車の中のボール
サンタ
第1話
カケルは、いつも通り、慌ただしく車に乗り、
エンジンをかけた。
携帯をドリンクホルダーに勢い良く入れ、
サイドブレーキを下ろし、ギアをドライブに入れる。自宅を出てすぐに右折し、しばらく走り最初の交差点でブレーキを踏んだ。
車が止まるよりも早く、
助手席に乗っていたサッカーボールが
弾むように転がった。
「サッカーボール、乗ってたのか。」
つい、声が漏れる。
「お父さん、早く行こうよ。」
「分かってるよ、休みの時ぐらい、
ゆっくりさせてよ。大丈夫行くから。」
「だってもうお昼過ぎてるよ。
午後から天気悪くなるって言ってたもん。」
アキラは、高くけたたましい声で
布団の上から必死に訴えていた。
それもそのはず、カケルは二週間ぶりの休みだった。平日も夕食を一緒に食べられることは少なく、久しぶりに一緒に何か出来る日だった。
ただ、カケルにとっても久々の休みで体が重い。午後になり数時間遊べば十分だと布団の中で、考えていた。
車に乗り、公園に着いたのは午後三時。
カケルとアキラは、車から降りずに、
フロントガラスで弾む雨粒を見つめていた。
「雨降ってきちゃったね。」
「雨降ってきちゃったな。」
「ごめんな。
パパが起きるのが遅かったから。」
「別にいいよ。」
「眠かったんでしょ」
「だから、良いよ。」
助手席で転がるボールを見つめながら、
アキラの言葉を思い出した。
思えば、わがままをあまり言わず、
いつも心配してくれていたんだと、
ふと実感する。
交差点の一旦停止で止まったまま、
アクセルをなかなか踏み出せずにいた。
後ろのクルマのクラクションに驚き、
慌ててアクセルを踏んだ。
それでも、頭がふわふわして思考が進まない。
自宅から一番近いコンビの駐車場に車を停めた。
アキラの声、言葉、表情が頭から離れない。
きっと朝から遊びたかったんだ。
それなのにカケルは何度起こしても起きず、
結局は、カケルが起きるまでの間、
ネットの動画を見続けて時間を潰していた。
そんな息子の様子を思い浮かべると胸が締め付けられる。
五分、十分、十五分と時間が過ぎ、今から向かっても出勤が間に合わないデットインが過ぎたことで覚悟が決まった。
携帯を手に取り、会社の電番号を検索して電話する。
「山海商事です。」
元声な声が電話口から聞こえる。
「谷沢ですが、山田部長出勤されてますか。」
「あっ、おはようございます。
少々お待ち下さい。」
しばらくしてから、ぶっきらぼうな声が聞こえ、否が応にも体に力が入る。
「はい、山田です。」
「谷沢です。すみません朝から。
急で申し訳ありませんが、本日お休みを頂きたくてお電話させて頂きました。」
「何、どうしたの急に。体調でも悪いのか。」気にかけるようで、心配する様子もなく、声色も変わらず聞かれた。
「その様なことはないのですが、
どうしても本日お休みを頂きたくて。」
「理由もなく、当日の朝に休みたいなんて、
そんな話し通るかよ」
語気が強くなっているのが分かる。
「分かってます。すみません。」
「もういいや。仕事の段取り出来てて、
業務の目処は、ついてるんだよな。」
「はい。今日はアポイントはなく、
その他何かあれば携帯に連絡をもらうように、
高野さんに伝えておきます。」
「明日、事情説明しろよ。」
と言い切るかどうかのタイミングで、勢い良く受話器を置く音が鼓膜に刺さった。
不快さとストレスが全身を駆け巡り、
体が硬直するのを感じる。
なにわともあれ、
今年一番の大勝負が終わった。
前のめりだった体を、運転席のシートに沈めると、自然と体中の息が吐き出され、体の力が抜けた。
助手席のサッカーボールは、微動だにせず、
静かにカケルを見ているようだった。
パパがんばっただろ。
やれば出来るんだからな。
やれば出来るんだったら、
早くやれば良かったよな。
ごめんな。
フロントガラス越しに外を眺めると、
青空が広がっている。
久しく天気なんか気にしていなかった。
今日は、晴れてるのか。
しばらく、思考することができなく、
ただただ、フロントガラスを眺めていた。
スーツのままでいいか。
サイドブレーキを下ろし、ギアをバックに入れ、アクセルを踏みハンドルを左に切り方向転換する。道路に出る前に止まり、右から車が来ていないことを確認し左折する。そして、勢い良く飛び出す。
アクセルをふかすのと同時にサッカーボールが勢い良く、前に後ろに無邪気に弾む様に転がっていた。
車の中のボール サンタ @siraf
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