伍代剛史は全ての出来事を記録したい

水涸 木犀

Ⅺ 伍代剛史は全ての出来事を記録したい [theme11:日記]

『サツキ、俺の話を聞いてくれるか』

『なんですか?』

 目の前に立つ攻略対象キャラ、五代さんを見て主人公サツキも立ちあがる。


 VR乙女ゲーム「オフィスへの出会いは突然に」。わたしがこれを社内でプレイしているのには理由がある。経緯を簡単にまとめると


 ・このゲームの予算獲得に向けたプレゼンのため、わたしと経営管理部の伍代ごだいがゲームをプレイ

 ・開発者用端末で入室していた伍代だけ、不具合でログアウト不可になる

 ・ゲームをクリアすれば退出できると推測し、プレイヤー端末でログインしていたわたしが攻略を始める

 ・全員の攻略後、伍代によく似た同僚キャラ、代さんがなぜか攻略対象として追加される

 ・五代さんルートをクリアすればログアウト可能になると信じ、現在プレイ中


 といったところだ。


 ひと仕事を終え、自席で伸びをしている主人公サツキに、五代さんが声をかけてきた。人気のない席の間を通り、個室ブースの中に二人で入る。


『俺は、日記を付けるのを日課にしている』

『そうなんですか』

 ブースの扉を閉めるなり突然、個人的な話が始まり戸惑う。確かに「俺の話」とは言っていたが、五代さんは勤務中に仕事以外の話をする性格ではない。いよいよ、特別な話――告白イベント――が始まるのではないかと身構える。


『ああ。入社して以来、毎日の出来事を記録している。自分の業務がどこで滞っているかが可視化されるから便利だ』

『なるほど……五代さんらしいですね』

 結局、仕事絡みの話なのか。がっかりしながら、わたしは自動テロップで相槌を打つ主人公サツキを通して彼を眺める。あまり表情が変わらないのでわかりにくいが、少し緊張しているように見えた。

 ――結局、何が言いたいんだろう――


 わたしが首を傾げていると、彼は大きく息をついた。

『ここ最近の日記を見返していて、仕事以外のことばかり書き込んでいる自分に気が付いた。仕事の効率化を目的に書いている日記であるにもかかわらず、だ。そこに書いているのは……サツキ、君のことだ』

『わたしのこと、ですか?』

 主人公サツキも首を傾げたらしい。わずかに斜めになる視界には、視線を彷徨わせる五代さんが映っている。口にすべき言葉を、必死に探しているようだ。


『サツキがどんな仕事を任されたとか、俺がどういうアドバイスをしたとか。……俺は仕事を進める際、君がいかに働きやすくなるかを、第一優先で考えるようになっていた』

『――わたしは驚いた。五代さんが、わたしのことをそんなに考えてくれていたなんて。でも、言われてみれば、思い当たる節がある。仕事で悩んでいる時、五代さんはいつも適切なタイミングで、適切なアドバイスをしてくれていた。それはわたしの仕事内容を把握しているからこそ、できることだ――』


 主人公サツキ独自モノローグに、わたしは頷く。他人に仕事を教えることは、口で言うよりずっと難しい。同じ部署でも、担当する職務はそれぞれ異なるからだ。それだけ五代さんは、主人公サツキのことをよく見ていた、ということだろう。


『なぜ、サツキのことばかり日記に書いていたのかを考えていて、気がついた。……俺は、サツキのことをもっとよく知りたいのだと』

『……』

 主人公サツキが目線で続きを促すと、五代さんは意を決したようにこちらを真っすぐ見据えた。こういうぶれない表情の方が彼らしい。


『サツキ。これから、仕事以外の場所でも、俺と付き合ってくれないか。……君も知っての通り、俺は仕事を一番重視する人間だが、それ以上に、君のことが大事になっている。……サツキを第一に優先すると、約束する』

『何と答えますか?

 ①はい ②喜んで ③本当ですか?』

「いやいや、ここにきて選択肢があるのおかしいでしょ……」


 対面で操作をしている伍代に聞こえないよう小さく呟き、一応選択肢の意味を考える。

「どれを選んでも正解」という可能性もありうるが、どうせなら最良の選択をしたい。本来の彼の性格を考えると、思いがけない提案ではあるので個人的には③にしたいところだ。機嫌を損ねはしないかと一瞬悩んだが、ここまで来たら怒られないだろうと、初心を貫くことにした。


『本当ですか?』

 驚きを含んだ声を聞いて、五代さんはふいと顔をそむける。

『わざわざ他人に聞こえない場所を選んで言っているんだ。……俺が冗談をいう性格ではないことは、よく知っているだろう』

『はい……これからも、よろしくお願いします』

『ああ、よろしく』


 主人公サツキが頭を下げると、五代さんはようやく表情を緩めた。

 ――ここまで心を許した感じの笑顔、初めて見たかも――

 わたしが凝視している間にも、自動テロップは進んでいる。


『――こうして、わたしは五代さんと付き合い始めることになった。第一印象は決して良くなかったし、同僚としてうまくやっていける自信もなかった。でも、彼のことを知るうちに、仲間想いな面に惹かれていった。二人の関係が変わっても、五代さんはわたしを大切にしてくれるのだろう。これからも、ずっと……――』


