㈱神様斡旋サービス

植原翠/『おまわりさんと招き猫4』発売

㈱神様斡旋サービス

 そいつが俺の元にやって来たのは、とある水曜日の夜だった。

 独身男のアパートひとり暮らし。風呂に入って、これから寝ようかというタイミングだ。インターホンが鳴る。

「遅くにすみませーん。大川様、ご在宅ですかー?」

 モニターには、スーツ姿の三十歳前後の男が映し出されている。しゅっとした顔つきの、痩せ型の男だ。胡散臭い笑顔と、汚い鞄を携えている。なにやら面倒なセールスが来たみたいだ。手が離せないとでも言って、やり過ごそうと思ったのだけれど。

「失礼ですが、神様をご利用なさったことはございますか?」

 モニター越しの男の妙な発言に、俺は耳を疑った。


 株式会社神様斡旋サービス・営業二課主任・福山裕介。

 男の名刺には、白地に黒い明朝体でそう書かれていた。

「国際的に見ても、日本は神様離れが深刻な国です。宗教的に奔放で、無宗教、無神論者の多い国ですからね」

 作り物っぽい笑顔を貼り付けた男が、座布団の上で話す。座卓にチラシを広げ、指をさしながら朗々と語っている。

「そこでですね、弊社『神様斡旋サービス』は、この度経営方針を大きく変えまして。日本人に、もっと神様を身近に感じてもらおう! と、密着型の営業形態を取る運びになったのです」

 聞いてもさっぱり、意味が分からない。ぽかんとしている俺に、福山と名乗るスーツの男はにっこり笑ってみせた。

「わたくし福山は、こちらの地区の担当営業をさせていただいております。よろしくお願いします、大川様!」

 我ながらバカだと思うが、俺はこの男を部屋に上げてしまった。

 もちろん部屋に入れる気は全くなかったのだが、男はテコでも動かない粘りを見せ、ニコニコしているだけで帰らない。警察を呼ぶぞと脅かしても、びくともしない。実際に呼んでやろうかとも思ったが、事態が大きくなるのも面倒くさい。根負けした俺は、諦めて玄関を開けたのである。相手が満足するまで喋らせて、キッパリ断って追い返した方が早い。

 最初は押し売りの営業だと思ったが、宗教の勧誘とも取れる発言があり、聞けば聞くほど意味不明な発言をする。

「わたくしども神様斡旋サービスは、弊社に登録しております神様を、人間社会へ斡旋するビジネスを承っております。大川様にはぜひ、弊社登録の神様をご利用いただきたく、ご訪問させていただきました」

 こちらが無言で訝ると、福山は大真面目に続けた。

「冗談のつもりはございませんよ。むろん、いたずらでもありません」

 福山の話によると、神様斡旋サービスは何千年と歴史を持つ超老舗であり、平安の世では政治的な活躍で社会貢献した実績があるのだという。当時の貴族たちは、邪魔な権力に呪術を送って相手を衰退させたと聞いたことがあるが、これはこの会社がライバル貴族に邪神を送り込んだ成果だというのだ。さらには日本全土で語られる座敷童子や守り神なんかにも、この会社に登録している神様もいると語る。

「歴史に残る功績、社会に根付き、市民から愛された仕事ぶり。安心と信頼ではいかなる企業にも負けません」

 福山は目をきらきらさせて、愛社精神をさらけ出す。

「いかがでしょうか!」

「いかが、とは……」

「ですから、大川様。ご利用になりたい神様はございませんか? わたくし福山が、ぴったりの神様をご紹介いたしますよ!」

 ……だめだ。頭が混乱してきた。

 神様を斡旋するとか、そもそもの会社概要が意味不明である。神様なんているわけがないし、いるとしてもそれは人々が心の中に持つものであって、少なくとも俺の中にそういった信仰はない。この男は、どう考えてもいたずらとしか思えない話をするために、人の家に上がり込んで居座っているのだ。営業だか宗教だかなんのつもりだか知らないが、いい迷惑だ。なにか盗まれても困る。なんとかして追い出さなくてはならない。

