アパートの先人

竹原しろうと

アパートの先人


『速報です!ただ今、21歳の佐藤祐樹さんが、世界映画コンクールの最優秀脚本賞を受賞したとの情報が入りました!!最年少記録、快挙です!会場と中継が繋がっています!現場の鈴木リポーター?」



「よっしゃ〜!テレビついた〜!!」


私の名前は小林ナツミ。この春から東京の大学で最高のキャンパスライフを送る予定の元気な田舎者だ。そして、そのために借りたアパートに数時間前に正式に入居し、長時間の格闘の末、遂にテレビをつけることに成功した。


「うわぁ〜!テレビ東京だぁ!テレビ群馬じゃない!東京だぁぁ!!」


やっとついたテレビをゆっくりと見ながらお茶でもしたいところだが、そういうわけにはいかない。なぜならまだ、荷物の整理がほとんど終わっていないからだ。


「とりあえず電気問題はなんとかなったけど〜……、カーテンつけたり、本棚置いたり、収納に服入れたり、あーめんどくさ!!!」


と、言いつつもやらなければならない。が、いざやり始めると何気に楽しいものだ。なんせ、この家のことはほとんど知らなかったから。


合格発表から少しして、『浪人ってわけにもいかないから、東京の大学は諦めて地元の大学に通うしかないかぁ〜……』と思い、入学金を振り込もうとしな矢先、その東京の大学から繰り上げ合格の知らせがあり、晴れて入学が決まった。しかし、そこからは大忙し。なんせ時間が無かった。


というわけで、この家も、一度15分くらい下見をしただけで決めてしまった。駅にそれなりに近いというだけで。


荷物整理は予想以上に楽しかった。


「うそ!こんなことに収納あったんだ!」

「食器棚、思ったより広い!」

「日当たりいい感じ〜。あったか〜い。」


というような調子で未知のこの家をドンドン開拓していった。


ちょうど、トイレットペーパーやらナプキンやらをトイレの戸棚にしまおうと、その戸棚を開けた時だった。なにやら使い込まれたような手帳が、戸棚の中からひょこりとこちらを覗いていた。


「なんだこれ。前の人の忘れ物かなぁ。」


表紙には何も書いていない。気になって中身を見てみた。


『これからここへ住むあなたへ』


表紙の裏のページに見開きでこう書いてあった。


「ほほ〜。なんだこれは。ここへ住むあなたへってことは、前の住人の人からのメッセージか何かか。ちょっと楽しみかも〜!」


ぱらりと次のページをめくる。


『おそらくあなたは今、トイレにいるだろう。そしてきっと、その戸棚に何か入れようとして、この手帳を見つけた。違いますか?』


「すげ〜。あってる〜。」


『ではまず始めに。トイレの鍵を閉めて下さい。そして一度、トイレの水を流してみましょう。』


書いてある通り、ガチャリと鍵を閉め、トイレの水をジャーっと流す。


『いま、この文章を読んでいるということは、なんの異常もなく、鍵は正常に閉まり、水も正常に流れたということ。良かった。私がここを出るときは、鍵が少し緩まっていて、水の流れも悪くなっていたから。大家さんに感謝ですね。』


「サンキュー!大家さん!にしてもこの人面白いなぁ〜。なんか全部先を読まれてる感じがする。続き読も〜。」


またぱらりとページをめくる。


『ここからが本題です。単刀直入にいいますが、私がこれを書いた理由は、これ以上、犠牲者を出さないためです。』


「ん?なんか急に怖いこと言い始めたぞ、この人。」


と言いつつも、またページをめくる。


『これは、私がここに住んだ1週間の出来事です。』


「え!?1週間しか住んでないの!?なんで!?なんで!?」


気になってまたページをめくる。


『不可解な出来事は、1日目の夜から始まりました。家具の設置を終わらせ、疲れ切って寝た私でしたが、深夜3時ごろに、誰かが階段を上がってくるような音がして目が覚めました。この時は、それはこのアパートの住人の方だと思っていました。』