 独自モノローグが終わると同時に、エンドロールが流れる。その瞬間、正面から歓喜の声が聞こえた。

「俺の画面でも、エンドロールが流れたぞ!」

 伍代の喜びが、わたしと、遠隔でゲーム画面を確認している同期の弥生やよいにも伝播した。


「本当ですか?」

「ああ、宇賀うがさんの攻略クリア時は、いつも最後のシーンで止まっていたから初めてだ。……このあと、タイトル画面に移るんだよな?」

 伍代はよほどうれしいのか――今までの苦労を考えると、当然だが――いつもより早口で、テンションも高い。だからこそ、わたしは慎重に言葉を選んだ。

「わたしの画面では、そうでした。今回は、エンドロールもスキップせずに待ってみましょう。初期画面に戻るかは、その後わかるはずです」


 そして、わたしたちは待った。最近はスキップしていたこともあり、この時間がとても長く感じられた。そしてついに、画面が暗転する。

「……タイトル画面が、表示されたぞ!」


 ややあって、伍代の声がわたしの耳に届く。

「おめでとうございます。ということは、ログアウトできますね?」

「ああ、ようやくだ……」

「あ、伍代さん。VRセットを頭から外すときは、目をつむっていた方がいいと思います。長い間VRの視界に入りっぱなしだったので、明るさの変化に慣れずに眩暈がする可能性があります」

「わかった」

 弥生の忠告に頷き、伍代はゆっくりとVRデバイスを外した。眼鏡がずれ、髪の毛がぼさぼさの彼がそこにいた。


「おかえりなさい、伍代さん」

 思わずそう声をかけると、伍代は目をつむったままこちらに顔を向ける。そしてゆっくり目を開けるが、やはりまぶしかったのか何度か目を瞬かせる。

「ああ、ただいま……宇賀さん。それと橋元さんも。今回は迷惑をかけた」

「お互い様です。わたしも攻略に時間がかかってしまいましたし。謝るのはなしで行きましょう」

「確かに、もう終わったことだ。謝り合いはなしにしよう……今は一刻も早く、風呂に入ってうまい飯が食いたい。あとはここ数日に起きたことを、早く日記にまとめたいな」

「伍代さんも、日記を付けられているんですね」

 ゲーム内で聞いた言葉が耳に入り、思わずそんな返しをする。伍代も同じなのか、不可解そうな顔をしながら頷いた。


「ああ。自分の思考を客観視するのに有効だからな。……いくら俺に似たキャラとはいえ、あそこまで言動が近いと不気味だな。……一応ここ数日も、音声入力でメモだけはしていたが、抜け漏れは多いだろう。そこで、提案なんだが」

 やはり、伍代も五代さんのことを考えていたのだな、と少しおかしな気持ちになっていると、彼がこちらに身を乗り出してきた。


「滞っている業務対応が終わった後の話にはなるが。……今回の出来事について振り返る時間を作りたい。宇賀さんと俺の記憶を突き合わせて、なるべく正確に思い出したいんだ。俺の個人的な希望だから、勤務時間外にはなるが。宇賀さん、付き合ってくれないか」

 頭を下げる伍代に、わたしは混乱する頭で考える。目的は明確だから、デートではないのはわかる。でも、勤務時間外に二人で会うというのは、それに近い行為ではなかろうか。以前であれば即断っていた案件だろうが、嫌だと思わない自分がいる。そうと知ってか、弥生も明るいトーンで追い打ちをかけてくる。


「いいですね。お二人の攻略中のご意見、非常に参考になりました。またお二人でお話して、修正点が見つかれば是非教えていただきたいです。お礼に、そうですね……ゲームのロケハンに使った飲食店を教えるので、そちらを利用されるのは如何でしょう」

「いいな、それ。序盤に出てきた“五感で楽しむレストラン”とやら、あのリアルさは絶対にモデルがあるだろうと思っていたんだ。あの場所を教えてくれるか」

「承知しました」


 どんどん二人で進む会話が、わたしの混乱に拍車をかける。あれだけ立派なレストランに伍代と二人で……ってやっぱりデートなんじゃないだろうか。

「宇賀さん、嫌か?」

 わたしが会話に入ってこないことに気づいたのだろう。問いかける伍代の声が少し不安そうだと感じてしまうのは、うぬぼれか、それとも。


「嫌じゃない、です。行きましょう! レストランに!」

 ついに思考を放棄して、わたしは叫んだ。いや、本当に嫌じゃないのだ。そう思う自分の気持ちに戸惑っているだけで。思いっきり拳を突き上げると、弥生が笑った。

「宇賀さん、気合入ってますね。……大丈夫です。味は保証しますよ」

 ほっとした顔の伍代と笑顔の弥生が視界に入り、これでよかったのだと一人納得した。


 人間関係は不確定で、日々移ろう。今回の乙女ゲーム騒動もそのひとつだ。ゲーム攻略中は焦燥感が心を占めていたが、攻略を終えた今は解放感でいっぱいだ。今後の人間関係も、心躍る方向に変化していく予感がする。


 わたしは口角が上がりそうになるのを抑えながら、“五感を楽しむレストラン”へ着ていく服をなににするか、思考を巡らせるのだった。

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