天空の破片

「あの絵は、私の将来を決める最後の希望だった」

 冴島さんが僕の脈を締め上げる。

「あの日あの男があの絵を評価しなかったから、私は絵の道を諦めた。それなのに、なに? コウスケブルーって」

 ああ、そうか。

 冴島さんはあの日の女学生だったのだ。自分の絵が勝手に藍沢の作品になっていたのを知って、再び彼を訪ねてきて来たのだろう。そして今までの藍沢の作品も本人の絵ではなかったと気づいた。

 絵に本気だった彼女にとって、藍沢はいかに許せない存在だっただろうか。

「あなたも殺したつもりだったんだけどね。でも記憶がないのなら、これからはあなたの名前で絵を描き続けてほしかった。思い出しさえしなければ、無罪になる材料を探してあげたのに」

 僕は、警察官になった彼女が、人を殺した現場を見てしまった。

 僕にも分かる。冴島さんは、二度も他人に人生を奪われたくないのだ。このまま僕がバスタオルで首を吊って自殺したことにすれば、罪を僕に着せて逃げ切れる。

 ああ、それにしても。

 思い出す以前に、僕には初めから名前がなかったんだ。

 ぼやけていく視界の先に、壁に貼られた写真が広がっている。蒼い、碧い、青い。最後に貰った、僕の名前と同じ。なんて美しい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

天空の破片 植原翠/授賞&重版 @sui-uehara

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