第40夜
つむぐは意識が戻ると、そこには自分の部屋のベッドの上だった。
部屋には誰もおらず、まるで今までの出来事は夢だったのだろうかと錯覚する程に、普段通りの日常の時間がゆっくりと流れている。
つむぐは部屋なかを見回すと、体を起こした。
「いつっ、ううん」
起き上がると体には包帯が巻いてあり、何より右肩と背中の痛みがあれは現実なのだという感覚をつむぐに認識させる。
「コルト、カンリカ」
つむぐは声を上げて二人の名前を呼ぶが、当然のように誰もいない部屋に返事はない。つむぐはベッドから痛みも忘れて飛び起きると、そのまま居間へと降りていく。
「コルト、カンリカ」
そして居間の扉を開け放つと、つむぐは飛び込んだ。
しかしそこには二人の姿はなく、つむぐは静かなリビングのなかで独り立ち尽くす。
つむぐは茫然としながら、まさか二人はもう出て行ってしまったのではないかと、嫌な考えが頭のなかをよぎると、そこで膝をついた。
「まさか、そんな」
つむぐは茫然とするが、そこで玄関の扉の開く音が響いた。
「ただいま。しかし暑いね、つむぐくん蒸されてなければいいけど」
「馬鹿か、行きにエアコンをかけていっただろう」
「あっ、そうだっけ」
懐かしい、そんな感情を感じる程につむぐは二人の声を耳にすると、玄関へと足早に向かった。
「あっ」
つむぐが玄関へと顔を出すと、二人は同時声を上げた。
「つむぐくん、目が覚めだんだ」
カンリカは手に持っていた荷物を放り出すと、満面の笑みでつむぐへと近づき勢いよく抱き着いた。
「よかった。もう全然、目を覚まさないから本当に心配したよ」
「カンリカ、よかった無事だったのか」
つむぐは抱き着かれながら、カンリカの無事に安堵するとその後ろにコルトの姿を確認する。
「コルトもよかった、もう会えないんじゃないかって、本当に無事でよかった」
「私はつむぐの相棒だぞ、離れるなんてありえない。しかし、いい加減にその馬鹿からは離れたらどうだ」
コルトはつむぐの顔とその声を聴いて嬉しそうに微笑んだが、すぐさまに眉間に皺を寄せた。
「ああ、ごめんごめん」
カンリカはそう言ってつむぐから離れると、一歩後ろへと下がった。
「お二人共、先輩が回復したことを嬉しく思うのはいいですが、はしゃぎすぎです。先輩はまだ戦いの傷が癒えてはいません。もう少し静かにお願いします」
つむぐは少し驚いて声のする方へと顔を向けると、玄関の向こうに見知った顔をあることに改めて驚いた。
「桜ちゃん」
つむぐは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をすると、彼女の名前を呟いた。
ひとまず家へと入ると、三人はリビングの椅子に腰かけた。
桜はキッチンの冷蔵庫に買い出しの品を、仕舞っているようで、その姿は見えない。
「それで、いったい何がどうなってるんだ」
つむぐはキッチンにいる桜を気に掛けながら、小声で喋る。
「何がどうなってるって言われると、私の方も何がどうなってるんだろうっていう感じなんだよね」
カンリカは困った顔をすると、頬を掻いた。
「それは僕の方だよ。なあ、コルト」
つむぐは溜息をつくと、その視線をコルトへと向ける。
「私も詳しい事情は知らん。ただ、あいつが敵ではないらしい」
コルトは胸の前の腕組をすると、その返事もほとんど曖昧でわかりにくい言葉を返した。
つむぐは額に手を当てると、肩を落とした。
「そもそも、何で桜ちゃんがコルト達といっしょにいるんだよ」
「あれ、ああそっか。つむぐくんは覚えてないんだ。まあ、意識も朦朧としてたし」
カンリカは今気が付いたと言わんばかりの顔をすると、男とあった晩のことを簡単に説明し始める。
「つむぐくんが撃った弾が、外れたのは覚えてるとは思うけど、あの後が大変で、私あいつに殺される寸前までいったんだよ。ああもう死ぬんだなって思ったんだけど、そこで助けてくれたのが桜ちゃんだったの」
「はい?」
つむぐは目を点にすると、首を傾げた。
「待ったカンリカが殺されそうになるのは理解できたけど、何でそこで桜ちゃんが出てくるんだ。桜ちゃんは普通の子だぞ、どうやったらあいつから皆を助けられるんだよ」
つむぐはいまいち状況を飲み込むことができない為、カンリカが冗談を言っているようにしか思えないでいた。
「それは、私も魔法使いみたいなものだからですよ」
そうしていると横から桜がお茶を淹れたお盆を持って現れた。
「ああ、悪い……。じゃなくて、桜ちゃんが魔法使い」
つむぐは差し出されたお茶を呑気に受け取ると、そのままの姿勢で驚きの声を上げる。
「はい、まあ魔法使いっていうのとは少し違いますけど」
桜はコルトとカンリカにもお茶を手渡すと、持っていたお盆を胸の前で抱えた。
「私の一族は代々この土地の管理者なので、その関係でまあ、色々と」
「土地の管理者って、地主とか」
「アホか。土地の管理というのは、その土地の霊脈といった霊的なものが暴走などをしないように管理することだ」
つむぐの言葉にコルトが呆れながら簡単な説明をする。
