知られたら尻に敷かれる

伊崎夢玖

第1話

「ねぇねぇ。これ、何?」


本日、午後八時二十分。

絶対に見られたくない物を一番見られたくない相手に見られてしまいました。



事の発端は、突然の雷雨が原因。

クラスメイトで幼馴染の倉沢茜が家に上がりこんできた。


――ピーンポーン!

「…はい?新聞ならお断り…!?」

「マジ、雨ヤバすぎなんだけど!」

「いや、なんでお前がここに!?」

「おばさんから住所聞いてきた」

「だからって、来んなよ」

「いいじゃん、幼馴染なんだし。見られて困るもんでもあるの?」

「見られて困るもんはねーけど、男の一人暮らしの家に女が一人で乗り込んでくんなって言ってんの」

「はいはい。分かった、分かった。で、タオルは?」

「お前なぁ……」


どこまでもマイペースな女。

それが倉沢茜。

コイツのどこがいいのか自分でも分からないが、好きなものは好きだ。

母親同士が親友で、家が隣。

子供の頃から知ってるから、茜のことで知らないことはない――はずだった。

つい最近までは…。

今は知らないことが一つある。

それは、茜の好きな人。

茜はモテる。

頭脳明晰、スタイル抜群。

交友関係も広く、最近は街で読者モデルのスカウトを受けたとか…。

そんな茜の彼氏になりたい男は山ほどいる。

学校中の男子生徒が告っては、フラれていく。

最近では、『お金持ちで高級車を乗り回している年上の彼氏がいる』という噂を耳にした。

俺はと言うと、茜のそばにいることがつらくて学校近くのアパートで一人暮らしを始めた。

(母さんめ……誰にも住所は教えるなって言ったのに…)

今更嘆いても、もう遅い。

目の前にはびしょ濡れの茜。

制服のシャツが肌に張り付いて、下着の色が薄っすら見えている。

ここまで無防備な奴だとは知らなかった。

何でも知っていると思ったのも、勘違いだったのかもしれない。

さっさとお引き取り願うため、タオルを投げてよこした。


「ほらよ。あと、下着透けてる」

「えっ!?ちょっ!?タオル投げないでよ。ってか、マジ!?うーわ……エッチぃ…」

「『エッチぃ』じゃねーよ!別に見たくて見たわけじゃねーし!」

「はいはい。そういうことにしといてあげる」

「いちいち生意気な…。拭いたら、帰れよ。傘貸すから」

「はぁ!?雨で濡れてるんだから、お風呂貸してくれてもよくない?」

「風呂借りる体でいたのかよ!」

「当たり前じゃん。じゃなきゃ、来るわけないじゃん」

「ったく…」


いちいちめんどくさい。

が、好きな女の言いなりになるのも悪くない。

湯を溜めるために少しばかり茜から離れた。

その時に事件は起きた。


「風呂沸いたらさっさと……って、何読んでんだよ!」

「ねぇねぇ。これ、何?日記だよね?書いてたんだ。ウケるー」

「勝手に読むな!」

「ここに書いてる『アカネ』ってアタシ?」

「ちげーよ!」

「五月四日、晴れ」

「読まなくていい!」

「アカネの誕生日が明日なのに、誕生日プレゼントが決まらない。どうしよう」

「返せ!」

「……今年の誕生日プレゼントなかったのって、忘れてたって言ったじゃん」

「忘れてたんだって。ほら、返せよ」

「じゃぁ、七月七日の日記。『短冊にアカネに好きって書いちまった』っていうのは?」

「それは別のアカネちゃんのこと」

「嘘ばっか…」

「嘘じゃ…」

「じゃぁ、なんで顔真っ赤なの?」


茜は至極真面目な顔で聞いてきた。

狼狽えたら負け。

そう思っても、気持ちを抑えられるわけがなかった。


「アタシのこと、好きなんでしょ?」

「……(コクン)」

「頷くんじゃなくて、口で言って。ちゃんと!」

「茜が好きだ…」

「……遅すぎだっつーの!バカ…」


ふわりといい香りが鼻をくすぐると同時に、柔らかい感触が体を襲った。

子供の頃の茜はもっと乳臭いような匂いだったはずなのに、いつの間にか大人の女性の匂いになっていた。


「いつから好きだったの?」

「さぁ?気付いたら?」

「はぁ!?意味分かんなくない?」

「いやいや。分かるだろ」

「じゃぁ、気付いたのはいつ?」

「中学上がる、ちょっと前?」

「へぇー。勝った」

「は!?勝ったって何に?」

「アタシ、保育園の時からだし」

「えっ!?お前の好きな人って俺!?」

「そうだけど?ってか、今まで気付かなかったわけ?」

「全然…」

「あり得なさすぎなんですけど…」

「…ごめん。つーか、お前だって噂の彼氏はどうしたんだよ!」

「噂?」

「金持ちで高級車乗り回してる年上の男が彼氏って…」

「あぁ……それ、パパ」

「おじさん?」

「そうだよ。パパ、最近新しい車買って、この間ドライブしたんだ」

「それ、誰かに見られた?」

「んー……かもしれない?」

「マジかよ…」

「もしかして、パパに嫉妬してたの?」

「う゛っ……」

「マジ!?超ウケるー!!」

「うるせーな……好きな女に男の陰が見え隠れしたら、誰だって気になるわ」


まさか、噂の彼氏の正体がおじさんで、おじさん相手に嫉妬してたとかかっこ悪いにも程がある。

(日記見られただけでも恥ずかしいのに、勘違いして嫉妬してたとか、俺はどうすればいいんだよ…)

すると、お腹付近にやたら柔らかい感触を感じた。

視線だけ下ろすと、茜がしきりに胸を押し付けて、ニヤニヤ笑っていた。


「ほかに隠してる物ないの?エッチぃ本とか、DVDとか…」

「ねーよ。あっても、言うわけねーだろうが」

「えぇー!?教えてくれてもいいのに…」

「教えるか、バーカ」

「いいもん。全部見つけるから。アタシに隠し事しようなんざ、百年早いからね?」


この言葉通り、その後、茜は俺の秘密をことごとく暴いていった。

コイツに勝つ気も失せ、白旗を上げるのは時間の問題だった。

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知られたら尻に敷かれる 伊崎夢玖 @mkmk_69

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