武神伝ータケオの夏休みー

めぐすり@『ひきブイ』第2巻発売決定

第1話

 20xx年7月20日

 とうとう夏休みに入った。

 毎年最終日まで存在を忘れて虚構の一ヶ月半を捏造するのもしんどい。

 ちゃんと日記をつけようと思う。

 僕も小学五年生。もう十歳になった。年齢二桁だ。

 今年の夏休みは特別らしい。

 なんとお爺ちゃんに会えるのだ.

 

 お父さん。お母さん。なんで悲しそうなの?


 20xx年7月21日

 お父さんの車で空港まで来た。

 お爺ちゃんは海外にいるのかな?

 でも海外に行くにはパスポートがいるんだよね。


 20xx年7月22日

 ここはどこだろう?

 空気がとても熱い。

 高い山があって自然豊かだけど。

 小型の飛行機に乗ってここまで来た。

 お父さんがパイロットだった!

 凄い!

 僕も将来飛行機の運転できるようになりたい。


 20xx年7月23日

 熱い。

 山登りの最中だ。

 お母さんは海岸近くの飛行場で別れた。

 お母さんは泣いていた。


 20xx年7月24日

 熱い。

 もう現実を受け止めよう。

 ここ噴火してない?

 横に赤い溶岩みたいなのが流れているんだけど。

 どうしてこんな山を登っているんだろう。

 お父さん?


 20xx年7月25日

 ようやく目的地に着いた。

 巨大な岩石がある。

 本当に大きくてうちの家より大きい。

 というかこれ家だ。

 巨大な岩石をくりぬいて誰か住んでいる。


「ようやく来たか。愚息よ」


 本当に誰?

 あなたがお爺ちゃん?


 20xx年7月26日

 お爺ちゃんは大きかった。

 たぶん身長は二メートルを超えていると思う。

 見上げていると首が痛い。

 ただ背が高いだけじゃなくて凄い筋肉だ。

 全体的に大きい。

 握り拳が僕の顔ぐらいある。

 腕も足も胴体も全部そのサイズだ。

 僕とお父さんが小人みたい。

 その日は巨大な岩石の近くに湧いている温泉につかって岩石の中で寝た。


 20xx年7月27日

 地獄が始まった。

 修行ってなに?

 どうしてこんなことしないといけないの?


 20xx年7月28日

 助けて。


 20xx年7月29日

 たすけて。


 20xx年7月30日

 タスケテ。


 20xx年7月31日

 お父さんどうして泣いてるの?

 

 ・

 ・

 ・

 

 20xx年8月31日

 修行も最終日を迎えた。

 俺の中に甘えはもうない。

 首が三本生えた犬もライオンやヤギの顔が生えた蛇尻尾の怪物も怖くない。

 昔憧れた恐竜……いや恐竜は絶滅したから体長がニ十メートルを超えるトカゲか。

 良きタンパク質源だった。

 さすがに飽きたけどまた狩ることができたら食べたい。

 この島での生活ももう最期。

 うちは一子相伝の拳法を伝承している家だったらしい。

 今年はその伝承の年だった。


「さあ死合おうか。孫よ」


「糞爺。今日こそ引導を渡してやる」


 一子相伝。

 この爺はここで殺さないいけない。

 果たして勝てるのだろうか。

 拳一つで噴火を止める化け物に。


 ――勝てるわけがない。

 体格が違い過ぎた。

 俺の身長は百五十センチにも届いていない。

 糞爺は俺より一メートルは高い。

 力が違い過ぎる。

 このままで殺される。


「息子をヤらせるか」


「……父さん」


「修業がつらいと逃げ出したお前に何ができる? 自分の息子を贄に捧げたお前が」


「……俺はアンタを殺したくなかっただけだヒロシ」


「ほう。ならば力を見せてみよ愚息。いやシンノスケよ」


「なっ!」


 身長百六十センチメートルほどだった冴えない親父の身体が巨大化した。

 三メートルはあるだろうか。

 禿かけていたはずの髪もフサフサロン毛になっている。

 親父の身に何が起こった?