「へえ、そりゃすごいな。でも待ってくれ、それって話してもいいことなのか。知り合って長いけど、僕は今まで知らなかったわけだし」
桜はつむぐの言葉に少し目を丸くすると、微笑した。
「大丈夫ですよ。むしろ助けに行けと行ったのは、兄さんです」
つむぐは桜の言葉に再び目を丸くすると、開いた口が塞がらないでいた。
「太一が、あいつもこのこと知ってるのか。いやいや、おかしいだろ、太一だぞ。だいたいあいつは家のことには関わってなかったじゃないか」
どこか掴みどころがなく、万年昼行燈のような奴が、まさかそんなことに首を突っ込んでいるわけがないとつむぐは普段の太一を思い浮かべながらそんなことを考えていた。
「はい、兄さんは家のことに関しては継ぐことはありません。それは代々長男の役割と決まっていますし、何より兄さんは、そんな面倒なことは頼まれてもやらんといつも言ってますから」
「そう、なんだ」
つむぐはぎこちない笑みを作ると、信じられないと言葉にすることを、何とか喉元で呑み込んだ。つむぐが知っているであろう限りでは、太一の家は神社であり、その親御さん達には大変お世話になり、その子供は太一や桜ちゃんと含め三人兄弟であること。それ以外と言えば太一に限っては昔話や言い伝えをよく知っているということぐらいで、どこにでもある幸せそうな家族だとつむぐは思っていた。
「まさか、そんな裏稼業をしてたなんて」
自分は始めからこういったことに関わる運命だったのだろうかと、つむぐは自然と溜息をついた。
「裏稼業というよりは、こっちが本業なんですけどね。それより私に言わせてもらえれば、先輩が魔法使いであることの方が驚きです」
「まあ、それを言われると何も言い返せないんだけどさ」
つむぐは困ったように頬を掻くと、ぎこちない笑みのままごまかした。
「とにかく、先輩は時計塔の職人、その残党に狙われています。ひとまず凌ぎはしましたけど、次がそうなるとは限りません」
桜は真面目な顔をすると、つむぐに喋りかけた。
「ああ、だろうな。こっちは未熟なうえに、チャンスは一度だ。分が悪いのは理解しているよ。それでも止めなきゃ、人が犠牲になる」
つむぐは顔をふせて目を細めると、拳を握りしめた。
「それは、先輩のせいじゃ」
桜は何か言いかけると、そこで言葉を詰まらせた。ただ悲しげな瞳で、つむぐを見つめている。
「それはそうと、コルト」
つむぐは息を吐き出すと、ふと思い出したようにコルトに喋りかけた。
「んっ、何だ」
コルトは口にアイスキャンディーを咥えたまま振り返ると、つむぐに合わせて体の向きを変えた。
「聞きたいことが、あるんだ」
つむぐは真面目な顔をすると、そうコルトに言葉をかける。
「聞きたいこと」
コルトは咥えていたアイスキャンディーを口先で折ると、ぽきりと音をたてて二つに割れた。
「ああ、教えてくれないか。世界時計のこと、時計塔の職人のこと、それとコルトの前の持ち主についてをだ」
「そうか……。わかった」
しばしの間を置いてコルトは静かに目を細めると、その目を真剣な眼差しにかえ、そう呟いた。
つむぐとコルトにやり取りに、カンリカと桜は席を外そうとしたが、つむぐあえて二人にも同席を願うと、コルトを前に三人は座った。
「され、何から話すべきかな。始めに言っておくが、おそらく聞いて気持ちのいい話ではないかもしれないぞ。それとつむぐには先に謝らなければならない」
コルトは頭を下げると「すまない」と、つむぐに謝った。
「何だよ、急に」
「いや、これからする話はいつかしなければならない話だった。しかし話す機会がわからなくてな、つむぐにこうして聞かれるまでどうしようかと考えていたぐらいだ。本来なら会って早々に、おまえに伝えるべきことだった」
「いいよ、気にするな。自分でやるって言って、そしてなった状況だ。別に話を聞いてコルトを恨んだりなんかしないよ」
つむぐは優しくそう言うと、頭を下げるコルトは顔を上げた。
「そうか、おまえは優しいな」
コルトはそれにどこか懐かしそうな顔すると、すぐに顔を戻した。
「すまない少々脱線したが、まずは世界時計とその職人の話から始めよう」
「まずは世界時計だが、それはこの星ができた時から、その時を刻んでいたこの星の番人だったと言われていた」
「星の番人」
つむぐはいきなりスケールの大きな話に、思わず口を挟んだ。
「ああ、私が知っている限りでは、世界時計は神がつくられる以前から存在していた」
「私も、その話は聞いたことがあります。星がつくられ、世界時計は時を刻み、やがて神がつくられた」
桜の言葉にコルトは「そうだ」と答えると、話を続けた。
「世界時計の本来の役割は、時を刻むだけのはずだった。見守り続けること、それが彼女の役割だった。永遠と、ただこの星が消えるまでの、その瞬間まで時を刻むことだけが」
コルトは寂しげな顔する。
「彼女」
つむぐはそう呟くと、ドクがあの方と言っていたことを思い出していた。その物言いから誰かに使えていたことはある程度予想はしていたが、何故コルトがそれに関係をしているのかつむぐは不思議に思った。
