勇者の落とし物

右中桂示

勇者が魔王の軍勢と戦う、そんな世界

 自らの居城たる魔王城で、魔王は配下──それも重要な砦を守る幹部からの報告を受けていた。


「魔王様、勇者パーティを全滅させました!」

「おお、よくやった! しかし奴らはすぐに教会で復活する。何度負けても立ち上がる、その折れぬ心こそが脅威なのだ。引き続き警戒を怠るでないぞ」

「重々承知しております。それと、戦利品の事についてお話がありまして」

「所持金の半分ならいつも通りボーナスでいいが?」

「いえ、所持金以外にも落としたアイテムがありまして、しかもそれが日記なのです」

「ほう、勇者の日記とな。興味がある。我の下へ送れ」

「ははっ!」


 そうして転送魔法によって、すぐさま日記は魔王城にやってきた。

 魔王は興味津々な様子で読む。


「さて、我に刃向かう勇者とは、どんな人間なのだ?」




 雪解の月18日。


 思えば随分遠くまで来た。

 戦いに生きると決めて旅立って、もう何日になるだろうか。

 ふとそう思って日記をつける事にした。


 戦い以外でも旅の中では大変な事も多いが、パーティの皆は上手くやってくれている。

 なのに自分が料理したら肉を焦がして怒られてしまった。

 野宿は未だに慣れない。

 戦いだけでなく、こういう努力も必要になるか。これから頑張っていかなければ。


 雪解の月24日。


 モンスターを倒して感謝されるのはいいものだ。物騒な自分の力が人の役に立つ。それが実感できれば、鍛える気力にも繋がる。

 今日も親子に感謝され、プレゼントまでもらってしまった。

 心温まるが、見ているとどうしても思い出してしまう。


 故郷に残してきた家族は元気だろうか。


 雪解の月30日。


 今日はダンジョンを突破した。

 モンスターよりも、先に進む為に謎を解かないといけないのが大変だった。

 自分は全然駄目だった。仲間のおかげだ。

 感謝してもしきれない。


「ほうほう、なかなかの好人物。これでこそ我の宿敵に相応しい! ……むむ?」


 新芽の月23日。


 やってしまった。


 だが、この誘惑に負けない人間がいるだろうか?

 強敵のモンスター相手の激戦で、最後に生き残ったのは自分一人。

 この状況なら、仲間に報告せずレアアイテムを自分の懐に入れられる。

 どうせ蘇生したところで、死んでいる間の記憶はないんだ。


 一人でいい思いをしても罰は当たらないだろう。


「なにをしているんだ……! 仲間との絆が人間の強みではないのか……っ!」


 馬車の月2日。


 レアアイテムの件がバレた。


 挙動不審になっていたせいだろうか。

 改めて山分けの形で払わされてしまった

 しかし実際は金貨百枚で売れたのに、三十枚だったと誤魔化す事ができた。

 まだ自分の金はかなり残っている。これからも楽しめそうだ。


「まるで反省していない……! どうしたんだ勇者!」


 馬車の月9日。


 あの日以来、仲間からの目が痛い。

 完全に信用がなくなった。

 パーティの共有財産に触らせてくれない。

 戦いにおいても、常に動向を注視されている。裏切りを警戒されているのか。流石にそこまではしないのに。


 もういい、今日はやけ酒だ。

 ぶっ倒れるまで飲んでやる。


「ほらみろ、悪事を働くからだ。情けない」


 馬車の月10日。


 やってしまった。

 起きたら酒場の娘が隣で寝ていた。いくらなんでも酔い過ぎた。


 仲間にバレたらマズい。

 全員地元からの付き合い。妻と子供の事を知っている。バレたら自分は終わりだ。

 仕方なく口止め料を払って口裏を合わせてもらう。足元を見られてぼったくられた。

 痛い出費だ。クソ!


「……………………………………おい、勇者ァ……!」


 馬車の月13日。


 マズい。

 ギャンブルでボロ負けした。

 勝ったら返すつもりでパーティの共有財産から抜いた金が返せない。

 仕方なく自分の装備を売った。代わりに二束三文の安物になったが、なんとかなるはずだ。自分は強い。


「まだ悪事を重ねるというのか……!」


 馬車の月16日。


 金が無い。

 だから仲間を説得して、難関クエストを受けた。

 魔王軍の拠点を守る幹部の討伐だ。

 危険だが報酬はデカい。

 自分達なら達成できるはずだ。

 一発逆転、これで借金を返済できる。もう極貧生活とはおさらばだ!


「……こんな理由で砦を攻めたというのか……見損なったぞ、勇者ァ……ッ! おい、全軍に指令だ! 警戒レベルを引き上げろ! 勇者の性根を叩き直してやれっ!」







 一方その頃、勇者パーティ。

 教会で蘇生してもらった彼らは体の調子や荷物の確認をしていた。


「やっぱり幹部は強いな。もっとレベルあげないと駄目か」

「いや技は全部見たし次はいける」

「そうだな。対策さえちゃんとすれば……あ!」

「どうした?」


「やっと見つけた〈ひみつのにっき〉がない! これじゃ、あのおじさんから受けた依頼がクリア出来ねえ!」

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