ロックドダイアリー

ハヤシダノリカズ

Locked diary

三月二十五日(金)

寺町京極の骨董屋、サカマキ堂にてコレを買った。まずは、付属のこのチープな鍵をネックレスに通した。


三月二十八日(月)

誰にも見せないこの日記、続くだろうか。骨董品というよりは数年前の売れ残りといった風情のこの鍵付きのダイアリー。気負って書く事もないだろう。気が向いた日だけでも書けばいいか。


四月五日(火)

今日から佑二さんが出張。寂しい。自分の為だけに作る料理って侘しいものね。ありあわせの野菜炒めを作ったけど、佑二さん好みの味にしようとしている私が可愛いかったわ。佑二さんの口には入らないのにね。佑二さんが帰ってくるのは金曜日かぁ。


四月六日(水)

昨日の夜は佑二さんの夢を見た。とても若かったわ。私と出会う前の佑二さんかしら。やっぱりカッコ良かった。


四月八日(金)

クタクタに疲れて佑二さんは帰ってきた。リビングで水を一杯だけ飲んで、そしてすぐに寝てしまったわ。もう少しお話したかったのだけど、明日ゆっくり話せばいいわね。


四月十日(日)

「依子と一緒にいられたら、それだけでいい」なんて佑二さんが言うものだから、この土日はずっと家にいた。佑二さんの甘い声で「よーりこ、よりこ」と囁かれるだけでとても幸せ。ソファに座ったままの佑二さんのお世話をずっと出来るだなんて、依子は幸せ者です。


四月十一日(月)

ネックレスを外して、このチェーンに通された鍵を使ってこの日記を開けて、日記を書いて、また鍵をかけて、ネックレスを首の後ろでカチッととめる。この一連の動作が、なんだか神聖な儀式のように思えてきた。まるで大した事は書いてないのだけれど。


四月十四日(木)

今日は佑二さんが外食にしようって言ってくれた。駅前の焼き鳥屋に行った。あぁいうガチャガチャとした雰囲気も悪くないわね。三年前に佑二さんと一緒に行ったフレンチに通じる味付けのものもあったような気がするわ。悪くなかったわ。


四月十九日(火)

ゴールデンウィークはお仕事なんだと、今日、佑二さんに告げられた。「一緒にどこかに行きたいね」って言ってたのにな。お出かけが出来なくてもいいから、一緒にいれる時間を減らさないでよ、かみさま。


四月二十日(水)

昨日のショックが尾を引いていたのか、今日は大切にしていたお皿を割ってしまった。最悪な事に、割れた破片を片付ける時に指を切ってしまった。気をつけていたんだけど、その指先の血がこの日記帳に少しついちゃった。ホント、サイアク。慌てて拭き取ったけど、染みになっちゃうな。そういえば、この日記の装丁の革はいい感じに味が出てきたみたい。


四月二十三日(土)

今日は久しぶりに聡子と飲んだ。佑二さんも今日は友達との飲み会って言ってた。聡子は最近、佑二さんと良く似た人を見かけると言っていたけど、失礼な話だわ。佑二さんほどのイイオトコがそんなにしょっちゅういる訳ないじゃない。妬んでいるのかしら。聡子にもいい人ができますように。


四月二十五日(月)

佑二さんが昨夜眺めていた書類をリビングのテーブルに置いたまま会社に行ってしまったから、今日はそれを届けにいった。久しぶりに会った佑二さんの同僚の田中さんが「ヨーコさん、この間の温泉まんじゅうありがとうね」と言ってきたけどなんだったんだろう。佑二さんは「勘違いだろう。顔となんとなくの名前は憶えてるけど、どの人の奥さんだったかがあやふやって事はよくある」と言ってたけど。そんなものかしら。


四月二十八日(木)

佑二さんはもう寝てしまった。明日からの仕事はハードなんだと言ってた。いつも一所懸命に働いてくれてありがとう。とても感謝しています。


四月二十九日(金)

聡子から、佑二さんによく似た人を見たって電話があった。今日の昼間に、ショッピングモールで。女と手を繋いで歩いている姿を見たって。


四月三十日(土)