「だが、時が流れるにつげて、彼女には段々と自我が芽生え始めた。ちょうどその頃のはずだ、神と呼ばれる存在がつくられたのは。そしてそれからまもなく彼女には、彼女の手足となって働くもの達がつくられた。それがつむぐがあった、あの男だ」
「たしか、ドクって言ったか」
「ああ、時計塔の職人と呼ばれる彼奴らは七人。サナ、スイカ、ヨウコ、ヒスイ、コウコ、アマハ、そしてドクだ」
「あんなのが他に六人もいたのか」
つむぐは他の六人を思い浮かべてみたが、一人でも化物のようなものなのに、そんな奴が六人だなんて洒落にもならないと、表情を強張らせた。
「彼奴らは世界時計に忠誠を誓い、その存在は神を恐れさせていた。おそらく今魔法使いと呼ばれる者達が束になって戦ったところで、当時の彼奴らにはおそらく敵わないだろう」
コルトのその言葉につむぐは息を呑んだ。
「そして百年、千年、万年と長い年月を幾度も重ねた頃に、人間が誕生した。それはもちろん彼女も最初は喜んだらしい、新たな文明の始まりが訪れたんだ」
「それならどうして、こんな状況になってるの。その世界時計、彼女が人間の誕生を喜んでたんなら、あいつのあの言葉はおかしいでしょう」
カンリカはしばらく黙って話を聞いていたが、頭に浮かんだ疑問を口にした。おそらくカンリカは世界を壊さないといけないと、そう言った男の声を聴いていたのだろう。
「まあ、かもしれないな。しかし彼女にはその頃、もう自我呼べる彼女の意識そのものが既に出来上がっていた。まあ、試験管のなかで外の世界を眺めながら、時計塔の職人達によって育てられたものだったかもしれないがな」
「実は彼女には時を刻みという仕事の他に、もう一つ役割があった。それが文明を終わらせることだ」
「文明を終わらせること。それってどういう意味だ」
「文字通りの意味だろうな。一定の種族が、ある程度の文明を開化させた場合、彼女はそれを白紙に戻す。そしてまた新たな文明の誕生を待つ。その繰り返しだ、自分で見守ってきたものを、自らの手で破壊するんだ。皮肉なものだろうな」
コルトはつむぐから目を逸らせると、口を結ぶ。
「それはつむぐ、おまえ達の文明も同じだった。本来ならもうとっくに滅びているはずだったんだ。そして彼女もそれを望んだ。それは彼女が人間を愛していたからだ」
「いやっ、それはおかしいだろ」
つむぐはコルトの言葉に身を乗り出した。
「何で人間を愛していたなら、滅ぼそうとだなんてするんだ」
「それが彼女の教えられた愛し方だったからだ。時計塔の職人は、彼女をそういうふうに教育した。残忍や狂気といった言葉は、彼女にとっては普通なんだよ。それが当たり前で、異常なことが喜びだったんだ」
つむぐは信じられないといった顔をすると、そのまま唖然とする。
「ひどい話だね」
カンリカが悲しげに呟いた。
「そうだ、だが人間達もただでは終わろうとはしなかった。時計塔の職人達にとっては、それこそが予想外だった。それが今いる魔法使いと呼ばれる者達の出現だった。当時の彼らはあらゆる事象を起こした。予知と呼ばれるものも、そのなかの一つだ」
「そしてある時、クロウという男が世界が終ることを予知した。始めは誰も信じなかったらしい、まあ当たり前だ。文明を築き上げ、世界に干渉する力を手にしてた人間が、ある日突然に滅びるわけがないとな」
「当然かもしれまんせね。人は自分が考えもしないことは、信じようとはしませんから」
桜はコルトの話に同意すると、その表情を曇らせた。
「しかし、そのうち男の話を信じようと思う者達が現れた」
「よく信じたね。そのクロウって人、周りの人達にまるで相手にされてなかったわけでしょ」
カンリカは不思議そうに声を出した。
「そうだ。もちろん彼らもクロウのように予知を見たわけではない。彼らもクロウの話を全て信じてるわけではなかった。だが、彼らがそれでもクロウの話を信じようと思ったのは、滅ぼすであろう相手の存在に気が付き始めていた者達だった」
「それって、世界時計の存在にってこと」
カンリカは補足するように、口を挟んだ。
「いや、正確には神以外の存在がいるのではないだろかと考えた者達だ。その魔法使い達は世界の在り様、真理を探究しようとしていた。クロウの話に興味を持ったのは、あくまでその過程だ。そして来るかもしれない最後の日を阻止できるのであれば、それを阻止しようと考えた。その結果出来上がったのが、所謂つむぐのような魔法使いという一つの形だ」
「僕のような」
「つむぐの力も、今ある知識や術式は、その当時に考えられたものが元になっている。本来なら自身の研究結果については外部漏らすようなことをしないのが魔法使いの鉄則だった当時に、彼らは進んで教えを乞う者が現れたなら、それを教えていた。やがてそれらが徐々に広がり、様々は魔法使い達がそれを元に新たな術式を組む」
「そして、出来上がったのが、今の魔法使いの形っていうことか」
つむぐは納得したのか、頷いて見せる。
「じゃあ、僕のように向こう側の奴らを狩る以外の魔法使いっていうのもいるのか」
「ああ、たしかに魔法使いと名乗る連中の全員がそうではない。先程も言ったように、真理の探究をしようとする者や、なかには生命のその本質を探究しようとする者、様々だ」
