因習村暗闇様事件
赤魂緋鯉
前編
「あレ? ここあナたのお家だっタの」
「人間がこんなとこ住むかよ……」
かがり火に照らされた洞窟内に設けられた祭壇に、白い着物を着た状態で全身を縛り上げられた少女が、その奥からひょっこり顔を出した巨大な怪物に
その4メートル近い暗黒色の怪物は、巨大な狐の頭にヒグマの身体、人と熊の手のひらの中間の様な手をもっていた。
「アー、そっカ。お家に
妙に高く
「デ、なんでそんナ格好だシ、なんカ食べ物とか並べテあるの? なんかアなた生け
全てを諦めたような顔でだらりと寝転がっている少女へ訊いた。
「みたい、というか生け贄そのものなんだよ。良いからさっさと食って終わらせろ」
「えエー、人間たべルのばっちいカラいヤだヨー。怪異トかいないノ?」
「いや、お前『
「ウー、1番おいシくなイじゃン……。あト『暗闇様』ってナあニ?」
「いやお前だろっつってんだろ。ここお前の居場所じゃないのかよ」
「イや? わたシ、日が2回沈む前に来て寝てタだけだヨ。ピーヒャラドンドンうるサイから、なにかナ、って見に来たらあなタがイタんだけケド……」
「は? マジで知らねえの?」
「しらなーイ。といウカわたシ、名前とかナイし」
何が何だか、といった様子で、困り顔の怪物は少女の言葉に首を捻っていた。
「ていうカ、縄ほどいタ方が良いよネ? 痛そウだし」
「是非とも頼む」
「まかせテー」
少女を後ろ手に縛り上げているそれは、
怪物の身体がもや状になってその縄だけを包むと、次の瞬間には跡形もなくなっていた。
「今のなんだよ」
「分かんナイけどなんかできル」
「適当だな……」
「ソレよりお腹スイテない? 多分賞味期限トカ大丈夫だと思うケドこれ食べて」
「お前便利な身体してんな……」
数時間ぶりに自由の身となり、凝り固まった身体を伸ばしていると、怪物はもやの中から非常用レトルト食品のカレーとご飯を取りだした。
「食べて、ってお前のもんだろ。どうやって手に入れたか知らねえが」
「人間の格好してたラ、なんカ配ってるッテいうからモラったノ。食べ方分かんナイしあげル!」
「腹減ってねえの?」
「さっきモ言ったケド、わタし、怪異食べなイとお腹膨らまナイの。味は分かルんダけど」
「そうなのか……」
賞味期限は2週間前だったが、まあ大丈夫だろう、という事で、少女は説明書き通りにパックをセットし、水蒸気が噴き出す箱を体育座りする怪物と一緒に見守る。
「こんなのでお湯ガ沸くなんて面白いネー」
「そうか? ……ああそうだ。お前、この近くで真っ黒でなんかブヨブヨしたもん食ったか?」
「ンあ? ちょっとマッテね。わたシ、食べたなんかのアレは数えないかラさー」
「何かのアレってなんだ。情報なさ過ぎなんだよ」
「木にくっ付いてお昼寝中ニ聴いタから、元ネタはっきり覚えてナイんダ。ごメンね」
ぬー、と腕組みをして考え始めた怪物は、もや状態で宙に浮いて横にゆっくり1回転した。
「……回ったのなんか意味あんのか?」
「エ。とくニは」
「おうそうか……」
そのまましばらく経って、カレーが出来上がったので少女が食べていると、アッ、思い出した! と急に叫んで実体になった。
「うわビックリした。どうだったんだ?」
「食べては無いケど」
「おお」
「急に飛び出てキテびっくりしたから、うっかり踏みツブシちゃった。テへ」
踏み潰した、と聞いて、これも怪物が出した水をちょうど口に含んだ少女は、ご飯容器から顔を逸らして水を霧状に吹きだした。
「わわわ、風邪ひいタ?」
「こんな短時間でひくか」
「じゃア毒でも入っテた? わたシ取れルよ?」
「いや、いいから」
「そウ?」
お節介を断られた怪物は、ちょっと残念そうに、もやにしていた右手を実体に戻した。
「しかし踏み潰したか……」
「おいしソウな感じだったノニ、溶けて無くなっちゃった。――ダメだっタ?」
「いや別に……」
「アッ。それが『暗闇様』カ!」
「おう。闇みたいに真っ暗だから『暗闇様』だと……」
「へー。じゃア、良カッタねー」
「普通はそうなんだろうな……」
「?」
食われるはずだった怪物がいなくなった、という事実を告げられた少女が、喜ぶどころか俯いて食事の手すら止まってしまった。
「どーし――アイタっ」
怪物はその顔を覗き込もうとしたが、自分のサイズを考えていなかったので床で頭を打った。
「お前なにやってんだよ……」
「このところずっト人型シテタから間違エタ!」
そのまま横になった状態で怪物は何故か楽しそうに笑う。
「ああそう……」
「……ナンでそんなに悲しそウなノ?」
頭を打った音にビックリして顔を上げていた少女の目は、どんよりと曇ってしまっていた。
「お腹いっぱいご飯たべタラ元気にナルよ!」
「それで解決する、問題じゃねえの……」
「わたシいろいロ持ってルから、欲しいもの言ってクレたら出せるカモ」
「死」
「シ? 『枕草子』しかないよ」
「その詩じゃねえよ。命の方だ」
「エエ……。それ楽しくないヨ?」
「楽しもうと思って頼んでんじゃねえよ」
「それに出スものじゃナイと思うヨ」
「ええい、融通利かねえな」
「えへへ」
「いや褒めてねえよ……」
悲壮な思いを持って言った言葉と全くかみ合わない会話になってしまい、少女はなんだか嬉しそうな怪物にガクッと脱力する。
「ああワカッタ! あなタが欲しいのはお話相手ダ」
「ちげーわ」
「じゃア人の格好しなきゃネー」
「お前は人の話を聞く能力もしまってんのか」
少女が否定するのはお構いなしに、怪物はいったんもや状になってから人の形に集まった。
「こんなもんでどーう?」
すると、声の滲みが完全に無くなり、怪物はカタログをそのまま真似たような、シンプルなパーカースタイルになった。
「い、意外とまともな感じなんだな……」
「どうもー」
フワフワな甘い声が出るとは思えない、目元がクールで高身長な彼女の姿に、少女はちょっとドギマギしつつそう言う。
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