最終話 結構簡単に割り切れた。僕の方は。でも彼女たちは。(後半)
「............メイちゃんが、私の
「いい加減にしなさい! スズくんを傷つけて手放したのはあなた自身でしょ!? ウチは、妃依瑠ちゃんが一生スズくんを大事にして幸せにしてくれるなら身を引いてもいいって思ってた! なのにあなたは自らの意思で手放したんでしょ!? 捨てた人間関係はそう簡単には戻らないよ。あなたみたいに信頼を崩すような捨て方をしたら特にね。あなたはそれを覚悟した上で家族を選んだんじゃなかったの? 全てはあなたが選択したこと。あなたの行いの結果だよ」
「......メイちゃんにはわかんないよ。今、涼矛と一緒になってるメイちゃんには。普通のお家に生まれたメイちゃんには。私があの家に、板挟みにどれだけ苦しめられたのかなんて......」
妃依瑠は俯いたまま、ポツリと呟くように言い返す。
確かに、本人の気持ちは当事者にしかわからない部分はおっきいかもね。
他人の気持ちは、想像することしかできない。
「確かに、ウチが本当にあなたの気持ちを察することはできないわ。妃依瑠ちゃんの家がおカタイ家だってのもなんとなくは聞いていたとはいえ、内実は知らないし、ウチは実際その立場じゃないのだしね。............だけど、逆に妃依瑠ちゃんはあのころのウチの気持ちがちょっとわかったんじゃない? あのころのウチは、先にスズくんに告白しなかったっていう自分の行動のせいで、妃依瑠ちゃんに辛酸を舐めさせられることになったわ。自業自得よね、わかってるわ。......ともかく、重さは一緒じゃないかもしれないけど、今回はあなたが自分の行動を反省する番ってことなんじゃないかな」
「うるさいなっ! 私が悪かったなんてわかってるよ! 涼矛を傷つけたってことも! 私だって反省してるよ......。涼矛には辛い思いさせちゃって、裏切るようなことになっちゃったって。でも、だからって一回失敗した人は二度と幸せになる権利がないの!?」
......なんか極端な解釈になってんな。
ていうかさっきから僕、空気だし。
僕と妃依瑠が話に来たと思ってんだけど、明陽恋と妃依瑠の話し合いになってるし。
僕は2人の会話をぼんやり眺めて、ときどき心のなかで突っ込むだけ。
まぁいいけど。
「別にそんなこと言ってないでしょ? 反省して新しい幸せを探しなさいってこと。それだけだよ。ただ単に、スズくんとの未来は諦めてってだけ」
「............」
多少言い過ぎな部分もあったようには思うけど、基本的には終始正論を語る明陽恋に、言い返す言葉が見つからない様子の妃依瑠。
体の横にだらんとおろした腕でこぶしを強く握りこんで、小さく震えているように見える。
「ま、スズくんは優しいし、どうやら今はそんなに気にしてないみたいだけど?」
「そ、そうなの!?」
明陽恋がチラッと僕の方に視線を移した。
それにつられて妃依瑠もしばらく空気だった僕の方に顔を向ける。
同時に、「気にしていない」って言葉に、パアッと表情を明るくする妃依瑠。
「ん? あ、うん、まぁ、そうだね。もちろん思うところはあるけど、今更怒ってもどうしようもないことだしね。やるせないって感じが強いかな......。素直に妃依瑠も可哀想だなとも思うし。僕に対して気持ちが残ってるってことなら余計にさ」
「じゃ、じゃあもう一度私とっ」
「はぇ?」
嬉しそうに、希望を掴んだように、もう一度意味不明なことをのたまう妃依瑠の勢いに、変な声がでてしまった。
「許してもらえるなら私、なんでもするよ!? 私達あれだけ愛し合ったじゃない! だからどうかお願い涼矛......。メイちゃんにはごめんなさいだけど......私にもう一回チャンスが欲しいの! 私、全部捨ててきたんだよ! それが......私の覚悟の証......!」
えー、ここまで話してその結論出る?
っていうか、全部捨ててきたって......。
そんなコトできるなら、あのときにしてたらよかったんじゃないのか?