つむぐは「なるほど」と呟いた。
コルトは軽く咳払いをすると、話を戻した。
「とにかくだ。彼らはそうしていつか来るであろう日に備え、知識と力を残した。今はもう存在してはいないが、その為に作った彼らの組織が後の時代においても活動をしていた」
「それって、灯台の管理人って名乗っていた連中のこと」
カンリカは心当たりがあるのか、そう呟いた。
「ああ、まあな。たった数十人規模の組織だったが」
コルトはそう言うと、寂しげに目を細める。
「話が長くなったが、そういったことが積み重なって、彼らはやがて世界時計の存在や時計塔の職人達の存在を知るに至ったわけだ」
コルトはそこで言葉を切って顔を俯かせると「そして、戦いが始まった」と呟いた。コルトは顔上げて、改めてつむぐに視線を合わせる。
「ここからが、私がつむぐと出会う前の話になる」
まるでそれは覚悟をしたような、何かを思いつめたような顔だった。
つむぐはコルトのその表情の意味を読み取れずに、困惑した顔をする。
「まずは、私自身の話を少ししておこう」
「私が目覚めた、創られたというべきかな。それが今から百年程前になる。目覚めた私に、あいつは自身の名を『ルーファス・コルト』と、ぶっきら棒に名乗ったのを今でも覚えているよ」
コルトは懐かしそうな顔をすると、笑みを浮かべた。
「口の悪い頑固爺でな、余計なことに首を突っ込んでは危険な目にあっていた。人に悪態をついては嫌われ、人間嫌いなのか人とあまり接しようとはしていなかった。それでも、時折見せる優しげな顔や、悪態をつきながらも人を助けようとするその姿は、私は好きだったよ」
コルトは付け足すように「ちなみに、私の名も彼の名をそのまま使わせて貰っている」と話した。
「当時の私は、まだこうして肉体を構成する程の力はなくてな。魔法使いとの意思疎通はできたものの、自身で動くことはできなかった」
コルトは手を握って開くと、指を動かした。
「あいつが死んだ後、私はあいつの遺言である組織に預けられた。それが灯台の管理人と呼ばれていた連中だった」
「それってさっきカンリカが言ってた」
つむぐはカンリカに視線を送ると、カンリカ軽く頷いて見せる。
「まあ、後で知ったことだが。私の存在という奴は特別らしくてな。あいつがどうやって私を創ったのか知らないが、私はあらゆる存在に干渉し、それらを破壊することのできる力が備わっているらしい。おまけにあいつは、そのことに関しての記録や記述を一切残さず。面倒臭いの一言で、全てを謎にしたまま勝手に墓の中まで持っていってしまった」
コルトは肩を落とすと「本当に、あの爺らしい」と呟いた。
「まあ、とにかく私はあいつが死んだ後は、灯台の管理人が管理をしていたわけだが、私を扱える魔法使いはなかなかいなくてな。少々力がある程度での魔法使いでは、私との契約には耐えられなかった。その結果、私はしばらくの間薄暗いどこかの場所で眠りにつくことになったわけだが」
つむぐはコルトのその言葉に、首を捻った。
「僕はコルトと契約をしてるぞ」
「何をまぬけな顔をしているんだ。言っておくがつむぐ、おまえの魔力はそこらへんの魔法使いの連中に比べられば強力と言ってもいいぐらいの力は持っているぞ」
「何、初耳だぞ」
つむぐは自分に対してまったく自信がなかったのか、大袈裟に驚くと顔をにやつかせた。
「そうか、僕はそれなりには強い力を持っているわけか」
「まあその分、脳みそが足りていないのではないかと思う時があるがな」
コルトは残念そうな顔をすると、溜息をついた。
つむぐはにやけた顔を赤らめると「余計なお世話だ」とコルトに言葉を返した。
「さて、ここからが本題になるが」
コルトは咳払いをすると、話を進めた。
「そんな私の永い眠りを覚ましたのが、夏樹だった。そう、つむぐの前任者だ」
コルトはつむぐに指を向けると、その瞳を見つめた。
「彼女も力の強い魔法使いだった。以前の頑固爺とは反対にうるさい奴だったよ。我が強くてな、良くも悪くも一人で突っ走ていたような奴だった」
「コルトの相棒って、そんな感じの人達だったんだ」
カンリカはつむぐを横目で見ると、何を考えているのか「なるほどね」と呟いた。
「力もそうだが、その腕も大した物でな。体術に銃の扱い、そして日々必要な知識を頭に叩き込んでいた。文字通り必死になってな、彼女がつむぐぐらいの歳にはもう一人前の魔法使いとなっていたよ」
「すごいな」
つむぐは素直に感心した顔をする。
「きっと血の滲むような努力をしたんですね」
桜は感心したというよりも、それがいかに過酷であったのかを想像していた。
「まあ、その過程で私も自分の肉体を構成できるようにもなった。彼女との時間は私をずいぶんと成長させてくれたよ」
コルトは懐かしむ顔から一転、その表情も曇らせると「時間はあまり長くはなかったがな」と呟いた。
「まあ、それから色々とあって、世界時計と戦い。彼女は、そこで命を落とした。そして今に至るわけだ」
コルトはそれこそ簡単に話すと、三人の顔を見回した。
「それでおしまい?」
