異世界料理研究家、リュウジ短編集11〜おかげさまで「KAC」完走できました〜
ふぃふてぃ
ドラゴンソテー
「フィリス!ねぇ、フィリス……アンタ、フィリスに何をしたの」
長テーブルに豪華絢爛な食事が並ぶ。食卓の中央には燭台の蝋燭が煌々と燃え、窓のない室内にはシャンデリアの明かりさえ物足りない。
「スリィープ」
部屋の端。大柄な男の詠唱。友を気遣い駆け寄ろうとするルティが、パタリと倒れた。
「威勢は結構。しかし、今は食事の時間だ。おっと安心したまえ、リュウジ君。レィディに手荒いマネはせんよ。眠っているだけだ」
俺は異世界料理研究家……
「君が異世界のあらゆるモノを調理すると言う料理研究家という事は知っている。この世界を異世界と呼ぶ人間は久しいね。我が名はバルボア。さあ、椅子にかけなさい。食事だ。残さず、たいらげたまえ」
目の前に置かれる照りのあるソテー。肴の鱗のような硬い皮膚をナイフで切り分ける。中にはエビのように身のしまったタンパクな肉。複雑なソースが舌に絡む。
「どうだね。ドラゴンのソテーの味わぁ。美味いかね。千年が経ち、朽ち果てたモノではない。若き魂に至高の限りを尽くした本物のドラゴン料理だよ」
バルボアは狡猾に笑う。
「今や、ウマァイとは、自我に執着している人間の砂上の楼閣に過ぎん。幻のような知識を信じ、そのあげくに迷う。食で世界を救う、結構!では、貴様にとってぇ……美味いとは、なんぞや」
怒りが先行して味など分からない。果たして、コレは美味いのか?ルティは本当に無事なのか?フィリスは……
「最強と謳われるドラゴンの血肉だ。素早いだけのワイバーンではナァイ。デカいだけのグリフォンでもナァイ。希少とはウマイの象徴。どぅーだね世界を喰らう感覚わぁ」
「俺は評論家じゃない。こんな複雑な味の良さなんか、分かるわけがない」
「諦めタモウナ料理よ。美味いモノとぅは、美味いモノに在らーズぅ。万人受けなど、笑止!ウマァイ、とぅわ。権、智、神。全てを牛耳るものの一声なのだよ。グラスに注がれた液体がグラスの形に纏まると同じ、この世は構造ガァ全てを支配する。数の正義、権威の正義など虫ケラの意見に過ぎん」
パァンと手を打つバルボア。ラインハルトが一冊の日記を運ぶ。俺は騎士を睨め付ける。
「君もまた僕と同じ人柱。全てを知る権利がある」
『ニ月四日、リゼルハイムとの戦況は激化を辿る』
『四月八日、王の失墜。暴動、混乱、略奪』
『六月十ニ日、この国には新たな指導者が必要だ……』
『ハ月十六日、私は王家の血筋を受け入れた』
『十月二十日、愛娘フィリアが生まれる』
『十二月二十四日、わたしは禁術を施工した。わたしはバルボアを愛していた。……愛故の過ちを許して欲しい。彼の日記に全てを綴る……リゼルハイムに落とした……闇の化身。世界を恐怖に陥れた禁術、レイズデット。
……わたしは彼の見る貧困のないミライを応援したかった」
○
パタリとテーブルの奥、誰かが倒れた。
「どうだね。魔獣を喰えば世の中の貧困は解決される。我が思想、そして彼女の望んだミラァイ。愛する妻にも見せたかった。そのためには犠牲も必要なのだよ」
「犠牲?意味が分からない」
「構造を変えるのだ。砂漠の中の一雫と同じ、飢えに苦しむが故に人はウマイを感じる。獣の肉に命に感謝する。土を汚し水を汚し……人間は害だ。害虫だ。駆除するのではナァイ。リュウジ君……コレは救いなのだよ」
「オマエが……バルボアなのか?」
「そんなもの、器に過ぎんよ」
バルボアはそう言い放つと剣を抜く、ラインハルトを呼び寄せ、彼の心臓をひと突き、ドサリと倒れる音がした。
「またかね、フィリア。二、三、死体が転がったくらいで気を失われては敵わんよ。オマエはどんだけ血を吸えば神に成れるのだ。人の血肉が神を創り、人の争いが神を祭り上げるのだ。何度も言わせな愛娘フィリア。フィリア・マーガレット。禁忌に触れろ」
「イヤーーー!」
「やめろ!ふざけるなぁ」
俺は駆け出していた。蒼白の修道女。今は純白のドレスに身を包み王族のような形をしているが、目の前の少女はフィリスだ。あの子供のために血と汗をながして尽力してきた。紛れもない俺の友人、フィリス・フィリアだ。
「リュウジ……さん」
「大丈夫。どうにかなる……さ!」
目の前には大男バルボア。対峙する。白髪が音楽家のように毛先の丸まっている。床には血海。死体が転がっている。
暫しの沈黙。刹那……フライパンを構える俺の背後から鈍痛。一瞬、目が霞む。振り返る。ラインハルトの気配。力が入らない。
「なぜだ。どういうコト……だ」
俺は膝から崩れ落ちた。
「さて、愛娘フィリアよ。この状況でもまだ、禁術の解放を拒むというのか。まあ良い、そうしないと彼は生き絶える……がな」
「どうにかなると言った以上。どうにかするのが男ってもんだ。異世界転生者が挫けるわけには……」
フライパンを支えに俺は立ち上がる。
「威勢が良いな若僧。ゲハハハ!最後は痛みなく送ってやろう。闇夜の空蝉。月夜の混沌。仄暗い深淵からの使い魔ウィスプの力を糧として、永遠の眠りを安らぎに変えろ」
振り上げたフライパンが大男を捉え損なう。ヒラリと交わしたバルボアの抜き身の剣が、俺の胸を抉る。
「スリィープ」
胸に走る強烈な痛み。霞む目。押える手からは赤が滴る。痛み以上に睡魔が襲う。それは、争いようも無い快楽。目からの映像は途絶え、痛みはない。さらにズブズブと、体を貫かれる感覚はあるも苦痛はない。
――溶けていくようだ
フィリスの悲痛の声が小鳥の囀りの如く耳に木霊する。
「慈悲深き光の女神アスティカの恩恵。星々の祝福。我が御霊より授かりし純潔の契りを命に変えて。聖なる活力。白き天霊たちの宴。その壮麗なる天使の微笑みを持って命を照らす光よ導け」
――フィリスの詠唱……なのか?
