真夜中のくうそう

クマ将軍

ずっと見ていたい

 それは日頃から空想していた賜物か、それとも偶然の一致なのか。

 窓を通して見るその光景は非現実的で、それでも空想で見知った光景が繰り広げていた。


 月を背景に交差する一人の人間と一体の異形。相手を殺すために殺気を武器やその鍵爪に乗せて振るうその光景を、ただ一人の女性が見ていた。


「……」


 唖然として声が出ない。

 あれはなんだと、もしくは何が起きているのかと、普通の人間なら思うだろう。だが彼女が唖然としている理由はそれではなかった。

 誰もが寝静まる真夜中の時間帯で空中戦を繰り広げているその光景は、彼女が日々空想している内容そのままだったのだから。




 ◇




 目が覚める。

 ベッドから起き上がり昨日の戦いを思い返す。

 ちゃんと記憶がある事に安堵し、その記憶が空想特有の曖昧な光景ではなく、実際に見たリアルな光景である事に歓喜した。


 更に思い返す。

 昨日の戦いは人間の勝ちだった。あるいは、もしあの光景が彼女の空想する物語のままだったのなら、退魔師の勝利となる。


 妖怪と退魔師の戦い。

 それが彼女の空想する物語の内容だ。


 人を喰らう異形と妖怪を滅する退魔師。

 日夜、自分達の生存のために相手を殺す二つの陣営。彼らの存在は一般市民に知られる事もなく、また気付かれる事なく殺し合う存在である。

 恐らく昨日の戦いで周囲の誰も反応しなかったのは、退魔師側が人払いの結界を張ったせいだと彼女は空想した物語の設定を思い出す。


 そうだ、上記の情報は全て彼女の中の設定だ。

 自らの空想が現実になったのか、空想に一致する現実が実際にあったかは定かではない。もしくは空想のし過ぎで見た幻覚なのかもしれない。


 それよりも重要な事があるのだ。

 自分はまたあの光景を見れるのか、それだけしか頭に無かった。


 当然、そのままの気持ちでは授業に身が入らず、ずっと上の空だ。

 いつも通りに学校へ登校して、いつも通りに授業を受ける。

 いつも通りに弁当を食べて、いつも通りにいつも空想する。


『それでさぁ! あの都市伝説って……』

『えぇこわぁい!』


 友人達の話が左耳から右耳へ素通りして脳に留まらない。都市伝説よりも自分の見た光景の方が重要だと言わんばかりに窓を通して空を見る。

 そんな彼女に気付かず、友人達は笑い合っていた。


『そんで気が付けばベッドの上でさぁ……』

『記憶とか弄られた後なんでしょ〜? うわぁゾッとしないねぇ』


 さて、今日の真夜中も見れるかな。そう思った彼女は今日も空想の世界へと入っていった。




 ◇




 空は暗くなり、大きい満月が夜を照らす真夜中。

 彼女はまた、窓を開けて空を見上げる。


 彼女は確信していた。

 空想の中と同じ設定ならこの一日の終わりと始まりの狭間にある時間帯にそれらがやってくると。爛々と目を輝かせながら彼女はそれらが始まるまでずっと空を見上げた。


 やがて、それは起きた。


 重く響く剣戟の音に、地面が砕け、空気が振動する音が彼女の耳に入っていく。前のめり過ぎて、思わず窓から落ちるところだった彼女は必死に音の聞こえる方へ目を凝らす。


 空中に飛び回る二つの存在。

 やはり人を喰らう妖怪と生きるために戦う退魔師の姿だ。


 妖怪は鬼をベースとした人型の妖怪で、強靭な肉体と肥大化した両腕と凶悪な鍵爪が兼ね備えた妖怪の猟師ハンター

 対する退魔師は一見布にしか見えない服装に異常な程に長い鎖の鞭のみ。だが長年空想して考えた設定を知る彼女は分かっていた。

 普通の布にしか見えないあれは、布地の一つ一つに妖怪を祓う呪いまじないの文字がびっしりと書かれている事を。そして退魔師の持つ鎖鞭さべんにも、鎖一つ一つに文字が掘り込まれている事を。


『AAAAAAAA!!』


 鬼が退魔師に向けて鍵爪を振るう。

 だが退魔師が鎖鞭を駆使して鍵爪を巻き取るように受け止める。その瞬間、巻き取られた鍵爪は煙を立てて溶けてゆくではないか。


「……わぁ!」


 これも彼女の空想通りである。

 文字が彫り込まれている鎖鞭を対象に巻き付けば、巻き付いた鎖鞭の長さや一周に掛かる鎖の数によって文字が単語に変わり、単語が魔を祓う呪文へ変わるという事を。

 鎖鞭が鍵爪を巻いた長さは二周半。

 即ちそれだけの文字が鍵爪を巻き取り、魔を祓う呪文になる長さになったのだ。


『AAAAA!?』


 退魔師と妖怪の力関係は完全に退魔師の方が上だ。

 人を喰らう事のみ力を振るってきた妖怪と、命を守るために研鑽し工夫してきた退魔師ならばどちらが上か考えるまでもない。


 絶体絶命の鬼。

 だが退魔師の顔に油断はなく、対象を滅するために最後まで力を尽くす。呪文によって増幅された身体能力は空を翔り、鬼の周囲に鎖鞭で囲む。

 これがあの退魔師の必殺。

 逃げ場のない必中の退魔術。


 退魔師が一気に鎖鞭を引く。

 その瞬間、鬼の周囲を囲っていた鎖鞭が鬼の体をきつく巻き付いてゆく。


『――』


 顔ごと巻き付けられ、悲鳴も上げられずに鎖の棺桶が出来上がる。

 鎖に込められた対魔の文字が単語へと。単語から呪文へと。鎖鞭を持つ退魔師の手から青白い光が鎖鞭をなぞっていき、鬼を封じ込めている鎖の棺桶が青白く光り輝く。


 そして、退魔師が更に鎖鞭を引いた瞬間。

 一瞬の爆散と共に鎖鞭が完全に解かれた。


「……」


 これが彼女の見た光景。

 これが空想で見た光景。


 空想か現実か分からないまま彼女は口角を上げる。

 喜びしか感じられない。興奮しか感じられない。

 真夜中だというのに、眠気を感じない。


 もっと見ていたい。

 もっと真夜中の空で争う光景をずっと見ていたい。


 そう思って――。


 退魔師がこちらを見た気がした。




 ◇




「――あれ?」


 気が付けばベッドの上で寝ていた。


「……うーん?」


 もしかしてまた寝落ちしたのかと考えた。

 空想した物語に夢中になって現実か空想も分からない内に寝落ちする経験はこれで何回目だろうか。少なくとも彼女自身にとってはどうでもいい事であった。


「さて……次はどんな展開にしようかな」


 昨日は空想した内容が実際に目の前で起きる空想をした。

 それがあまりにも楽しくて何回もしてしまった。


 彼女は今日も、物語を空想して過ごすのだった。

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