カンリカはコルトの話に聞き返すと、訝しげな顔をする。
「ああ、これで終わりだ」
「いや、まだ聞きたいことが残ってる」
つむぐはまだ疑問に思っていることがある様子で、そうコルトに言葉を掛けた。
「肝心なところが抜けてる。色々あったその後に、何でコルトが僕のところに来たんだ」
つむぐは真剣な顔をすると、コルトの瞳をじっと見つめた。
「それは、だな……」
コルトは言葉を濁らせると、つむぐから視線を逸らせた。
「ずっと気になってたんだ。僕にコルトを渡したあの人は、あの人が言っていたって言ったんだ。それってつまり、少なくともコルトを僕に託した本人は僕のことを知っているってことなんだろ」
コルトは口を結ぶと、つむぐのじっと見つめる瞳を見つめ返した。
「それは、つむぐが忘れているだけだ」
そして静かにそう口にした。
「忘れているだけって、どういうことだ」
「すまんが、これ以上は言えない。そのことについては、そう約束したんだ。このことについて知りたいのなら、それはつむぐが思い出すしかない」
「何だよ、それって」
つむぐは思わず、声を荒げるがカンリカがそれを制した。
「待った、つむぐくん。コルトがそう言うんなら、きっとそうなんだよ。うまく言えないんだけど、少なくともコルトはつむぐくんに嘘はつかない。コルトが約束したっていうんなら、それって多分大事なことなんじゃないかな」
カンリカは自分の言いたいことをうまく言葉にできないのか、少し困った顔をしながらつむぐに思ったことを話す。
「それは、そうかもしれないけど」
つむぐもカンリカの言いたいことを、何となくだが理解はしていた。しかしそれでも妙に納得のできない気持ちが強く、声を荒げることはないにしろ、その表情を曇らせる。
「とりあえず、一旦落ち着きませんか。だいたいの事情は把握できましたし、とりあえずお茶でも飲みませんか」
一瞬静寂したような空間に、桜はつむぐにそう言うと、その顔を覗き込んだ。
「ねえ、先輩」
「ああ……」
つむぐは覗き込んだ桜の言葉に頷く。
「悪かったよ、怒鳴ったりして。カンリカも、ごめん」
「謝ることなんてないよ」
カンリカは両手を顔の前で振りながらそう言うと、優しく笑みを返す。
「私も、本当にすまない、すまない」
コルトはそう言って黙って頭を下げる。
「いや、いいさ。思い出せって言うんなら、きっと大事なことなんだろ」
つむぐはそう言って、目を細めると静かに閉じる。何か言葉を続けようとはしたが、つむぐはその言葉を黙って飲み込んだ――。
人の活気というものは、天気にも影響を及ぼすのだろうか。
つむぐは部屋の窓から曇天の空を眺めながら、ふと思っていた。
どういうわけか、物事は改善するよりも、悪くなる方が比較的早いらしく。それは時間が経つにつれて、まるで病魔のように何かを蝕んでいくというのだからたちが悪い。特効薬があるのなら問題ないが、それを作るまでに更に時間がかかるのだから、これはもう致命的と言っても過言ではない。そして物事は、突然悪化する場合もあるのだ。
薄暗い夕暮れ、桜は玄関先の呼鈴を鳴らすと、どこか陰った表情を浮かべながらその扉が開くのを待っていた。
つむぐは突然の訪問者に、足早に玄関先へと向かうと、扉を開けた。
「桜ちゃん、どうしたの」
「すみません、失礼かとは思いましたが、火急だったもので」
「別にそんなことはいいけど、何かあったのか」
つむぐは火急と冷静に話す桜に困惑した顔をするが、すぐに桜を居間へと通すと、手早くコーヒーを淹れて桜に手渡した。
「ありがとうございます」
桜は手渡されたコーヒーを一口飲むと、静かにカップを机に置いた。
「いや、気にするな。それよりも……」
「はい、お話があります」
桜はそう言うと、徐に喋り出した。
「今回の件に関して、私の方でも調べてみた結果なんですが。もしかしたらとんでもない事態になる可能性が出てきました」
「とんでもないこと」
「そうです。まさかとは考えたんですけど、あのドクという時計塔の職人は、この土地の門を開こうとしているかもしれないんです」
「この土地の門って、それって鍵祭りの由来みたいな」
つむぐは太一に聞かされた鍵祭りの話を思い出しながら喋った。
「間違ってはいません。そもそもこの土地、澄ヶ沼という場所自体が少々特殊な環境にあるんです。私達の住むこの星には霊脈と呼ばれる、簡単に言ってしまうと、星の持つ膨大なエネルギーのようなものが地の底で、脈打つように流れているんです」
「人間でいうと、体のなかの血管を通して血が流れているようなものか」
つむぐは桜の言葉に確かめる様子で、改めて確認した。
「はい。そしてここは、その霊脈が重なり合っている場所なんです。霊脈はそれ自体が強い力にもなるので、それが複数重なり合った状態となると」
「力が強い分、そこが不安定な状態になってしまうってことか」
つむぐは桜に言葉に続けるように話す。
「そうですね。まあ、そんなところです」
「でも、そんな危険な土地にしては、今まで特に危険だって感じることはなかったけどな」
