第26話 フランス人形とトイレの個室②

「俺が? 深夏の? 騎士ナイト? なに言ってるんだお前」

「へぇ、普段は下の名前で彼女のこと呼んでるんだ」

「……」

「あはは、そんなに睨まないでよ。ワタシこれでも進藤くんと仲良くしたいんだよ?」


 そう言って九条さんが、意図の読めない薄い笑みを浮かべる。

 その美しい顔立ちには似合わない、どこか爬虫類めいた表情だ。確かに笑顔だというのに、普段の、誰に対しても壁を作っている無愛想な表情の方がまだ友好的に思える笑い方だった。


「進藤くんってさ。ぶっちゃけワタシと同じでしょ?」

「少なくとも性別は違うな。あと髪の色」

「そういう上っ面のことじゃなくてさー……もっと本質的な部分のことをワタシは言ってるんだけどなぁ?」


 九条さんの笑みは変わらない。その変わらない笑みのまま、「とりあえず座りなよ」と、洋式便器の上に座るよう促してくる。

 仕方なく、便器の上に腰を下ろすと、跨るようにして九条さんは俺の膝の上に座ってきた。


「俺の中の獣が目覚めそうになるんでどいてくれない? 具体的に言うと勃ちそう」

「またまた。ワタシみたいな美少女にこんなにくっつかれて、嬉しくない男の人なんていないでしょ」

「今まさに俺が嫌がってるんだけど」

「そう。で? それがなにか?」

「人が嫌がるようなことをするのはいけないらしいぞ?」

「君だって、朝はあんなにクラスのみんなの神経を逆撫でしようとしてたのに?」

「俺は生憎コミュ障だからそういう空気とか分からないな」

「嘘」


 ニタリ、と九条さんが笑みを深める。

 それから、どこか確信めいた口調で言葉を続けた。


「分かるとか、分からないとか、そういうんじゃないでしょ、君。ただどうでもいい・・・・・・だけなくせに」

「……」

「空気とか、他人とか、自分以外のことなんて、実はそんなに興味もないし関心もないでしょ?」

「なにを根拠に……」

「だってワタシもそうだから」


 正面から抱き着くようにして、九条さんがもたれかかってくる。

 それから俺の耳元に口を寄せ、言葉を続けた。


「ねえ、ちょっとワタシに教えてみてよ? 他人なんてどうでもいいって思ってる進藤くんが、水樹さんのことをどう思ってるのかとかさ」

「……それ聞いてどうするんだよ」

「別に、どうにも? ちょっとした、ただの好奇心♪」


 悪戯めいた口調でそう言うと、九条さんが俺から身を離す。しかし、膝の上には座ったまま、今度は彼女は正面から俺の顔を見つめてきた。


「君さ。今朝、教室で、わざとキモい感じに振る舞ってたでしょ? ああいう風に動いたら、クラスの空気が凍り付くって……そういうの分かってやってるよね?」

「俺が自分から嫌われようとしたと?」

「だってそうでしょ。わざわざ水樹さんの言葉さえぎってまで、念入りに水樹さんの裸の絵とか晒しちゃったりしてさ。それで水樹さんを被害者に仕立て上げようとしたのかな? みんな被害者には優しいもんね~。それが美少女ならなおのこと、同情心から良くしてあげよう、慰めてあげよう、って思う人もたくさんいるんじゃない?」

「……」

「それに、進藤くんだって他人のことをどうでもいいって思ってるからさ。自分から加害者になって、みんな・・・から弾かれたところで、痛くも痒くもないんでしょう? いや、むしろ内心ではほくそ笑んでいるのかな? みんなを上手く誘導できたって」

「まるで俺、性格の悪いヤツみたいだな」

「みたい、じゃなくて、そうなんだよ。うん、やっぱり進藤くんって、思った通りの人みたい。ワタシ好みで、面白い」


 そう言いながら、九条さんが俺の首筋をそっと指先で撫でてくる。その触れ方は絶妙で、背筋にゾクゾクとした感覚が走った。


「ねえ、進藤くん。良かったらワタシに話してみない? 君が水樹さんをどう思っているのかとか、水樹さんとの関係だとか……」

「九条さんにわざわざ話す必要性を感じられない」

「ワタシはこんなに熱烈に求めてるのに?」

「そうだね。で? それがどうした? 俺に関係ある?」

「……っ、ふふっ!」


 俺の言葉に、九条さんは思わずといった様子で吹き出す。どうやら彼女のツボにハマったらしい。しばらくの間、彼女は肩を震わせていた。

 そのタイミングで、予鈴が鳴る。


「そうね。ええ、そう……確かに関係ないわね、ワタシ」

「分かってくれたならなによりだよ」

「ええ……関係ないから、ワタシはワタシで好きにさせてもらおうかな?」

「は? ……っ!?」


 意味深な彼女の言葉に俺が眉を顰めると、自然な動きで九条さんが唇を重ねてくる。

 突然の出来事に目を丸くしているうちに、彼女はさっと俺から身を離す。それから立ち上がると、後ろ手に個室の扉を開いた。


「じゃ、そろそろ次の授業始まるからワタシ行くね。バーイ」


 そしてくるりと背を向けると、手のひらを軽く振ってその場から去っていく。


 俺はそんな彼女の背中を見届けると、改めて個室の扉を閉じて、ズボンを下ろした。うんこを我慢し続けるのもそろそろ限界だ。


 と、ふと指先で自分の唇に触れ、俺は呟く。


「……深夏の唇の方が気持ちよかったな」


 先ほど、九条さんと交わしたキスに、然程の感慨もない。深夏の時とはまるで違う。

 この差がいったいどういったものか、俺には判断がつかなかった。

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恋愛感情のない幼馴染とノリで付き合ってみた 月野 観空 @makkuxjack

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