嘘まみれバースデー

植原翠/授賞&重版

嘘まみれバースデー

「学力テスト、三十六位だったわ」

「学年で?」

「いや、クラスで」

 そりゃそうか。相川が学年で三十六位なんて、取れるはずがない。

 春休みのある午前中のことだ。俺の家に遊びに来た相川は、学年末のテストの話なんか持ち出して、自ら傷をえぐりだした。

「俺さあ、このとおり勉強は中の下だし運動でも半端だし、飛び抜けた才能があるわけでもないし、すっげえイケメンってこともないんだよ」

 相川は胡座をかいて窓の外を見つめた。俺は窓に映った相川のバカ面を眺めていた。

「どう?俺のすっげえマジで誰にも負けねえ!ってところ、なんかない?なんかでいちばんになりたいんだけど」

「相川がいちばん?」

「うん」

「出席番号以外で?」

「うん」

 全く思いつかない。

 悪いけど、考える気にもならない。考えるだけ無駄だからだ。

「成績、運動神経、芸術的才能、顔面偏差値、身長、体重、経済力……。何においても誰かに負ける。あー、やべえそれ凹む」

 相川は自分で言って、自分で傷ついた。バカだ。今更だけど。

 可哀想なので、少しだけ考えてやる。何か一つくらいはあるんじゃないかと思うのだが、これが驚くくらいに何一つ出てこない。

 が、俺はふと重要なことを思い出した。

「あれだ。短距離速くないっけか」

「新田と佐伯の方が速い」

「いや、新田と佐伯の速さは両方ドーピングだった」

「マジで!?学校の体育の授業でドーピングする奴いんの!?」

 相川はぎょっと目を剥いて叫び、それから自分の記録を思い起こした。

「あの二人が失格となると……ひょっとしてクラスでいちばんなのは俺か?あ、いや、別で測ってた女子も含めれば元浦の爆速に負ける」

「元浦は実はアンドロイドだから加速機能が付いてる。あれも失格だ」

「マジで!?あいつアンドロイドだったのかよ!」

 相川はまた目を丸くした。しばらくマジかうわマジかと頭の悪い呟きを繰り返し、やがてちらっとこちらを向いた。

「いやどう考えても嘘だよな」

「嘘だよ」

 サラッと認めてやった。相川が項垂れる。

「なんでそんな嘘つくんだよ……」

「いや、別に俺も進んでこんな嘘つきたくないけど。ただ今日は相川の誕生日だから、言っただけ」

「……へ」

 やはりバカの相川は、そんな単純なことも忘れてしまっていた。

「今日誕生日だっけか、俺」

 相川は怪訝な顔をして固まっている。ややあって、相川は叫んだ。

「てことは、四月一日か!」

 そうなのだ。こいつの誕生日は四月一日、エイプリルフールなのだ。

 毎年こうやってからかっているのに、バカな相川は毎年騙される。

「くそ!またやられた。誕生日なのに毎っ回、意地悪される!」

 悔しがる相川に、俺はふははと笑った。

「ごめんごめん。今年は祝ってやるよ。何かプレゼントをあげよう」

「マジで」

 相川がくるっと振り向く。俺は頷いた。

「おお。もちろん嘘だ」

「それも嘘かよ!」

 ダンッと相川が床をどつく。俺は腕を組んだ。

「まあまあ。ちょうど昼時だし、今から隣町の高級レストラン行く?お前、誕生日だから奢るよ」

「マジで」

 また、相川が目を上げる。俺は床に放ってあった鞄を拾った。

「嘘だ。ファミレスにしよう」

「また嘘かよ!」

 またというか、毎度毎度騙される方も騙される方だぞ。

 俺が鞄を持って立ち上がると、相川も面倒くさそうに床から腰を上げた。


 近所のファミレスまで、チャリンコで十五分程度である。春の町を駆け抜けると暖かい風が頬に触れた。並木に白い光が憩ってきらきらした雫のようにきらめいている。

「相川の誕生日って、本当に相川にピッタリの日だよな」

 前を走る相川に、俺はニヤリと目を細めた。奴の後ろ頭がぺこりと沈む。

「本当お前さ……お祝いしようぜ、今日は俺が主役だぞ?」

「つっても相川だって自分の誕生日だったこと忘れてたじゃん」

「うるせえ。三百六十五日も経ってれば忘れるわ」

 訳の分からない屁理屈を捏ねている。俺は風に靡く相川の髪の先を眺めた。

「あ、そうだ。お前のいちばんあった。四月一日って年度はじめじゃん。つまり相川は、一年でいちばん誕生日が早い」

