迷子で迷子の三毛猫さん

あきのななぐさ

ある日、三毛猫さん日記で

 三毛猫さんの姿が見えない。


 柴の犬子さんが私の事務所にやってきて、開口一番そう告げる。その手には、猫じゃらしが握られており、背負ったリュックからは、違う種類の猫じゃらしが飛び出ていた。


「まあ、いつもの事ではないですか?」

「ちがうのよ。ずっと探してるけど、もう三日もみてないの。心配よ。何か知らないの?」


 その姿で三日間探し回っていることの方が心配ですが、その事には触れないでおきましょう。


「隣街から帰ってきたばかりなので……。ウチの奥に三毛猫さんの部屋もありますから、見てみますか?」

「ほんと? じゃあ、そうするわ。早くこれで遊びたいもの」


 三毛猫さんの事が心配なのか、あなたが遊びたいのかはあえて聞きませんが、その様子からは、後者のような気がします。ですが、三毛猫さんの部屋に入ると、いつもと違う雰囲気がした。


「ちらかってるのね……。何かないかしら?」


 そう言って、部屋を物色しだす柴の犬子さん。その視線が部屋の隅で止まり、そこに素早く駆け寄っていた。


「他人の日記って、ワクワクしない?」

「ダメでしょ、普通に」

「ケチね。でも、手掛かりがあるかもしれないわ」


 目をキラキラさせて読もうとする柴の犬子さんから日記を奪いつつ、開いたそのページを閉じる。だが、柴の犬子さんの言う事も一理ある。特に、荒れたこの部屋と投げ捨てられたような日記を見ると、三毛猫さんの安否にもかかわることかもしれない。


「えー、結局見るんじゃないー?」

「捜査上、やむを得ない措置です」


 無理やりそう告げて二人で見る。そこには驚くべき内容が書かれていた。




●月△日。はれ。

 森のくまさんが密室で死んでいた。ダイビングメッセージは『88』という数字。探偵さんが蜂たちという推理で解決。ただ、蜂たちも死んでいたという謎は教えてくれないまま、また犬のおまわりさんに難しい話を聞かされて疲れた。



●月□日。くもり。

 なんだかわからないお菓子の事件。おいしかった。男前の狸さんの和菓子の店で起きた事件。ちょうど賄い付きの夜の仕事をナマケモノの店長とする。いつでもお客が来ても対応できるようにして動き回っているとおなかがすいたので、賄と食べさせてもらってうれしかった。


●月×日。雨。

 いきなり犬のおまわりさんに囲まれて、怖かった。けど、柴の犬子さんとお友達になり、たくさん遊んだ。あとで、男前の狸さんのお見舞いにいったけど、返事をしてくれなかった。たぶん、あれは死んでる。犯人は姿なき殺人者。一刻も早く犯人を見つけないと。


●月●日。はれ。

街中が男前の狸さんの狸さんを殺した姿なき殺人者を探している。探偵さんは今いないから、私が推理するしかない。事件は迷宮入りになるという事で持ち切り。だとすると、犯人も迷宮にいる。迷宮と言えば、探偵さんが前に言ってた『喫茶迷宮』しかない。だから、行ってみるしかない。『入ったら、タダではない』と言ってたけど、男前の狸さんの供養のためにも、私が行くしかない!



それを最後に、三毛猫さんの日記は終わっていた。



「なんだか、三毛猫さんも大変ね。色々事件に遭遇して。よく、犬さつ署に来てるのはそういう事なの?」

「まあ、自覚はないですが」


 色々間違っているものの、個人の日記にケチをつけるわけにもいかない。ただ、そんなやるせない思いを抱きつつも、三毛猫さんがあの『喫茶迷宮』に行ったことの方が問題だ。


「急いで迎えに行きましょう。あそこは座るだけでお金を取られる店なのです。しかも、あそこにはマタタビ酒が置いてます。さすがに、心配です」

「あら、じゃあ、わたしも行くわ」

「いえ、結構です。待っていてください」

「いやよ、いく。この新作猫じゃらしを試したいもの」


 もはや何のために行くのかわからなくなっているが、それ以上の言葉も出てこず、やむを得ず連れていくことにする。


「無事でいてくれていればいいですが……」


 法外な値段を請求され、涙を流して皿洗いしている姿を想像する。はやる気持ちを抑えつつ、私達は隣街にある『喫茶迷宮』へと急いでいく。




 呼吸を整えぬままその角を曲がる。その瞬間、そこ見えたのは『迷宮喫茶』の入り口。その傍らに、その店の正装を着た三毛猫さんを見つけた。


「にゃ!?」


 その、「なんでここにいるのか?」という表情はやめて欲しい。しかも、結構楽しそうにしているのも見たくはなかった。


 そして、出会った時の驚きは消え、素早く取り出した柴の犬子さんの猫じゃらしに反応する三毛猫さん。幸せそうにする柴の犬子さんと集まってくる強面の店のスタッフたち。


 そんな光景を見ていると、「それで遊びたいだけなのか」という柴の犬子さんへの気持ちも急に冷める。そして、いつしかその一員となっている自分に、それほど驚きはしなかった。



《了》











 

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