「恵まれた体躯。ワシを凌ぐ才能。息子を殺されそうになってようやく本気になったかシンノスケよ」


「ヒロシ。オラはあんたを殺す!」


「だが優しすぎたために闘争から逃げたお前にどれほどのことができる」


 俺は親父と糞爺の攻防を見ているだけしかできなかった。

 親父の一振りで山が削れる。

 膂力は圧倒的に親父の方が上。

 その姿はまさに鬼神。

 でも。

 だけど。

 それでは勝てない。

 親父の全ての攻撃が受け流される。

 守勢に回った糞爺は技の極致にいた。

 武神だ。

 糞爺は俺に欠片も本気を出していなかった。

 親父の両腕が叩き折られて両膝も潰された。


「ここまでか。いや孫を殺せばまだ力が出せるか? それとも目の前で自分の父を殺されればいまだ覚醒の兆しも見せぬタケオに野原家の血が目覚めるか」


「……血が目覚める?」


「ふむ意識があったか。存外タケオは打たれ強い。血も目覚めぬ常人の身でその才。やはり若き命にかけるか」


 そう言って糞爺は親父の頭を掴み宙づりにする。

 親父が死ぬ。

 このままでは親父の首が落とされる。

 血の目覚めか何か知らないが目覚めてくれ。

 俺に秘められた力があるなら目覚めてくれ。

 親父を助けるために!


『呼吸を整えよ。そして大地の息吹を感じよ。ここは火山だ。地球の力が最も発露する場所だ。お前も野原家の一族ならば星に身を委ねよ』


 答えは糞爺が教えてくれていた。

 そのための修行だったのかもしれない。

 あのときは星に身を委ねる意味がわからなかった。

 でも今は少し掴めた。

 星よ。今だけでいい。お願いだからオラに力を分けてくれ。


 糞爺の手刀が親父の首を斬りかかる。

 その動きがやけにゆっくりと見えた。

 あれならばオラでも止められる。

 ダンッと大地を踏みしめて。

 糞爺の手刀を上から切りつける。

 右腕に斬り飛ばされた。

 糞爺の右腕だ。

 笑みを浮かべている。

 オラを見上げて狂ったように笑みを浮かべている。

 そのまま糞爺は口を大きく広げて親父の首を嚙み千切ろうと動く。

 だからオラは。

 糞爺の胴体を。

 この夏休みを過ごしたお爺ちゃんの身体を。

 刺し貫いた。


「……ぐふ。やはりタケオに秘められた才は素晴らしかったか」


「糞爺! なんで防がなかった! 親父を放せば左手一本でまだ戦えただろう!」


「……そうかもな。孫の成長が嬉しくて判断が鈍った」


「違う! アンタは最初から! 俺たちを殺すつもりならすぐにできたのに」


「はは……我が身は病魔に侵されて余命幾ばくもない。死など怖くはない。野原家の血筋は身内の死によって覚醒することが多い。お前には必要なかったようだがな」


「なら途中でやめても」


「……我は闘争の中で逝きたかった。あの日……シンノスケが覚醒した日……ミサエを守り切れず泣いた日からずっと闘争の中にいた。ずっと……だ。今更平穏を求めて死ねばあいつが死んだ俺に会いに来ちまうかもしれないだろ。こんな成れの果てになっちまった俺をよう」


「……糞爺。お爺ちゃん! 孫からこう呼ばれて死んだなら祖母ちゃんも会えるだろ」


「……最悪だ」


 そうして僕とお爺ちゃんの夏休みは終わった。



―――――――


 とある職員室で。


「ぶははははっ。吉永先生のクラスのタケオ君は凄いですね。夏休みの日記にこんなの持ってくるなんて。これは花丸を上げるしかないんじゃないですか? ……あれ? どうしたんです吉永先生? 捏造。いえ創作力が凄いと思いますけど机に突っ伏すほどですか? ずっと同じ文言と天気だけを書いているのよりはマシでしょ」


「……うじゃないんです」


「え?」


「捏造じゃないんです! これを提出したタケオ君は夏休み前は確かに身長百四十センチメートルぐらいの小柄な男の子だったのに! 今日見たら身長百八十センチメートルの長身で筋骨隆々の大男に! 顔が劇画調になっていたんです!」


「え? えぇえぇぇぇ!」


「……どう受け止めればいいんでしょう? これでも親父に習って萎んだって言うんですよ? 私にタケオ君の担任が勤まるでしょうか?」


~Fin~

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