司法制度改革〔あくまでこれはカウンセリングなので、悪しからず〕

須吼

Prologue

〔0〕 明日毛先を遊ばせば

「えー、続いて、貴方はカウンセラーになったら何をしたいですか?」

「『何を』とは、具体的にどう言うことですか」


視線を外すことなく、眉ひとつ動かさずに答える。


「えー、そうですね、貴方がやりたい事、何でも良いです。自分がカウンセラーとして働いていく上で、相談者の方とどういう風に関わっていきたいか、それによって自分はどんな人間になりたいか、そんなところを答えてください」


一呼吸置いた後、ゆっくりと口を開く。

「僕は、」


「誰かの脇役でありたい」

面接官の男が、不思議そうに鼻からずれたメガネを直す。


「脇役、と言うのは……」

「具体的に?」

「お願いします」


いつの間にか立場が逆転しているようにも見える。窓の奥に映る高層ビルが、少しくぐもってレンズに影を落とす。

ややくたびれた〈会議室B〉という札が、空いた窓から入ってきた風に揺り揺られ、世界に弄ばれているようにも感じられる。


しばらく揺さぶられていると、カタン、と言う小さな音を立てて床に転がった。

男がそれを拾い上げる。


「今日は風が強いですね」

「わざわざ有り難うございます、本題に戻りましょうか」


「あくまでこの場での会話の手綱を握っているのは自分」という、面接官の自己顕示欲が見え隠れする。

そうすることでしか自分の存在意義を確立する方法を持っていないのだとすれば、何とも哀れだった。


「具体的に、ですか」

「具体的に、お願いします」

「映画の脇役って、何の為に存在してるんだと思いますか」


思わぬ質問に、面接官の表情が困惑の色を浮かべる。それでも男は会話をやめようとはせず、むしろ、目の前にいる面接官のメガネの奥の表情などこれっぽっちも視野に入っていない様子で、話を続けた。

実に淡々と、冷静に、続けた。


「何だと、思います」

「そりゃあ、映画を引き立たせる役割じゃないんですか」

「七割正解ですね」

「じゃあ残りの三割は?」

「質問を変えます。映画の『演出』においての、脇役の存在意義は何だと思いますか」


再び面接官が訝しげな表情を浮かべる。己の腕時計を何度も見直し、時間を気にしている風を装い、唇を舐める。

上半身は余裕に満ちた表情で隠していても、膝は震えていた。


「主役を引き立てる役、とか。『脇』って言うだけあって、目とか、口とか、鼻とか、目立つ位置にあるパーツじゃないし」

「模範解答ですね」

「それじゃあ、正答は?」


「主役を、『整備されたレール』に導く役割です」


男は目線を一切そらすことなく、面接官の瞳を見つめているが、やはりその視線は面接官を見ているのではなく、どこか遥か遠い過去の世界を見ているかのようだった。

遠い目というよりも、目だけが別の美しい世界に取り込まれてしまったかのように、別空間に存在しているかのように、視線が何とも言えず、合わなかった。


「映画の大まかな流れとしては、主人公の日常が流れる、その日常が壊れるあるいは主人公が自分で壊す、そこからの再構築と結末までを描くのが大体の流れです。ホラー、ミステリーには該当しない作品ももちろんあるんですけど、恋愛映画、アクション映画、ヒーロー映画、大概の映画はこのパターンに該当します。言ってしまえば、車両が脱線したところを戻す流れを描いてるだけなんです。」

「はあ、そうなんですか」

「仮に主人公が脱線した車両だとすれば、脇役は駅員や職員や車掌です。たとえば、電車関係のニュースが流れるとします。世論やマスコミにとって一番番関心をそそられるのは『それが何と言う名前の車両なのか、いつ運転が復旧するのか、何故脱線したのか』、それだけです。駅員も、職員も、車掌も、人間がどうだなんてこと世論は全くもって興味ないんです。脇役よりも主人公が重要視されるのはそのためです」


句読点は多いが、話し方はややゆっくりだ。しかし、面接官は「着いて行くのがやっと」という顔をしている。

相手の顔色など気にも留めず、男は呼吸を整え、再びべらべらと口を動かし始めた。


「要するに、一番苦労して一番疲れるのは脇役なのに、それを理解してる人が意外と少ないってことです。まずはそれを理解しないと、人間の社会の仕組みなんてどうにもならないんです。それで、脇役が何たるかを理解した人間の努め、つまりいちばんやるべきことは、「脇役」になることなんです。はっきり言えば主人公なんて、己が何たるかを分かってなくてもなれるんです。でも、脇役っていうのは、何で自分が脇役でいなければならないのか、何で脇役が必要なのか、そう言う事をはっきり分かって自分のものにできてる人以外は無理なんです。一時はできたとしても、結局続かないんです」

「は、はあ」

「とどのつまり、僕はその仕組みを知って、理解して、尚且つ自分のものにできているので、よりこの社会を円滑に進めていく為協力したいと思っているので、脇役になりたいということです」


ここに来てようやく、男が指を一つ動かし、膝の上に乗せる。

面接官の男は、戸惑いの色をどうにも隠しきれていない。むしろ隠す気などさらさら無いのかもしれない。


「要約すると、誰かの役に立ちたいと言うことですか?」

「……そう言うことでも無いと思います」


はぁ、とため息が溢れる。


「取り敢えず、今日のところはお帰りください。採用不採用の通知は、後日メールの方にお送りしますので」

「分かりました。ありがとうございます、失礼します」


自分の置いてある状況を分かっているのかそうでないのか、部屋を立ち去る様子から読み取ることはできなかった。

ニヒルな表情を浮かべた顔には到底そぐわぬ、妙に小洒落たウルフカットを揺らしながら、男はやはり真顔で出て行った。


「……最近の若者がみんなああいうのだって言うんじゃないだろうな」


ペットボトルの緑茶を口に運びながら、面接官は半ば呆れながらひとりごつ。

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