」

「……それは」

「強い人間は、勝てない戦いをしないものです」


 部下は実際に身に受けた怪物の殺気を思い出し、ニッコリと笑う課長に何も言い返せなくなった。


「では保護ということで、支局まで付いてきてください」

「おう」

「よいしょ」

「おい」

「歩けないでしょ?」

「おう……」


 数年後に捜査官となる少女・水卜と、彼女を人型形態になって抱きあげる、同じく後に特別捜査官となり三田村ユウリと呼ばれる怪物のコンビに、課長は微笑ましげに促した。

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因習村暗闇様事件 赤魂緋鯉 @Red_Soul031

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