「それは私達、土地を管理しているからです。集中する力が土地や人に悪影響を与えないようにしたり、力が暴走しないようにしたり調整をしてましたから」
「ああ、そうなのか」
つむぐはだいたいを理解すると、桜に頷いて見せた。
「今問題なのは、ドクという男が、その力を利用しようとしているということです」
「具体的には、いったいあいつは何をしようとしているんだ。さっき門を開くって言ってたけど、どういうことなんだ」
つむぐの言葉に桜は改めて姿勢を正した。
「先程もお話したように、この土地には霊脈が集中しています。そういった場所を坩堝と言うんですが、そこでは力が集中してしまう為、土地の磁場が乱れてしまう場合があるんです」
「磁場が乱れると、何か問題でもあるのか」
「全ての坩堝がそうとは言えませんが、あまりに乱れがひどいと空間そのものに干渉してしまうことがあるんです」
「空間、空間か」
つむぐは話の内容に考えが追い付かず、桜の空間に干渉するという言葉に首を傾げた。
「こやつが言っている空間とは、つむぐ達が住んでいる世界のことだ。前にも話したと思うが、この世界には丸々一つの世界が存在しているわけではない。向こう側の世界もそうだが、人間の見ている世界とは別に、薄皮一枚隔てたその壁の先に、別の世界も同時に存在している」
いつから居たのか、窓際で黙って話を聞いていたコルトが、補足をするように言葉を挟んだ。
「つまり、玉葱みたいなもんか。ほら、一枚一枚別の皮が重なってるだろ、つまりその皮の部分が別の空間の世界で、それが重なり合って一つの形を作ってるみたいな」
つむぐはなんとか話の内容を理解すると、たどたどしく言葉にした。
「そうですね、さすが先輩です。それでも問題はありません」
桜はそれに笑顔で答えるが、その横でコルトは不安気な顔をする。
「それでですね。本来ならその世界と世界には繋がりないので、行き来をすることはおろか、その存在を視認することはできません。ですが、稀に様々な状況や偶然によって、世界と世界が繋がってしまうことが起きる場合があるんです」
つむぐはそれに「そうなのか」と答えると、また首を傾ける。
「ええっとですね。よく砂漠や海であるはずのない島や町が見えたりとか、目の前で人が突然姿を消したりとか、そういった現象ってありますよね。ほら神隠しとか、起こったことの全てがそうとは断定できませんが、そのなかの一部は空間が歪んだ結果、世界に亀裂が入ってしまったことにより起きた現象なんです」
「つまり、怪奇現象って呼ばれるものの一部は空間が歪んでしまった結果に、あるはずのない物が見えたり、人が消えたりしてしまったってことでいいのか」
「はい、そうです。ですが、それはあくまで一瞬のことで、例え一時的に世界に亀裂が入ってしまったとしても、すぐにそれは閉じてしまいます」
つむぐは桜に「じゃあ、問題ないわけだ」と言うと、顎に手を当てた。
「ちなみに、その亀裂って意図的に開けることは可能なのか」
桜はつむぐの言葉に、間を置いて答えた。
「結論を言えば、可能です。ですがそれができないよう、幾層もの結界によって封印されています。並みの者には結界を解くことはできませんし、他にも私達の管理者の目があるのでそう簡単にはいきません」
「でも、今回は違ったってことか」
つむぐの言葉に桜は表情を曇らせる。
「はい、先輩の仰る通りです。あのドクという男は、どういうわけか、この町全体にはられているはずの結界を……」
「まさか、その結界っていうのが、ない状態なのか」
つむぐは思わず腰かけた椅子から立ち上がると、不安気な顔をする。
「いえ、まだ全てが消えたわけではありません。町全体に張られた術式を解除するには、全部で十二か所にある支柱を破壊する必要がありますから」
「でもその支柱ってやつが、全部破壊されるとまずいわけだろ」
「ええ、まあそういうことになります」
つむぐは溜息を深くつくと、椅子に崩れたように座りなおした。
「ちなみに、その支柱って、後どのくらい残っている状態なんだ」
「残りの支柱は、二本です」
つむぐの言葉に若干の間を置いて、桜は俯かせて答えた。
つむぐは唖然とした顔をすると、慌てた様子で桜に詰め寄った。
「二本って、それって大丈夫なのか」
「こちら側の落ち度でした。まさかあのドクという男が、支柱の場所を把握しているとは思いもよりませんでした。普通なら感知はできないはずなんですが、それに……」
桜は顎に手を当てると、俯いた。
「そんなことよりも、後の二本っていうのは大丈夫なのか」
「少なくとも、残りの二本の内、一本は鉄壁ともいえる程の守りのなかにあるので、そう易々とは支柱を破壊されることはありません。もう一方についても、厳重な警戒をしているので何かあればすぐに連絡がくるはずです」
「場所は、どこにあるんだ」
「すみません、先輩。支柱の場所については教えることはできないんです。先輩達のお気持ちもわかりますが、ここは私達のことを信用して頂きたいんです」
桜のその言葉に、窓際に立つコルトは睨みつけるように目を細めた。
「つまり、余計なことはせずに、静かにじっとしていろということか」
桜はコルトの視線に一瞬目を逸らせたが、すぐにコルトへと視線を返す。