「ふむふむ。なんか怖い……。でもこういうのってつい読んじゃうんだよなぁ〜!!」


ページをめくる手が止まらない。


『2日目も3日目も同じ音がしました。それも次第に大きく。そして4日目で気付きました。その音が、私の部屋の方に向かってきていると。』


「ひぇ〜。なんだよそれ、こわ〜。やだなぁ〜、お化けかなぁ〜。」


『そして5日目でした。足音が止まったかと思うと、ガチャガチャと玄関のドアノブをこじ開けようとする音が聞こえてきたのは。私は恐怖で動くことができませんでした。結局その日は一睡もできませんでした。』


「うそ……。ちょっとこれ、やばいんじゃない?私、そんな家に住むことになったの……。」


『6日目。もう怖くてたまらないので、友達を呼んで、ずっと一緒にいてもらいました。そして深夜。あの足音が聞こえてきました。そして昨日のようにドアノブをガチャガチャやりだしました。嘘だと思っていたのか、友達も私と一緒に震え上がっていました。』


「……。」


『音が治ってから、恐る恐る、2人で玄関を確認しに行きました。鍵をかけていたはずのドアは、半分開いていました。』


「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」


つい、前の住人のこの体験を想像してしまう。恐ろしい。恐ろしすぎる。急いで決めなければ良かったと後悔した。が、それでも先が気になってしまう。ここで読み止めたら、それこそ先が気になったまま引きずって、忘れられなくなってしまうから。


ぱらり。ページをまた一つめくる。


『私は大家さんにこのことを相談しました。しかし大家さんは何も言ってくれません。そして何もできないまま、とうとう7日目の深夜がきました。この日はさらにもう1人の友達も加えて、3人体制で身構えました。あの足音とドアノブをこじ開けようとする音が聞こえてきます。そして今度は、バタンッ!という、勢いよくドアが閉まる音も聞こえてきました。もう誰も、怖くて玄関を見に行けません。』


「……。まさか……、家の中に……。」


『しばらくして、音はなくなりました。私たち3人はくっつきながらゆっくりと玄関や収納を確認しました。しかし、特に何もありません。ここで私を急激な尿意が襲いました。怖くて何杯も水を飲んでいたからでしょう。しかし1人になるのは怖いもの。2人にトイレのドアの前にいてもらってトイレで用を足しました。すると突然、ドアの向こうでバタリと、人の倒れる音がしました。戸惑って動けなくなる私。すると、ゆっくり、トイレの鍵が閉まりだしました。誰も触っていないのに。』


「え、え、え、え、え……。」


『内側から閉めるはずの鍵が勝手に閉まりました。私はパニックで、必死に鍵を開けてトイレから出ようとしますが、鍵はびくともしません。すると頭上から不気味な笑い声が聞こえてきました。おそるおそる上を向くと、そこには……。』


「鍵のかかったトイレ……。もしかして今の私の状況って……。」


『上を向くとそこには……。換気口から、血だらけの女の首がこちらを睨みつけていました。』


「え……うそ……。」


体全身がガタガタと震える。そして恐る恐る私も上を向いた。するとそこには……。




換気口。




少しホッとして目線を再び、手帳へ向ける。


『以上、私の考えた、次の住人の方を不安にさせるフィクションでした。』


「いや、なんだよおい!!!!!!!!!」


少し、この前の住人に怒りが芽生えたが、それ以上に凄いと思ってしまった。だって完全に騙されてしまったのだから。




後日。

「っていうことがあったんですよ〜。」

「へぇ〜。前の住人の人ねぇ〜。たしか、あなたと同じくらい若い人でねぇ。小説だか、脚本だかをやってて、就職が決まって引っ越したんだよ。」

「有名になってたりするんですかね〜?あんな凄いことできる人っぽいし。」

「ここは若い人が多いからねぇ〜。誰がどうなったかなんて知らないよ。」


という、鮮烈な新居デビューを飾った私の最高の東京キャンパスライフがこれから始まろうとしている。余談だが、あのフィクションが怖すぎて、昨日の夜は眠れなかった。

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アパートの先人 竹原しろうと @S_Takehara

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