「おお!マジだ!!」

 相川が上空を見上げた。俺はすかさず続けた。

「というのは嘘だ。誕生日に関しては四月二日が最初」

「くっそ、また仕掛けやがったな」

 相川の舌打ちが飛んでくる。

「でも相川、それなら一年でいちばん誕生日が遅いという『いちばん』を取れるぞ」

「『遅い』でいちばんは嫌だ!」

 折角見つけてやったのに、相川はわがままを言った。

 腕時計を一瞥する。十一時五十分。ファミレスが混んでいる時間だ。

「いちばんになりてえなあ」

 相川はまだアホらしいことにこだわっている。

「何でもいいんだったら、バカナンバーワンでいいじゃん?」

 言うと相川は、バカにされたことを怒るでもなく真面目な声で言った。

「バカさは数値化できないから、いちばんだと言いきれない」

「バカは認めるんだな」

「もうそれは仕方ないからな……」

「そんな相川に朗報。なんと、政府認定のバカ発見機がこの春から販売されることになった。全国のホームセンターで千円ちょいで買えるぞ」

「え!? 何それ」

 相川が一瞬こちらを振り向いた。俺は彼の背後で大真面目に返した。

「嘘だよ。あるわけねえだろ、そんなもん」

「お前今日何回嘘つくつもりだよ!」

「そっちこそ何回ひっかかるつもりだよ」

 自転車を走らせ、やがてしょっちゅう行く安いファミレスに到着した。駐輪場で自転車のスタンドを立てる相川に、俺は声をかけた。

「おい、そこ大型バイク専用だぞ」

「え、そうなの?」

「嘘」

「置いていいのかよ!」

 俺も隣に自転車を並べて、ファミレスに入店する。腕時計を見ると五十七分。ちょうどお昼時なので、店はやはりちょっと混んでいたが、回転の早いこの店はすぐに席へ案内してくれた。

 テーブルについて、メニューを広げる。春のフェアメニューで限定ランチが出ていた。

「相川、お前が好きなハンバーグが値上げされてる」

「マジで!?」

「嘘だ」

 相川はいちいち騙されてくれる。

「ドリンクバー、学生は使用禁止だって」

「マジで!?」

「嘘だ」

 素直というか何というか、とりあえずバカなのだ。

「相川誕生日だから、ケーキ奢ってやるよ」

「マジか、やった!」

「嘘だ。ケーキは奢らないがパイを奢ってやろう。そして顔面にパイ投げする」

「おいい!ふざけんな!」

「嘘だ。勿体ないからしない」

「あーもう! お前顔色一つ変えずに嘘つくから全部騙される!」

 相川はぐたっとテーブルに突っ伏した。俺はちらと腕時計を確認した。十二時ちょうどを過ぎて、針がコチコチ進んでいた。

「いちばんになりたい相川よ」

「あ?」

 相川はゆらりと顔を上げた。俺はメニューに目線を落としたまま言った。

「あった。あるわ、相川のいちばん」

「マジで?」

 相川が身を乗り出す。俺はメニューを捲って、春のいちごデザートのページを眺めていた。

「あれだよ。俺の友達」

「は?」

「俺のいちばんの友達だ。友達は何人かいるけど、相川がいちばんだわ」

 一瞬、相川が凍りついた。

「よくそんな恥ずかしいこと、さらっと言え……あ、分かった。嘘だ」

 ギロリの目尻を吊り上げ、相川は低い声を出した。

「流石にもう騙されないぞ。そうやってまたからかおうとしてるんだな」

「お誕生日おめでとうございます。お祝いにこの、春の特盛いちごスペシャルバケツパフェをご馳走しましょう」

 わざとらしい言葉遣いでからかう。メニューに載った巨大なパフェを見て相川は怯んだが、すぐに噛み付いてきた。

「どうせそれも嘘なんだろ!」

 俺はバイト店員に注文をかけた。

「すみません、ハンバーグ一つとミートソースパスタ一つ、ドリンクバー二つ。それとバケツパフェを一つ」

「それはマジなのかよ!食べ切れるかな、こんなの」

 目を白黒させる相川に、俺は無言でニイッと笑った。


 四月一日生まれのくせに、相川は知らないのだ。

 エイプリルフールは、嘘をついていいのは午前中だけ。まあ、諸説あるけれど。

 これを知らないために俺の嘘と本音を見抜けない相川は、本物の四月バカである。

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