真夏の雪が溶けるとき

 あの日の翌日、八月二日。

 当たり前のように夏が来た。

 気温は三十五度まで一気にぶち上がり、前日までに降り積もった真夏の雪はみんな溶けた。突然例年どおりの気温が戻ってきて、社会は騒然とした。人間も自然界もなんの準備もしていなかったのに、突然夏が来たのだ。

 真夏の雪が溶けるとき。曖昧に溶けそうだった彼女の言葉は、確信に変わった。

 僕はというと、帰りが遅かったこととお使いをこなしてこなかったことを、お母さんから叱られた。

 夏休みが終わって学校が始まると、彼女の机は片付けられた。急な引っ越しで転校したのだと発表されていた。


 あれからもう、十五年が経つ。


『親愛なるスーニャ。


 お元気ですか? 僕は相変わらずです。今年で二十七歳になりました。

 君と出会った夏から、もう十五年が経ちました。今年も、僕らの街では蝉が鳴いています。

 暑くて溶けてしまいそう。ねえスーニャ、会いに来てくれませんか? 真冬にまではしなくていいから、ちょっとだけ涼しくしてよ。』


 僕は約束どおり、スーニャに毎年手紙を書いている。

 スーニャが本名だと話していた「スニェグーラチカ」は、雪の精霊の名前なのだと、高校のときに本で知った。住所の国には、地図には載っていない。

 僕は今年も、彼女宛ての手紙を書く。

 去年は、ラムネの瓶の写真を同封した。一昨年は、夏祭りの盆踊りの写真を。その前は、蝉時雨の庭木の写真を。

 今年は、君にどんな夏を見せようか。


『スーニャ。今年もこの町に、夏が来たよ。』

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真夏の雪が溶けるとき 植原翠/授賞&重版 @sui-uehara

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