時と日記と奥様が解決したこと

冨平新

時と日記と奥様が解決したこと【KAC202211参加作品】

 福祉系大学のお笑い系サークル『らふいん』の

サークルメンバーだった下條灯しもじょうあかり

昨夜から、加母田光彦かぼたみつひこの家に泊まりに来ていた。


 2人とも現在22歳、結婚の約束をしている。


 パワハラが社長にバレたためか、

光彦みつひこの直属の上司の鬼瓦おにがわらが退職することになり、

代わりに着任する人物の辞令が

社内の廊下に貼り出されていたことを灯に報告して、

2人は眠りにつき、朝を迎えていた。


 「家の人には俺んちに泊まるって言ってきた?」

 「もちろん。光彦のことは、もうみんな話してるから」


 「ああ、なんか、急に思い出した」

 「何を?」

 「兄貴のこと」


◇ ◇ ◇

 

 加母田光彦かぼたみつひこの2つ上の兄、加母田忠義かぼたただよしは、

 父親と言い争いになると、

すぐに外に飛び出してしまうのだった。


 忠義ただよしは17歳の頃から、

時々、無断外泊をするようになった。


 きっかけはゲームセンターでの出会いだった。

 加母田家は裕福ではなかった。

 忠義ただよしは、なけなしの100円玉を持って

近所のさびれたゲームセンターに行き、

格闘系のゲームに熱中した。


 操作していたキャラクターが敗けた。


 バンッ!


 ゲーム機を思い切り叩くと、

背の高い20代前半ぐらいの男が、忠義ただよしに、

「100円玉、いくつ欲しい?」

と聞いてきた。

 「いらねーよ!知らねえ人から金なんてもらえねえ」

忠義ただよし躊躇ちゅうちょしていると、

もう1人の男が、ゲーム機に100円玉を入れた。


 「ほら、やってみな。お前の腕前を見せてくれよ」


 忠義ただよしは、先程と同じキャラクターを選択すると、

次々と勝ち進んだ。

 そのゲーム機で、その日の最高得点をマークした。


 「なあ、これから俺たちとジュース飲みに行かねえか?おごるから」

 忠義ただよしは嬉しくなって、誘われるまま、ついていった。


 24時間営業のファミレスで、

大声でしゃべったり、無言になったり、

誰かが持ってきた漫画をみんなで読んだりして、

ゆるゆると過ごす時間が忠義ただよしには心地よかった。


 そこには、細かく小言を言う人物は居ない。

 ただ、無条件に存在を受け入れてくれる空間だった。


◇ ◇ ◇


 ガラッ!


 ある朝、18歳の忠義ただよしが玄関を開けると、

父親の徹也てつやと母親のももが待っていた。

 徹也てつやは怖い顔を、ももは泣きそうな顔をしていた。

 忠義ただよしはあまり食事を摂っていないので、

頬がこけ、少しせたようだった。


 「忠義ただよしっ、どこに泊まったんだ、

何故帰ってこないんだ!」

 「夜、どうして帰って来ないの?」

 と聞くが、忠義ただよしは無言で光彦みつひことの2人部屋に向かうのだった。

 

 「兄貴、みんな心配してるよ。夜、どこにいるの?」

 「うん?友達とファミレスだよ。何も心配することないよ」

 「ファミレスで、ご飯食べてるの?」

 「友達が出来たんだ・・・おごってくれるんだよ」


◇ ◇ ◇


 2人部屋を1人で使うことが多くなった光彦みつひこは、

快適ではあったが、やはり寂しかった。

 

 時々帰ってくる忠義ただよしは、暴走族の衣装のようなものを

部屋のハンガーに掛けて、外出するときには持っていくのだった。



 ある日、高校の体育の授業で柔道をやることになった。

柔道着は忠義ただよしが持っていたので、

母親と一緒に忠義ただよしの持ち物を整理しながら探した。

 忠義ただよしの持ち物は、かなり乱雑に部屋中に散乱していた。


 すると、日記帳のようなものが出てきた。

 「ん?なんだこれ」

 パラパラっとめくった。

 それを見た母親のももが駆け付けた。

 「忠義ただよしの字だわ」

 「へえ~、兄貴、日記なんて書いてたんだ」

 日付を見ると、3年前である。


 「3年前…兄貴が中3の時か…

『お母さん、いつもご飯を作ってくれて、ありがとう。

いつも風呂を沸かしてくれて、ありがとう。

いつもやさしいえがお、ありがとう』」


 ももが横で、ウルウルし始めた。

 

 「・・・へえ~、兄貴、こんな事、日記に書いてたんだ・・・」


『お父さん、いつも仕事をしてたいへんだけど、

お父さんのおかげでおれは学校に行かれて、

友達ともたのしくあそべています。ありがとう。


こんなにサイコーのお母さんとお父さんなのに、

どうしてお金がいつも足りないんだろう。

お金が足りないわけは、お金をひとりじめして、

お父さんに少ししかお金をわたさないやつのせいだ。

おれはそいつをこらしめる』

・・・ここまでしか、書いてないのか」

 「・・・お父さんにも後で見せるから、お母さん、預かっとく」


◇ ◇ ◇


 「・・・兄貴がそんな事を、日記に書いていたんだよ」 


 「ふうん。お兄さん、口には出さなかったけど、

子供の頃からご両親にものすごく感謝していたのね」


 「俺もさ、あの日記読んで、兄貴に一目置くようになったんだよ」


 「今じゃ、3人のお子さんを育てているお父さんなのよね」


 「兄貴の日記をお父さんが見た時、

お父さんも少しウルッとしてさ、

兄貴が家に帰って来なくても、信頼しよう、

気持ちが落ち着くのを待とう、

ということになって・・・その後、すっかり仲直りしてたよ」


 「光彦みつひこの家族がお兄さんと仲直りできたのは、

その日記のお陰なのね。

お兄さんの今の幸せがあるのは、

お兄さんの奥様とお子さんたちと、

その日記のお陰かも知れないわね」


 「そうだね。俺も日記を書くことにしようかな。

もし、あかりに言いづらいことが出来たとしたら、

その日記に書いておくから。

その時は俺の日記見つけて、読んでくれよ」


 「はーい!光彦みつひこのブラコンにも、一生付き合います!」


 (完)

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時と日記と奥様が解決したこと 冨平新 @hudairashin

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