真夜中のトイレクエスト

日乃本 出(ひのもと いずる)

真夜中のトイレクエスト


 ぼくは今、とてつもない大冒険へと、出発しようとしている。

 その大冒険とは――――ぼくが寝ているところから、トイレに行って戻ってくるという大冒険だ。

 もちろん、いつもぼくが寝ているぼくの部屋からトイレにいくなんてたいしたことじゃないけど、今日に限っては大冒険。


 なぜなら、今日はぼくが寝ているところが、田舎のおばあちゃんの部屋だからだ。

 おばあちゃんの家には、電気が少なくて、すごく暗いんだ。

 それに、ぼくが寝ている部屋は、なぜかおばあちゃんの家の中でも一番遠いところ。なんだか、ちょっといじわるをされてるような気がするよ。

 ぼくが住んでいる都会と違って、おばあちゃんの住んでいる田舎って、夜になると本当に真っ暗になっちゃうんだ。

 どのくらい真っ暗かというと、ぼくの手が、自分で見えないくらいの真っ暗さ。ほんのちょっと先さえも、まったく見えないんだ。


 そんな中、遠いトイレまでいくなんて、すごい大冒険でしょ?

 それに、おばあちゃんの家のトイレは、水洗式じゃなくて、なんでも『ぼっとん式』とかいうトイレ。

 気をつけないと、トイレの中に落ちちゃうんだ。うまくトイレにたどり着けたとしても、気を抜けないよ。

 おっと、このままじゃ、布団の中でおしっこを漏らしちゃう。おしっこを漏らしちゃったら、この大冒険――――トイレクエストは、ゲームオーバーだよ。早くトイレに行かなきゃ。


 ぼくは決意をし、布団からゆっくりと出て立ち上がった。

 うわぁ、もうすでにほとんど何も見えないや。

 この部屋の電燈は、ぼくが点けるのには電燈の場所が高すぎるので、点けられない。もう。スイッチ式にしてくれればいいのに。

 そんなことを言ってても仕方ないよね。さあ、廊下に出て、大冒険の始まりといこう。

 部屋の中からゆっくりと廊下を見回してみる。まあ、ほとんど何も見えないんだけど、何も見らずに進むよりかは安心だよね。実際に、お化けとか化け物がいたら、とんでもない危険だからさ。


 あ、今ぜったい、ぼくのことを臆病者だって思ったね?

 言っておくけどね、ぼくは臆病者なんかじゃないよ。どっちかというと、好奇心旺盛で不思議なものとかは大好きなほうさ。

 でもね、そんなぼくでも、ここの真っ暗さには、とてもじゃないけど歯が立たないよ。

 ほんっとうに、真っ暗なんだ。それもただの真っ暗さじゃなくて、なんだか、お化けや化け物がいてもおかしくないような、そんな、真っ暗さなんだ。それになんだか、空気も生温かくて、たまに吹く風が、まるでお化けのため息みたいに感じるんだ。


 ぼくは、大きく深呼吸をして、廊下への一歩を踏み出した。

 ぎし……ぎし……と響く僕の足音が、なんだかやけに大きく聞こえる。それに、僕の足音に合わせて、虫も鳴いてる。まるで、僕が出てきたぞって、お化けたちに教えているみたいだ。

 ええい、なにくそ! そんな虫たちの罠なんかに負けるもんか!

 ぼくはあえて大きな足音をたててやりながら、長い廊下を歩いていった。すると、虫たちも、ぼくの威勢にびっくりしたのか、鳴くのをやめちゃった。へんっ。どんなもんだい。


 長い廊下を越えると、最大の難関。お仏壇が置いてある、広い仏間が待っている。

 お仏壇って、昼間でもちょっと不気味なのに、それが真夜中ってなると、もう不気味を通り越して、いかにも何か出そうな怖い場所になっちゃうよ。


 ゆっくりと……ゆっくりと……。

 抜き足差し足忍び足で……。


 と、ここで突然、ぼぉぉ~~~~~んっ! という振り子時計の音が一つ。

 思わず飛びあがってしまうぼく。慌てて、パジャマの上から股に手を当ててみる。

 うん、大丈夫。まだ、ゲームオーバーなんかじゃないぞ。でも、ちょっとまずいかも。急がなきゃ。

 僕は、仏間に飾られたおばあちゃんの御先祖様たちの写真から降り注ぐ視線を感じつつも、僕に出来る精一杯のスピードで仏間の先にあるトイレへと歩いていった。


 命からがら仏間を抜けると、目の前にトイレのドアが近づいてきた。

 ああ、なんとか間に合った……。これで、僕のトイレクエストはクリアできたんだ……。

 そう思いながらドアへと近づき、ドアノブに手をかけた、その時だった。


 いきなり、ドアノブが勢いよくまわり、ドアが、ばんっ! とぼくにぶつかるような速さでひらかれたんだ。

 思わず、ぼくは声をあげて尻餅をついちゃった。だって、まさかドアがいきなり開くなんて、想像もしていなかったんだもの。それにこんな時間にトイレから出てくるなんて、やっぱり、お化けか化け物……。

 トイレの灯りが照らし出したのは、意外なものだった。


「あんれ? おめえ、こんな時間に何してっだ?」


 そう。トイレから出てきたものは、おばあちゃん。きょとんとした顔でぼくを見下ろしている。


「な、なにって、と、ととトイレに……」


 突然のことにびっくりしちゃって、声が震えちゃったよ。あ、ちょっとまって。なんだかお尻のところが温かくなってきた。ひょっとして……。


「あんれま。おめえ、漏らしちまってるでねえか!」


 というわけで、ぼくのトイレクエストは、おばあちゃんというラスボスによって失敗に終わっちゃったんだ。

 悔しいなぁ……。今度こそ、絶対にクリアしてみせるぞ……。と、その前に、ちょっと一言。


「ねえ、おばあちゃん。もうちょっとトイレのそばの部屋にぼくを寝かせてよ……」

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真夜中のトイレクエスト 日乃本 出(ひのもと いずる) @kitakusuo

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