影もたぬ者たち
二枚貝
第1話
影もたぬ者たちのことを知っているかい?
そう、物語によく出てくる、真夜中の住人たちのことさ。魔物、吸血鬼、まあ呼び名はなんでもいい。
やつらは光をことごとく嫌う。太陽の隠れた真夜中になると起き出してきて、蠟燭の灯りさえつけずに暗がりのなかを動き回る。穀物蔵のねずみどものようにね。それで、一瞬でも光が差し込んだと思うとパッと逃げちまう。それこそ官憲の気配を察した盗人みたいに。
物語で例外なく言われるのは、あいつらが夜中、眠っている人間のところに忍び込み、首筋に二本の牙をつきたてて血を吸うという話さ。吸われた人間は眠りに落ちたまま、けして気付くことはないけれど、翌朝目が覚めて鏡を見てみると、記憶にないふたつのちいさな傷が見つかる……。
言い伝えでは、影もたぬ者たちは人間の血液を食事として生きていると言われるね。
まあ莫迦な話だよ。あいつらは人間の血なんか、これっぽっちも欲してはいない。むしろ、穢らわしいと忌み嫌ってすぐに吐き出しちまう。うまいものではないからねえ、あれは。
じゃあなんで、あいつらは人間の血なんか吸って回るのか? 真夜中、眠っている人間にこそこそと忍び寄り、まるで寝台のマットレスのなかに潜り込んだ虫どもみたいにさ?
それはね、あいつらが、人間のなかに紛れ込んだ天使を探しているからさ。
そう、天使。教会の坊さんたちが、よく昔話をしてくれるだろう。
昔、空から天使がやってきた。神様の使いとして、人間をより良く導くためにって。
あの天使さ。もっとも、本物の天使じゃなくて、その血を引く子孫のことだけどね。昔、地上に降りた天使のいくらかが、人間の女と交わって子をもうけた。神様がつくったお綺麗な天使に性欲なんてものがあったのか、それともたんなる好奇心だったのか、はたまた人間の女に押し倒されたのか、まあ本当のところは誰にもわからない。
ともかく、天使の血を引く人間が、この世界のどこかにいる。自分でも気付いていない者がほとんどだけどね。なにせ、天使の末裔と言ったところで、背中に六枚羽がはえているわけでもない。きらきらしい光を背負っているわけでも、空を飛べるわけでも、神様の声が聞こえるわけでもない。見た目はただの人間で、外見からじゃ天使の血が流れているだなんて、誰にもわからない。
なんとなく話が見えてきているんじゃないのかい?
そうだよ、影もたぬ者たちは、この天使の末裔を探しているんだ。手がかりは、その血……首の太い血管からとった血で、それと判別することができるんだそうだ。
なんのために? さあ、そんなことは知らないよ。あたしはあいつらの仲間じゃないんだから。
ただ、噂には聞いたことがある。なんでも天使の末裔には、銀色の血が流れているんだって。そいつは普通の人間にとっては毒だけど、影もたぬ者たちにとっては珍しい嗜好品になるんだって。人間にとっては猛毒でも、あいつらみたいな生きながらにして死んでるような連中には、ちょっと心地よいぴりっとしたスパイス程度に感じられるんだとか。丸ごと焼いた鳥に香辛料をかけて食べるみたいに、ちょっと変わったものを味わいたいんだろうね。
そう、だから。夜眠る時、必ず寝台のそばには灯りをつけておくんだよ。けして絶やすんじゃない。
でなければ、影もたぬ者たちが、知らずお前に近づいて、そのかわいらしい首筋に二本の牙を突き立てるかもしれない。
そして、お前がやつらの探す、天使の末裔だったとしたら? 眠っているうちに連れ去られて、目が覚めたらやつらのねぐらの、古びて雨漏りするようなかび臭い廃屋に連れ込まれるか……あるいはそのまま目を覚ますことがないものなのか。さあ、あたしは知らないけれど。
だからね、夜は、絶対に灯りを絶やしちゃならない。一瞬たりともね。お前が真夜中の住人たちを恐れるならね……心当たりが、あるのならね。
影もたぬ者たち 二枚貝 @ShijimiH
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