......けどまぁ、いろいろ事情変わったりしたのかもしれないし、気持ちが全くわからないってわけじゃあない。
なんにしても、昔にどうこうすべきだったなんて話をしたってしょうがない。
だから僕に言えるのは、ただ現実を現実として説明してやることくらいだろうな。
「............悪いけどそれは無いってば。今の僕は明陽恋のこと愛してるし、妃依瑠と関係を結びたいとも思ってない。今日ここに来たのだって、ちゃんと話をしとかないと変に拗れたりしたら嫌だからってだけだよ。妃依瑠にはもう、幼馴染としての情しか感じてないんだ」
ようやくまともに僕が話せた。
余計な未練が残らないように、ちゃんと拒絶してやるのが僕に唯一できる優しさだろう。
「そんな......」
「妃依瑠。君が僕と明陽恋の傍に居たら、今度は傷つくのは君だよ。君と僕が明陽恋にしてきたことと一緒なんじゃないかな。だから、君は僕らが視界に入らないどこかで、別の幸せを手に入れるべきだ」
妃依瑠の瞳からは、ポロポロと涙が溢れる。
「私はもう......涼矛とはいられないの......? そんなのヤだよ......?」
ずびずびと鼻水をすすりながら、僕らにとっては当たり前の、彼女にとっては死刑宣告の呼び水に等しい問いかけをしてくる妃依瑠。
「無理なんだよ」
妃依瑠がまた一段と強く拳を握り込む。
その端からは、爪が食い込みすぎてるのか、薄っすらと血が滲んでいる。
しばらく俯いて震えていたかと思うと、妃依瑠は涙まみれの目をキッと鋭くして、僕と明陽恋をにらみつける。
そして......。
「私と一緒になってくれないなら......涼矛をメイちゃんに渡すくらいなら、涼矛と一緒に死ぬ、って言っても? それか、メイちゃんも道連れにするよって言っても!?」
「「っ!?」」
その鋭い目つきと剣幕で告げられた強い一言に、僕と明陽恋が動揺する。
彼女の状況を鑑みても、目の前の表情だけを見ても、混じりけなしの本気だということは伝わってくる。
ここまでの覚悟を、
そんなこと考えるだけ無駄なんだけどさ。
明陽恋は、下手な言動をして妃依瑠を刺激して、彼女の言葉が真実になってしまわないように口を噤んだまま妃依瑠を睨みつけている。
怒りと焦りがありありと見て取れる。
かくいう僕も、今の妃依瑠をこんなに追い詰めたら、そういうこと言ってくる可能性は危惧してたとはいえ、流石に焦りを隠せない。
僕が犠牲になるのは、最悪構わない。
だけど、明陽恋だけはなんとしても害させるわけにはいかない。
......きっと、明陽恋も似たようなことを思ってくれてるからこそ、動けないんじゃないだろうか。
これ以上、明陽恋を怯えさせ続けたくはない......。
無意識のうちに隣に座っている明陽恋が膝の上に置いてる彼女の手に、僕の手を重ねて握る。
明陽恋も反対の手を僕が重ねた手の上に乗せる。
彼女の体温が伝わってきて、カオスになっていた心が僅かに穏やかになって、少しはものを考えられそうな状態になる。
だけど、できることはそれだけ。
すぐには取れる対策は思いつかない。
だけど、妃依瑠は僕らの握りあった手を見て何か思うところがあったのか。
「........................うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
堰を切ったように泣き出し、しばらくの間は、カラオケルームの外まで響いてるんじゃないかと思えるくらいの大声でわめき続けた。
ある程度落ち着いてから聞いた彼女の話によれば、命の危機に際しても2人が手をつなぎ合ってなんとかしようとしてる姿に、本当に自分が手遅れなことを察してのことだったらしい。
一時はどうなることかと思ったけど、思わぬ展開に少しホッとした。
あと、ここがカラオケで良かった。
万が一喫茶店なんかでこの姿を晒してたら、えらいことになってたところだ。
妃依瑠がエグエグこぼす嗚咽を収めた頃、これからの話をする。
「えっと、それで妃依瑠。君が辛かったことはわかった。でも、僕にはもう明陽恋が一番大事だってこともわかってもらえたと思う」
「............うん」
少しの沈黙が流れて、明陽恋がそれを破るようにゆっくりと問いかける。
「妃依瑠ちゃんは、これからどうするの?」
「............私には本当にもう帰るところもないんだよ......。私の家も、結婚相手だって私の好きにしたらいいって引き止めることもなかった......。出ていきたいなら好きにしろって。私は本当に子どもを産むことしか求められてなかったんだ......。出ていく代わりに親にも絶縁されたし。私にはほんとになにもない、行くところもなんにも......。やりたいことも未来も......。だからせめてスズくんの顔が見れるところにいたい。望みがなくても、スズくんをメイちゃんから奪うチャンスが欲しい......」
悲愴な表情を浮かべながら答える妃依瑠。
よくもまぁ本当に、思い込みでそこまでの覚悟を決められたもんだ。
僕を明陽恋から奪うっていうのもいただけない。
僕の気持ちが変わることなんて考えられないけど、そんなのが続いたら明陽恋を不安にさせてしまう。
けど、こいつをこのまま放り出しても、本気で野垂れ死にかねない。
