第5話 光
「はあ。学校にもくるのか」
伸一はそいつ―『ウツカゲ』に悪態をつくように言葉を吐いた。
「光があれば影がある。陰と陽。一心同体。お前が生きている限り、我は影のままだ。しかし、お前が死ねば、我は生き返ることができる」
『ウツカゲ』は講釈を垂れるように、かつ、きっちりと伸一の悪態に応えるような嫌味口調で返した。
遭遇当初は、伸一は『ウツカゲ』を自身の妄想として受け止め、何事もなかったかのように部活を終え、帰宅し、ご飯を食べ、家に帰り、寝た。
そして、その翌日の朝、伸一が登校するための自転車に乗ろうとサドルに腰を下ろすと、「いてっ」という声が聞こえたのだ。
それが伸一と『ウツカゲ』の2度目であり、伸一が『ウツカゲ』の存在を肯定するきっかけだった。
「『ウツカゲ』は、俺にしか見えないのか?」
「当たり前だ。我とお前は表裏一体の存在だからな。他の人間に認識されるのは、ごく稀しかない。動物を除けばな。」
「へえ。じゃあ、どうすれば『ウツカゲ』は他の人に見えるんだ?」
「我がお前に『憑依』、あるいはお前と俺が『共鳴』すると他の奴にも見えるようになる。」
「『憑依』?『共鳴』?なんだそれ」
「要するに、お前が自分自身で『自我の意識』を捨てるか、我に明け渡すかしないとダメだってことだ。」
「なんか、俺より『ウツカゲ』の方が上の立場に置かれている感じがしていやだな。」
伸一は足元のそいつ(以降『ウツカゲ』の別称とする)に地団駄をくらわそうとした。しかし、そいつはことごとく伸一の脚を避ける。まるで、伸一が自身の脚を次にどこに繰り出そうとするかを事前に知っているかのような避け方だ。
「無駄だ、伸一。」
「はあはあ、なんでそんな簡単に避けられるんだ。おかしいだろ。」
「わかってないな。我にとってはお前の意識なんて、小指の『小』の字にも足らんわ。いいか。お前が見ている我のイメージすら、お前の幻想にすぎないんだからな」
伸一は荒げている息を整えようと前方に目を見やると、同じ中学校の制服を着た女生徒が歩いていた。そのすらりとした背筋、高い身長と長い足で優雅に歩いているのは、美浜咲だ。腰のあたりまで長く伸びた黒髪が歩調に合わせてしなびやかに揺れ、煌々とした輝きを魅せる。その姿に、伸一の目はしばし釘付けとなっていた。
「ほう、伸一、あの女子に心を寄せているのか。」
「うるさいな。別にいいだろ。」
「ふん、わかりやすいやつめ。では、あの女子の姿を俺に映してみろ。」
「は?どうゆうこと」
「はあ、分からないやつだな。つまり、伸一は自分自身があの女子であると思い込めばいいんだ」
「ごめん、やっぱりわからない」
そいつはやや呆れた仕草を見せるが、表情までは分からない。
「まあ無理もないか。お前は自分自身の姿さえも分からないのだからな」
伸一はむっとした顔をそいつに向ける。
「確かに、俺にはじぶんの姿が他人にどう見えているかなんて100%理解できないよ。でもそれってしょうがないだろ?その人の見え方なんて、人それぞれなんだから」
「ふむ。それも一理ある。しかし、自分がどう見えているかはあまり重要ではない。重要なのは、自分をどう見せたいか、だ。」
「うーん、やっぱり難しいな。つまり―」
「ちょっと。伸一君?」
伸一は口をつくんだ。無理もない。美浜咲が目の前に立っているからだ。
「さっきからなに1人で話してんの?」
「あ、はは、なんでもないんだ。そ、それよりもおはよう。」
「挨拶はこっちからもう何回もしたわよ」
「あ、そっか。ごめん」
美浜咲は不思議なものを見つめるような表情から一転、不満の顔を示した。
伸一は美浜の表情の変化についてゆけず、反対に美浜はついに困ったような顔になる。
「じゃあ学校でね。」
「え?」
伸一は口に出かかった『一緒に』という言葉を飲んだ。美浜が伸一に合わせていた歩調のペースをぐんと上げて、あっという間にその遠方に姿を消す。その勢いに、伸一は気圧されたのだった。
「伸一、お前の口を我に貸してくれないか?」
「え?『ウツカゲ』ってそっち系?」
「ほざけ」
花坂道 @motosawa8235
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