「すみませんが、間に合ってるんで」

 常套句で返すと、福山はぎょっと目を丸くした。

「ま、間に合ってる!? と言いますと、大川様はすでにどちらかの神様をご利用なさっていると」

「いや、宗教とかやってませんけど……」

「では、他社の神様系サービスをご利用とか」

「そういうわけじゃ……えっ、お前のとこの他にもこういうビジネスあるの?」

「おや、ではやはり大川様は、神様のご利用は初めてでございますね」

 福山は、断ろうとする俺を見事に誘導して、会話を商談に戻した。

「実は現在、ご新規様向けのキャンペーンを実施中でして! 初めて神様をご利用なさる方に、お得な特典をご用意しているのです」

 福山が薄汚い鞄を探り、新たなチラシを座卓に置いた。カラフルな紙面に大きく、「今なら初回無料」と見出しが踊っている。

「なんと! 初めての方は神様を無料でお試しいただけます! あとジャンプ傘をプレゼントしますし、レストランのお食事券もお付けします。更に抽選で五名様に掃除機も」

 無料、という単語には、つい目を奪われる。だが、すぐに冷静になった。

「お得アピールされても意味が分からんっつうの」

 謎のサービスが無料だったところで謎のままである。福山は「ですからあ」と大袈裟な身振りで説明した。

「先程もご説明いたしましたとおり、わたくしどもは平安の世に敵に悪しき神を送り相手を破滅させた実績がございます。つまり、大川様にもぜひ、弊社に登録する神様をご利用いただき、嫌いなアイツを叩きのめしていただきたいのですよ!」

 最後の方を聞いて、俺は無言で仰け反った。嫌いなアイツを叩きのめす? そんな営業文句ある?

 でも、なんとなく福山が言いたいことは分かってきた。どうやら、平安貴族が祟りを信仰していたように、俺でも他人に神様を送り付けられる様子だ。

「……嘘だろ?」

「わたくしどもは安心と信頼の神様斡旋サービスですよ。嘘など申し上げません」

 福山がニコニコ笑っている。俺はその垂れた目尻をじっと見つめた。

 こいつを信じるつもりはない。だが、叩きのめしたい奴はいる。まじないみたいなものだろうし、利用してみたらスカッとできるかもしれない。無料だし。頷かないと、福山が帰りそうにないし。

「じゃあ……」

 仕方なく折れると、福山は相変わらず笑って言った。

「プレゼントの傘はお色は選べませんけどよろしいですか?」

「どうでもいいよ」

 これが、俺と福山の最初の契約だった。


 *


 あの後、福山は俺に数枚の資料を渡して説明を加えた。

 まず、人に取り憑く神様は、定員がある。ひとりにつきひとりまでだ。同時にふたり以上の神様がひとりの人間に憑けない。ただし相手に神様が憑いていたとしても、過去のことであればセーフ。現在の時点で神様がいなくなっていれば、紹介できるそうだ。

 次に、紹介された神様は派遣先でその能力を発揮するが、成果は個々の努力によるものであり、結果が出るまでに時間がかかる場合もあること。期待に添えない場合もあるが、了承してほしいという。

 最後に、神様によってトラブルが生じた場合、いかなる理由があっても神様斡旋サービスは一切の責任を負わないということ。たとえば、気に入らない上司に死神を送り、上司が死んだとする。それで俺に仕事の荷重が増えたとしても、極論、万が一罪に問われたとしても、福山の会社に責任はないのだ。

 そんな説明があったのを、頭の中で反復しつつ会社に向かう。オフィスの席につき、しばらくすると隣の席の田中が出勤してきた。ものすごくげっそりしている。

「どうしたんだよ」

 あまりの暗い顔にびっくりして声をかけると、田中は崩れ落ちるように椅子に腰を落とし、頭を抱えた。

「やっちまった。電車の中に財布落としたっぽい……」

 それを聞いて俺は、咄嗟に背筋が伸びた。昨晩の福山とのやりとりを思い出す。


「どの神様を、どこにお送りいたしましょうか?」

 福山のタブレット端末に、神様選択の画面が映っている。「仕事で選ぶ」「出身国で選ぶ」などのタブから、福山は「仕事で選ぶ」を指で叩いた。今度は「豊穣の神」とか「破壊神」とか、神様が種類分けされている。こんなプログラムを作るとは、いたずらにしては手が込んでいる。

 とりあえず「貧乏神」をタップしてみると、名前がずらっと一覧で表示された。ぱっと見た感じだと、大半が日本名である。ところどころグレーで表示されているのも見えた。

 福山はタブレットを自分の顔の方に向け、画面に指を滑らせた。

「グレーの名前は、現在、他の仕事に出ている神様です。貧乏神の空き状況をお調べしましたところ、とくに優秀な貧乏神は……彼がおすすめです。安池信雄という貧乏神です」

 福山が再び、こちらに画面を向けた。堅物そうな、眼鏡の中年の顔写真が載っている。

「先月倒産した食品会社は、彼が破産に追い込んだんですよ」

「えっ、あのデッカイ企業を?」

 驚く俺に、福山はにっこりして頷いた。

「そうです。同業他社の社長が送り込んだんです。法人も“ひとり”とカウントされますので、会社をまるごと貧しくさせられる。まあ、もちろん簡単には成しえませんが、こちらの安池は優秀ですから」