だからって、そんな状況にある実家に送還するなんてのも、いくらなんでも妃依瑠が不憫だ。
子どもが可哀想だとも思うけど、妃依瑠の親だとか結婚相手側が構わないと言うなら、他人の僕らが余計な正義を振りかざしてお節介を焼くような話ではないだろう。
だとしたら、僕らにできるのは......。
「明陽恋......。しばらくの間だけ......」
明陽恋は僕の短い言葉と視線で言いたいことを察してくれたのか、呆れたような苦笑いで答える。
「スズくん......。はぁ......しょうがないなぁ。うん、いいよ。スズくんがウチのこと絶対捨てないって約束してくれるなら!」
「約束する」
しばらくは明陽恋にちょっと精神的な負担をかけるかもしれないけど、後々のしこりを残さないためにも、僕らの気持ち的にも遺恨を残さないためにも、ある程度は妃依瑠に譲歩することにする。
その分僕は自分にできる全身全霊をかけて明陽恋に愛を注ぐんだ。
そうすることで、明陽恋の不安をできるだけ和らげつつ、妃依瑠に見せつけることで彼女が諦められるように促すことにも繋がるだろう。
残酷な仕打ちだけど、妃依瑠の要求には応えてるわけだし、彼女が良いと言うんだったら決行しようじゃないか。
「妃依瑠。わかったよ。しばらくは僕の貯金から近所の家を借りて、それを妃依瑠に貸してやる。自立できるまでは食べ物なんかの生活費も払ってあげる。望み通り、僕らのことを近くで見せてあげるよ。お金も返してくれなくて構わない。それでもし君が限界に来たら、出てってくれて構わない。僕は絶対に明陽恋から目移りすることはないから、いつかはそうなると思う。それが僕にできる最大限の譲歩だよ」
「ううん、スズくんの貯金だけからっていうのはダメ。ウチも、お金くらい出してあげる。でも、本気で辛いと思うよ? ウチとスズくんが幸せそうにイチャイチャしてるのをただ見てるしかできないなんて。その経験に関してはウチは先駆者だからよくわかる。それでもいいなら」
僕のわがままだから自分の財布から出そうと思っていたけど、明陽恋は2人で出すと言いなおした。
明陽恋にとって、それが最後の餞別って感じなのかな。
「..................わかった。涼矛のことを見ていられるなら..................」
そうしてすぐにアパートを契約して、妃依瑠を住まわせた。
しばらくの間はときどき顔を合わせたり、たまに家にご飯食べに来たりしてたけど、徐々に回数は減っていった。
それから3ヶ月ほどして、妃依瑠のために借りてた家の大家から、僕に電話が入った。
用件は、あの部屋を引き払う話を進めようって内容だった。
ある程度状況を察した僕と明陽恋が部屋に行くと、そこにはテーブルの上に手紙が1枚だけ置かれていて、妃依瑠の姿も荷物もどこにもなかった。
手紙の内容はこんな感じ。
=====
涼矛、メイちゃんへ。
お世話になりました。
それと長年迷惑をかけてごめんなさい。
お金もいつか必ず返します。
この3ヶ月生活させてもらったことにも感謝してます。
だけど、やっぱり私は割り切れません。
メイちゃん、あなたが今いる場所には、私がいるはずだったんだよ。
その幸せは、私の代わりに得られたんだよ。
でも涼矛が私に一切気がないのも、もうわかっちゃったから。
あなた達の言う通り、傍に居ても辛いだけだったみたい。
私のわがままで居させてもらってらけど、これ以上は2人を見続けては居られなくなりました。
突然居なくなってごめんなさい。
さようなら。
妃依瑠
=====
残った未練をふんだんに散りばめたような、なんとも若干後味の悪い手紙だった。
妃依瑠らしいといえば、妃依瑠らしさがあるかもしれない。
けどまぁ、文面的に少なくともすぐに死んだりするつもりはなさそうだし、これで昔のことを清算したんだってポジティブに考えるしか、どうしようもない、よな。
「こんな感じみたいだけど、明陽恋もこれで手打ちでいいかな?」
「うん、妃依瑠ちゃんには可哀想なことをしたって気持ちもなくはないけど、だからってウチらの今をいつまでも切り売りしてあげることなんてできないわけだしね」
「......そうだね」
冷たいようだけど、長年の幼馴染って言っても結局は他人なんだし、ずっと面倒を見てあげるなんてできない。
僕らはほんの少しの罪悪感と、いろいろなことが終わったことへの安堵を覚えつつ、妃依瑠のために借りていたアパートの部屋の解約手続きを進めた。
*****
それから数年経って。
妃依瑠から現金書留で多少のお金が送られてきた。
書留の送り元の住所は妃依瑠の実家だった。
けど、妃依瑠は多分実家には戻ってないと思う。
確実じゃないけど、地元に戻ったときにも見かけないし、かつての同級生たちも見かけたという話は聞かない。
多分、僕らとは関係ないどこかで生きてるんだろうな。
彼女も僕らと同じように、過去のことは過去のことだって割り切って、気持ちを切り替えて生きててくれたらいいんだけどね。
積み重ねを裏切るような振られ方をしても意外とこれくらいで割り切れた。僕の方は 赤茄子橄 @olivie_pomodoro
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