「そうです」
コルトはその返事を聞くと、何か言い返そうとしているつむぐを制止した。
「そうか、わかった。好きにしろ」
まるで関係がないかのように冷たく話すと、コルトは視線を外した。
桜は、つむぐにお辞儀をすると、そのまま何も言わずにつむぐの家を後にした。
まるで途中から、置いてけぼりにされたような気分になったつむぐは、桜が家を出た後にすぐにコルトに食って掛かった。
「協力することもできたんじゃないのか」
「奴にも土地の管理者としての誇りもある。助力をすると言っても、はいそうですかと、そう簡単には受け入れることはできんだろうに」
「だからって、何もしないわけにはいかないだろ」
つむぐは声を少し荒げると、コルトはそれを愉快そうに見つめ返した。
「おまえは、本当に鈍いな」
「笑っている場合かよ」
「いや、好きにしろと言った以上、こちらも好きにすればいいんだよ」
「いや、それっていいのか」
つむぐはどこか納得のいかない顔をする。
「いいんだよ。でなければ、奴がここへ来た理由がなくなってしまうぞ」
つむぐはコルトのその言葉に、少し間を開けると、納得したかのように頷いた。
「ああ、そういうことか」
コルトはそんなつむぐの姿を見ながら可笑しげに笑うと、その視線を窓の外に移した。
「さあ、あまり時間はないぞ」
「ああ、やるか」
つむぐはコルトの言葉に力強く答えた。
それに、前触れはなかった。
仮に例えるのならば、ことが起こる前に桜がつむぐの家へと訪れのが、もしかしたらそうだったのかもしれない。
桜が訪れたその晩、町は黒煙に包まれた。
人々は寝静まり、動物の鳴き声さえ響くことのない、奇妙な夜の静寂に唐突に響いた爆音と地響きはつむぐ達の思考を一瞬停止させた。
「何だ?」
これから夜の町に出ようかと、支度をしていた矢先につむぐは、あまりの音に動きを止めた。
しかしすぐに思考を取り戻すと、つむぐは急いで窓へと向かった。そこにはコルトが驚いた様子で窓の外を見つめていた。
「何だよ、これ」
つむぐもコルトと同様に窓の外見て、絶句した。
何故ならそこには、赤く染まった夜の空があったからだ。まるで燃えるように真っ赤に染まった夜空は、本来あるはずの闇を照らし出すと、町の全体をぼんやりと浮彫にしていた。しかしそれは文字通りであり、赤く染まる夜空の中心には地上から火柱が上がり、その周囲を黒煙が渦巻いてる。
「火事なのか」
つむぐはその光景から真っ先にその言葉が浮かんだが、すぐにそれを否定した。それはその中心に立つ火柱が、今までに見たことのない光景だったからだ。
それはまるで一本のとてつもない大きな柱のようで、それがそのまま空に突き刺さっているかのような、異様で不吉な圧迫感を感じさせていた。
「まさか、封印が解けたのか」
つむぐは目の前の光景を見つめながら、その言葉が自然と口から出ていた。
「いや、結界が解けたのなら、向こう側への門が開く。見たところ、おそらく結界を支えている支柱の一本が破壊されたのだろうな」
「とにかく行ってみよう。あの場所に行けば、何かわるだろ」
つむぐの言葉にコルトが頷くと、つむぐはそのまま魔法使いへと姿を変えると、夜の町を屋根から屋根へと飛び移っていく。
しかし、やがて火柱の上がる場所まで目と鼻の先という所で、それは徐々に細くなっていく。やがてまるでガラスを割ったかのように亀裂が生じ、火柱は粉々に砕け散ると、町に再び闇が戻る。
「くそ、目と鼻の先だっていうのに」
つむぐは急に暗くなった視界に目を凝らす。やがて暗闇に目が馴染むと「あそこだな」と呟いて一際大きく跳躍をする。
そして、そのまま地面へと着地しすぐに辺りを見回すと、つむぐは再び絶句した。
何もない、おそらくはそれが一番先に誰もが思う言葉だろう。火柱の上がっていたであろうそこには、辺り一面が焼かれ、その全てが薙ぎ払われた空間が存在していた。まだ周囲には煙がかすかに立ち上り、熱した地面からは何かが焼け焦げた匂いが漂い、吸い込む空気はただ熱くまるで肺を焼かれているよだった。
つむぐは自身が自然と歯を食いしばり、その握った手に爪が食い込んだことに気が付いたのはしばらくしてからだった。
ただ微動だにせず、握りしめた手から血の滴が落ちたところで、つむぐは膝をつく。
「なんで……」
つむぐはそう言うと、そのままその両手を地面へと振り下ろした。乾いた地面の音だけが虚しく鳴り、ついた膝と振り下ろした拳をまだ熱の残る地面がじりじりと焼いていく。
「なんで、あんまりだ」
どうしようもない感情に涙さえ出ない。つむぐの自身の記憶が正しければ、ここには民家があったはずなのだ。悲鳴もない、何かがあった形跡も、人の痕跡さえも。まるでそれが始めたからなかったかのように、意味などなかったように、全てが消えてなくなっていた。誰かの悲鳴があれば救おうとしただろう、何かがあったその面影があれば悲しみもしただろう。だがつむぐの瞳に映る目の前の光景は、何もなく、どうしようもない程に手の施しようがないのだ。
しかしそんななか、つむぐの耳に声が響いた。
「先輩ですか」