 どうせ冗談だとは思うのだが、作り込まれたフィクションだと思えば面白くなってきた。

「へえ、なら幸運の神様を俺の元に連れてくることもできるんだ?」

 それが叶えばいろいろ好都合だ。と思ったのだが、福山は苦笑して大仰に首を横に振った。

「誠に残念ながら、仕様上、大川様の元へはお送りできかねます」

「なんだよ。じゃあ、この貧乏神でいいや」

 俺は画面に映ったお堅そうなおっさんを指さした。

「俺の同僚に、すげえやな奴がいるんだ。田中っていうんだけど。仕事できないくせに偉そうで、むかつくんだよ。だから、ちょっとだけ痛い目見せてやって」

「かしこまりました」

 福山は頭を下げ、ようやく立ち上がった。

「では早速手配をいたします。早ければ、今夜じゅうにでも田中様の元へ安池をお送りいたします」


 偶然か? まさか本当に、田中に貧乏神が憑いたとは思えない。あんないたずらみたいな話が、本当なわけがないではないか。

 朝礼を終えてすぐ、俺は外回りへ出かけた。街の喧騒の中を歩いていれば、田中の一件はすぐに忘れた。

 しかし、信号待ちで棒立ちしている俺に、背後から声がかかる。

「『ちょっとだけ痛い目を見せる』程度に、安池を使うのは贅沢すぎましたね!」

「うわっ!」

 振り向くと、昨日押しかけてきたあのスーツの男が立っている。昨晩と変わらない営業スマイルを貼り付けて、俺の顔を覗き込んできた。

「成果があっという間に出てしまいました。さて大川様、どうなさいますか? 引き続き、安池を田中様に憑かせておきますか?」

 長い指の手のひらを突き合わせ、福山は問うた。

「このまま続けますと、田中様の財布は中身を使われ、カードも差し止める前に使用され、ショックでギャンブル依存症になり財産をすってド借金まみれになり首を吊って死にますが」

「待って待って! もういいよ」

 俺はぶんぶん首を振って、福山の腕を掴む。福山は満足げに口角を上げている。

「かしこまりました。では安池を下げます」

「……偶然じゃ、ないのか」

 まだ信じられなくて呟くと、福山はわざとらしい動きで顎に指を添えた。

「まだ信頼いただけませんか。ではまた新たに、別の神様をご利用なさいませんか?」

 こんな気味の悪い出来事が、必然であってたまるか。

 信号が青になる。俺は歩き出しながら、勢いづいて言った。

「じゃ、うちの部長! いっつもむちゃくちゃな仕事押し付けてきやがるから、早く退職してほしいんだよ。疫病神でも憑けてやってくれ!」

「どの疫病神をご指名なさいます?」

 福山がタブレットを取り出した。だが今の俺は仕事中で、のんびり話を聞いている暇などない。

「誰でもいい。お前に任せる」

「かしこまりました! ご利用ありがとうございます!」

 福山はニコニコ笑顔でお辞儀をし、横断歩道を渡らずにどこかへ歩み去っていった。


 *


 その日の昼、部長が腹痛を訴えて帰宅した。後で判明したのだが、どうやら感染性の胃腸炎らしく、部長と席が近い課長もとばっちりを食らって腹を痛めた。定時近くなると、事務員も腹が痛いともがき出した。

「ご存知なかったのですか? 疫病神は疫病を流行らせる神様……即ち、感染症を運ぶ神様ですよ。部長殿のおかかりになったやまいは感染性の病ですから、大川様の会社に菌が持ち込まれたようなものです」

