第25話 フランス人形とトイレの個室①

 三時限目を終えたところで、便意を催した俺はトイレに行こうと席を立つ。

 自分の教室のある階のトイレに向かい、そのまま個室へと向かった。


「うんこうんこっと」


 そう呟きながら個室の扉を閉めようと後ろを振り向いたところで、俺は彼女・・に気づいた。


 輝くような、ウェーブがかった眩しい金髪。

 くりくりとした青い瞳に、白磁のような白い肌。


 どこか悪戯好きな猫めいた笑みを浮かべる、あどけない西洋の美貌。


 クラスメイトに然程興味を持たない俺でも、彼女の名前は知っていた。


 深夏が『大和撫子』ならば、彼女はさしずめ『フランス人形』

 フランス人と日本人とのハーフ系美少女な同級生、九条ルイズさんである。


「どもども~。ワタシもちょっくら失礼をば」

「いや、失礼をば、じゃないでしょ。え、なんで君ついてきてんの?」

「まあまあ。細かいことは気にしなさんな若人よ。――っとと、男子トイレにいるにバレたらマズいんで扉閉めさせてもらいますよっと」

「その常識をもうちょっと前に発揮するべきでは?」


 俺のツッコミを華麗に無視して、九条さんが個室の扉を閉める。

 かくして、我が校きってのフランス人形と、男子トイレの個室に二人きりという頭の悪い状況が出来上がってしまった。


「ええー……マジでなんなんだよ」


 どうにも困惑するしかない。

 女の子とトイレの個室で二人きりとか、それこそエロ漫画でぐらいしか見たことがない。いや、AVでもあるな? あとエロゲでもそこそこ見るよな? なんだ、じゃあありふれたシチュエーションというわけか。そんなわけあってたまるか。


 そんな俺を前にして、九条さんは平然とした面持ちで、


「いやはや、ここなら進藤君と二人きりでじっくりしっぽりお話することができそうだな~などと思いましてハイ」


 などと、内心を汲み取ることの表情でうそぶく。


「じっくりしっぽり話すより先に、ガチガチ寸前のうんこを水に流したいところなんだが?」

「あ、どうぞご自由にすっきりなさって? ついでにワタシとの会話も楽しみましょう」

「さすがの俺でも、女の子の前でうんこする性癖は持ってないのでNG。というわけで出てけ」


 そう言ってジト目を彼女に向けるも、ちょうどそこでトイレの扉が開かれて誰かが入ってくる気配がした。

「授業だりー」とか「次物理かよ」とかいう会話が聞こえてくる辺り、どうやら連れションのようである。


 その気配を九条さんも察したのだろう。「シー」と人差し指を唇に当てる。それから俺の耳元へ、そのさくらんぼめいた可愛らしい唇を近づけ、


「ちょっと男子トイレに入ってるなんてバレたら痴女扱いとかされそうなので、今は外に出れませんねー?」


 などと猫なで声で囁きかけてきた。


「俺の中では君はもう痴女認定されてるんだけど?」


 同じく小声でそう返すと、九条さんは「またまた御冗談を」とでも言いたげにクスクス抑えた笑い声を漏らす。マジでなんなんだこの女? ほんとに頭おかしいんじゃないのか?


 俺の知る九条さんは、いつも教室の片隅で、空気も読まずにブスっとした顔つきでつまんなそうにしているといった印象だ。

 はっきり言って愛想が悪い。

 深夏のように誰にでもいい顔をするわけでもなく、取り巻きに笑顔を向けるでもなく、一人孤高を貫いてぼっち街道を満喫中。


 それゆえ当然、敵も多い。明らかに外国の血が混ざっていて、誰から見ても美少女で、金髪碧眼で目立ちまくって、そのくせ誰に対しても非友好的となれば、反感を買うのもうなずける。


「なんかお高くとまってるよね」という陰口を聞いたことがある。「美人だからって調子に乗ってるんじゃない?」という風にも言われている。中にはもっと、あからさまな物言いをされていることもある。


 そういった陰口が囁かれていることを、九条さんとて知らないわけではないだろう。それでいてなお、媚びない姿勢を貫ける辺り、心臓からは毛でも生えているに違いない。


 そんな彼女が、なぜ? とか、どうして? とか考えていると、小便のついでに交わされる会話が聞こえてきた。


「つーか、朝の進藤ヤバくね? あれってストーカーじゃねえの?」

「それなー。ぶっちゃけマジで引いたわ」

「ああいうやつが教室にいるかと思うと気分悪ィ」

「水樹もいい迷惑だよな。あんなクズに絡まれてるとか」

「それな」

「それな」

「それな」

「オレならゼッテー嫌だわ。あんなのと話してるとかも思われたくねえ」

「分かるわー」


 そんなやり取りを一通り終えると、男子たちは「授業めんどくせー」とかなんとか言いながらトイレを出ていった。


「……と、いうわけで。俺みたいなクズと話してるとか思われるのはだいぶ嫌なことらしいぞ?」

「あははー、そんな話してたねぇ」


 トイレが静まり返ったところで、九条さんに話を振ってみれば、彼女はどうでも良さそうにけらけらと笑った。


「俺といるのを見つかるより先に、さっさと出てった方が良いんじゃない?」

「それがなー、そういうわけにはいかないんだなぁー?」


 にやり、と九条さんが笑みを浮かべる。

 その笑みに、俺はなんだか嫌な予感がした。


「だって、ワタシが用のあるのは、その『クズ』で『いい迷惑』で……そして、実は水樹さんの騎士ナイトな進藤君なんだもん」


 ……ほんとなんなのこの子。あとうんこ漏れそう。

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