「レイズデット!」
「素晴らしい。素晴らしいぞ。これぞ凝り固まった構造を破壊する新たな器。闇の化身の再来!」
○
見覚えのあるホテルの調理場。決められた料理を作る、代わり映えのない憂鬱な日常。転生前の光景。
ただ目の前のタスクをこなすように調理に勤しむ。白い調理服に身を包み、コック帽を被り、指定されたモノを調理する日々。
「料理長、今日も美味かったよ」
その覇気のない分限者たちの「美味い」という言葉に悩まされて「美味い」を見失い。俺は生きがいを無くして、配信者へと身を投げた。
あの時の色彩のない日常風景。そこに一匹の小鳥が迷い込む。暖色系の羽根を羽ばたかせ、料理を啄み「ピューイ!」と鳴いた。
「はぁ、美味しかった。お腹いっぱいに食べたのなんて、いつぶりかしらね」
「まさか魔獣を食べるとは驚きよ。でも美味しいわね」
「美味い!おかわり。リュウジ、おかわりよ」
(ルティ……なのか?オマエは心の底から美味いと言ってくれるのか)
「ねぇ、リュウジ、お願い。これからも私達を助けて……」
「私からもお願いします。私の、フィリス・フィリアの夢物語に、どうか力を貸して下さい」
ルティ……。フィリス……。
○
霞む目を見開く。体には黒いモヤが渦巻き、数カ所、刺されたハズの傷跡は修復されている。服には鋭い傷跡と血痕が残っていた。
「何故だ。なぜ堕ちない。内からの魔力の蓄積。外からの魔力の注入。なぜ貴様は闇に抗える」
「もともと食には力がある。まやかしなんて必要ない。食を通して分かち合う、笑顔の大切さ、世界の美しさ、そして安心感。それが美味いってやつだ」
「笑わせるな!ウマァイとは、生命の糧。貴様の作る料理なんぞ、それ以上でも以下でもない。闇に堕ちぬとは興醒めだ」
「そんな事はないね。リュウジの作った料理は一級品さ。良く戻ってきたな。さぁ、反撃だ」
燃えるようなポニーテールをはためかせ、ナタリーが弓を構える。
「惨憺たる烈風。無邪気な風霊たちの踊り。荒れ狂う風は矢となりて、多忙に多端に活発に、空を統べて敵を貫け!ウィンドアロー」
自由な滑空。見えざる風の矢はバルボアを翻弄し、フィリスを閉じ込めていた光の壁を破壊する。
「遅くなったのじゃ。ディスペル。アンチ、マジックフォトンサークル。無詠唱なのじゃ」
ほんのりと青紫色のした白肌の幼女ソフィアの詠唱。豪奢な部屋は消え去り、朽ちた部屋が露わになる。見覚えのあるリゼルハイム北区の廃墟を、ラインハルトを筆頭に騎士団が取り囲んでいた。
「良くぞ我が幻影を見破った。賞賛に値する。なぜ居場所が分かった」
「クゥーくっく!エントロピーがダダ漏れすぎるのです。さぁ、本物のゲートを開くのですよ」
ゴスロリ服に身を包む幼女ルナが不思議な機械を地面に植え付けると、空間の歪みが発生した。
「ラインハルト。やれ」
「御意」
数の暴力。軍隊が押し寄せる
「アイスニードル!」
「ルティ!」
「リュウジ。今回だって、なんとかなるでしょ」
「あぁ、もちろんだ」
戦闘は激化する。
「深淵なる業火の陽炎。火女神の微笑みは火竜の咆哮となりて、我が仇なす敵を塵へと変えろ!ファイアーシュート」
突如、空間の歪みから現れる甘い声の少女。ベティが放つ巨大な火の玉が軍隊を翻弄する。
「みなさん。此処はまずゲートの中へ」
「クゥーくっく。繋がったのじゃ」
ベティの退却を促す声。追ってが阻む。ピューイの火炎ブレスが隙を作った。
「みんな、今だ!ゲートに……」
「行かせるか!」
炎の全身に纏い大剣を振るうラインハルト。強力な一撃を、俺はフライパンで受け止める。巻き上がる烈風。テーブルから落ちた日記が、パラパラと捲れる。
『全てを飲み込むかと言われた闇の化身は空飛ぶ馬に乗った少女によって封じられました。あの悪夢の出来事を繰り返さない為に、わたしはココに筆をとる決意をしました。願わくば、この世界にも光り輝く未来があらんことを。子供達が明日に怯えず、お腹いっぱい食べられる世の中を……カトレア・マーガレット』
異世界料理研究家、リュウジ短編集11〜おかげさまで「KAC」完走できました〜 ふぃふてぃ @about50percent
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