 帰りの電車の中。福山はいつの間にか俺の横に乗っていた。

「これは失礼仕りました。一般常識として認知される内容については説明義務がないものですから」

 うっかり関係ない人まで巻き込んでしまったが、課長は課長で杜撰な仕事で締切を確認しない人物だし、事務員も態度が気に入らなかった。ちょっといい気味だ。

「お次はどうなさいますか?」

 福山が微笑む。

「日本は八百万やおよろずの神の国。神様はまだまだたくさんご利用いただけますよ」

 こいつのことは、信じるつもりはなかった。だが、田中といい部長といい、偶然にしてはできすぎている。

 まさかとは思うが、神様斡旋が本当に本当だというのなら、福山という担当を手に入れた俺は、無敵なのでないか。

 ひとまず、もう一度だけ、試してみようか。

「なら、取引先の担当者を……」

 実は今日、取引先といざこざがあってイラついていたのだ。


 それからの俺の毎日は、溜飲の下がるものだった。

 不快な思いをさせられたときは、報復を考えて、福山に命じる。福山が邪神を遣わせば、俺は自らの手を汚さずに、ちょっとした嫌がらせができるのだ。

 そんなこんなで、福山が現れた日から約半月が経過した。

「お次はどうなさいますか?」

 福山は今も、人懐っこい笑顔で俺に仕事を求めてくる。

「女性に風神を遣わして、スカートを捲りましょうか?」

 仕事終わりの平日の夜、彼は俺の部屋にやって来てタブレットを操作していた。福山のセンスのない冗談に、俺は吹き出す。

「神様を遣ってすることかよ」

「することですよ。人間は弱きものです。生きていく上で、あらゆる場面で神頼みをするものです」

 福山は笑顔を崩さない。

「英語圏では『おっ、やば』くらいの感覚で『オーマイゴッド』と言うではありませんか。もっと気軽に神様を頼りましょう。それが神様の存在価値なのですから」

 彼は意気揚々とタブレットを指でつついている。

「そうだ。妖怪も、神々が零落したものですので神様として同じように利用できるものもいますよ」

「へえ。そういえば、過去の事例話してたとき、座敷童子もいるって言ってたもんな」

 俺は福山の持つタブレットを覗き込んだ。

 と、同時に、タブレットがポンと音を立て、画面が切り変わった。

「あっ、来ましたね」

 福山はいつもの笑顔で、その画面を俺の正面に突きつけてきた。画面いっぱいに、なんらかの明細らしき表、末尾にはどういうわけか、「大川昭仁」と俺のフルネームが書かれている。ぽかんとして見ていると、福山が画面を手で示した。

「こちら、弊社から大川様へのご請求明細でございます」

「は!? どういうこと!?」

 自分でも驚くほど、大きな声が出た。福山はやはり、笑顔のままである。

「今月のご請求はこちらで確定しましたので、後日改めてご請求書をお送りします。次回の締め日までにお振込みくださいませ」

「いや、ちょっと待て! どういう意味? なんで俺の名前?」

 取り乱す俺を余所に、福山は平然とした顔でタブレットを操作している。

「そのままの意味でございます。神様を利用した対価が、大川様ご自身という意味ですよ」

 絶句する俺を一瞥し、福山は続けた。

「どういたしました? キャンペーン中につき無料でのサービスになりましたのは初回のみですよ」

「そういうことじゃなくて……対価について、なんの説明もなかったじゃねえか」

「そうおっしゃられましても、もう確定しておりますし。人間風情が神様を使役するのに、対価が安いわけないじゃないですか」

 福山はしれっと返すだけで、同情ひとつしない。俺はわなわなと肩を震わせた。なにを言っているのだ、こいつは。

「さ、錯誤だ。俺が契約内容を勘違いしてた場合は、契約は無効になるはずだ」

 なんとかこの一ヶ月をなかったことにできないか、必死に考える。福山は、ほうほうほうと胡散くさい相槌で何度も頷いた 。

「しかしですねえ、対価についての説明をしませんでしたのは、わたくしめの職務上、致し方ない事情がありまして。必要な状況を作るにあたり、これがいちばん手っ取り早いものですから」

「なんだそれ……どういう意味だよ。やっぱり詐欺……」

 自分で血の気が引くのが分かる。福山は、尚も笑顔を貼り付けていた。

「初回時にご説明いたしましたとおり、弊社ではお憑けできる神様はおひとりにつきひとりまで」

 彼は楽しそうに、人さし指を立てた。

「そしてこうもご説明申し上げました。仕様上、大川様の元へは神様をお送りできかねます、と」

 そこまで言われて、俺はハッとした。まさか、こいつ。

 福山は目を細めて、抑揚たっぷりの営業声で言った。

「恐れ入りますが、大川様はこののち、首を吊って死にます」

「お前……もしかして、お前自身が……」

 福山はニコニコしながら、汚い鞄に手を突っ込んだ。やけに長く骨ばった指に、名刺入れを持っている。

「改めまして、わたくし――」

 突き出された名刺を見て、ぞっとする。最初に見たものと色が違う。なんで、真っ黒なんだ。真っ黒な紙に、白い明朝体。

「株式会社神様斡旋サービス・営業二課主任・兼、死神。福山裕介と申します」

 細めた目と、吊り上がった口角。

「田中様からのご依頼で、大川様の元へ斡旋されております」

「田中……!?」

「おや、ご自身でお気づきになりませんでしたか? 大川様のご性格は、恨みを買われていましても不自然はないかと!」

 青ざめる俺を、彼は楽しそうに眺めていた。

「対価の生贄として大川様のお命を頂戴できれば、エージェントとしての売り掛け回収と死神としての仕事を同時にこなせて一石二鳥でございます。あ、今こそ『オーマイゴッド』とリアクション取るべきところではございませんか? 大川様の『マイゴッド』は、現状わたくしですけどね!」

 おどけるようにそう言って、彼はにっこり笑顔で会釈した。

「ご安心くださいませ。弊社、安心と信頼の、株式会社神様斡旋サービスでございます。大川様がご逝去なさるまで、わたくし福山が、責任持って見届けさせていただきます!」

 俺は、この笑みが崩れたところを見たことがない。

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