佑二さんの会社はゴールデンウィーク期間中休みだと書いてあった。今日、たまたま会社のそばまで行ったから寄ってみたと佑二さんに言ったら、ゴールデンウィーク期間中は取引先の会社で仕事をしているのだと言った。佑二さんは少し不機嫌になってしまったわ。突然仕事場にお邪魔するのはもうやめておこう。


五月一日(日)

佑二さんの脱いだカッターシャツのにおいを思いっきり嗅いでみた。いつもの佑二さんのにおいしかしなかった。でも、なぜか、涙が出た。


五月二日(月)

聡子から明日会おうって連絡があった。動きやすい恰好で来るように言われた。なんでだろう。


五月三日(火)

あれは、佑二さんに間違いなかった。聡子に支えてもらわなければ、立っていられなかった。あの女は一体誰なんだろう。


五月四日(水)

聡子の言った言葉をそのまま書いてみる。「あの女が、佑二さんの正妻で、二番目のオンナが私。あなたは、三番目のオンナなのよ」まるで訳が分からない。聡子は狂ってしまったのだろうか。佑二さんは今日も帰ってこない。


五月五日(木)

誰を恨めばいいのか、誰を憎めばいいのか、何も分からない。あの女は私の事をまるで知らないままで、聡子はずっと私をバカにしていて、佑二さんはどうだったんだろう?佑二さんもやっぱり私の事を見下していたのかな。もう、どうでもいいや。この日記も読みたい人がいるなら読んだらいい。鍵は挿しておくわ。


---


日記を読み終えてサカマキ堂の店主はニンマリと笑みを浮かべた。

「ご苦労だったな。コレは報酬だ」

店主から封筒を受け取った若い男はすぐさま中身を確認する。

「毎度あり。しかし、訳アリ清掃業ってのは、いつ行ってもざっくりしてるんだよなー。売れそうなモノはあっという間に引き取られて行くし、売れそうにないモノはテキトーにまとめてポイだもんな」

男は独り言のように言う。男は店主の孫くらいの年齢に見えるが、独り言の様な呟きには敬語が不要な関係のようだ。

「ま、細かい事を言ってたら、物事は進まんからな。この世はスピード勝負の部分もある」

「そんなもんですかね。しかし、そんな日記、価値があるんですか?とても、オレに払った報酬に見合ったモノには見えませんが」

「これは、ワシの趣味のようなものであり、副業のようなものでもある。女の情念が染みついた革というのは、価値があるのだよ」

「へー。で、コイツはこの店で売っていたモノなんでしょ? いくらで売ってたんですか?」

「たしか、三千円くらいだったか」

「へ? オレに払った報酬の十分の一じゃないですか。趣味ってか、まさに道楽じゃないですか。どういう意味があるんですか?」

「持ち主がそれとは知らずに塗りこめていくと言えばいいのか。この革には幾重にも情念が塗り重なっておる。これまでの何人もの持ち主の情念がな。中の紙は差し替えるが、うちは骨董屋。塗り込められた情念を味や風合いと気に入って買っていく客が常におっての。この日記帳に魅入られたとも知らずに買っていくんだ」

「情念、ですか」

「あぁ、そして、今回のこの日記に登場する聡子という女は実にいい」

「次はその聡子にそれを売りつけるんですか?」

「売りつけるだなんて、そんな無粋な言い方をするんじゃない。キッカケを、この聡子という女に与えるだけだ」

「はいはい。分かりましたよ。聡子という女の家にもポスティングをしばらく続けたらいいんですね、今度は。また、コイツを」

そう言って男は一枚のチラシをつまんでヒラヒラと振る。

「おぉ。それだそれだ。どこにやったかと探しておったが、それはどこにあった?」

「日記を引き上げて来た時に、たまたま見つけたんですよ。今回の現場のタンスの裏に落ちてました」


そのチラシには、地図といくつかの商品の写真、そして【骨董屋サカマキ堂 小さな幸せが詰まったアイテムを取り揃えています】というキャッチコピーが書いてある。


「幸せが詰まった……ね」

「嘘は書いておらんぞ。この日記にも幸せな瞬間が書いてある。読んでみるか?」

「いや、いい」

苦笑いと共に、男は言った。


-終-

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