かすかな声だった。それでもはっきりと、その聞き覚えのある声につむぐは立ち上がると、周囲を見渡した。
「先輩……」
つむぐは声のする方へと走ると、その先に倒れている一人の人影を見つけた。
「桜ちゃん」
つむぐは倒れている桜に駆け寄ると、そのまま抱きかかえた。
「おい、大丈夫か」
「ああ、やっぱり先輩でしたね。声が聞こえました」
桜は微笑んで見せるが、体の力は抜け、その手が地面へとだらりと垂れている。
「ああ、僕だよ。待ってろ、すぐに病院に運んでやるから」
つむぐは桜を抱きかかえたまま立ち上がると、そのまま病院へと向けて走り出した。不思議なことに、これほどのことが起きたというのに、人はおろか、救急車や消防車のサイレンの音さえ聞こえていない。
つむぐは疑問には思ったが、腕の中にいる桜を逸早く病院へ運ぶことを優先すると、その考えを頭から振り払った。
病院へと辿り着くには、そう時間はかからなかった。その間、腕のなかにいる桜は息はしているようではあったが、意識は朦朧としており薄く開けた目をつむぐへと向けていた。
「着いたぞ、待ってろよ」
つむぐはそのまま病院のなかへと入ると、受付の目の前のソファーに桜を寝かせた。
魔法使いであるつむぐの姿は、今は誰も気づくことはない。つむぐは、誰もいない受付の呼び出しボタンを乱暴叩くと、それに気が付いた職員が受付へとやって来た。
職員は少し不思議そうな顔をした後、ソファーに横たわる桜を見るや、慌てた様子で奥へと一旦戻って行く。
つむぐはそれを見て安心すると、桜の元へと近づいた。
「もう大丈夫だ、今医者が来るはずだ」
「すみません、先輩」
桜は弱々しくつむぐの声に答えると、震える手をゆっくりと差し出した。
つむぐは差し出されたその手を反射的に握ると、桜が何かを伝えようと口を動かしていることに気が付いた。
「先輩、気を付けてください。おかしいとは思っていたんです、ごめんなさい」
そうまるで囁く程にかすかな声で、桜はそう言うと「お願い、助けて、さい」とその途切れ途切れの言葉を最後に、意識を落とした。
つむぐは、意識を失った桜に再び声をかけようとしたが、後ろから廊下を足早に近づく音を聞くと「後は任せろ」と意識を失った桜に一言声を掛けるとその場を後にした。
つむぐが家に戻る頃には、町中もずいぶんと騒がしいことになっていた。先程までは聞こえてはいなかった緊急者車両のけたたましいサイレンの音が町中に響くと、家屋の所々ではその窓に明かりが灯る所も見える。
「大丈夫か」
しばらくしてコルトは、つむぐへと声を掛けた。
「ああ、僕はな。でも最悪だ」
つむぐはそのまま黙り込むと、無言のまま乱暴に玄関の扉を開けた。
そしてなかへと入ると、廊下側から居間の明かりが扉のガラス越しに点いていることに気が付くとつむぐは不信感を抱いた。記憶が正しければ、家を出た時には自身の部屋以外の明かりは落ちていたからだ。
「誰かいるのか」
つむぐは居間の扉を勢いよく開け放つと、なかへと踏み入った。
「よかった、心配したよ」
「カンリカ」
すると二人の姿を見るや、安堵した様子で声を出すカンリカの姿を確認すると、つむぐは緊張を解いた。
「だっていきなり、妙な爆音はするし、変な火柱が上がっているし。すぐに何かあったんだってわかったよ。それでそこまで行ったんだけど、つむぐくん達の姿は見えないし、人がようやく気が付いて騒ぎになってくるしで、ひとまずここに来たんだよ」
カンリカは早口でまくしたてると、その顔がとても嬉しそうに綻ぶ。
「でも本当によかった。一時は、まさか二人ともあの場所で何かに巻き込まれたんじゃないかって、本当に心配だったんだから」
「ああ、うん、ありがとう」
つむぐはかすかに涙目で話すカンリカの肩を照れた様子で、優しく叩く。
「カンリカも何もなくよかったよ。でも事態は深刻だ、早く何とかしないとまずいことになる」
「まずいことって、これ以上のことが、まだ何か起こるっていうの」
カンリカは表情を強張らせると、ぎこちない笑みを浮かべた。
「ああ、桜ちゃんの推測が正しければ、向こう側とこちら側を繋ぐ門が開くそうだ」
カンリカはその言葉に瞬間呆けたような顔をすると、驚いて声を上げた。
「ええ、何でそんなことになってるの」
「まあ、そういう反応になるよな。僕も聞いた時は、結構驚いた。おまけに桜ちゃんからするに、もうその門が開くまでには時間がないかもしれない。おそらくだけど、今夜起きたこともそれに関係しているはずだ」
「あはは、何か話が大きすぎて、頭がついていかないよ」
カンリカは苦笑いをすると、溜息をついた。
「それで、その桜ちゃんはどこにいるの。彼女ならもっと今回のことに関しても、詳しいことがわかるんじゃないの」
「ああ、桜ちゃんは」
つむぐはその表情を曇らせる。
「奴なら、今頃は医者に治療を施されているはずだ」
そこにコルトは姿を現すと、つむぐの言葉に割り込んだ。
「医者って、あの子大丈夫なの。何でそんなことになってるの」
カンリカは再度驚くと、不安気な顔をする。
「大丈夫、僕が病院まで運んだ時には、朦朧としていたけど、まだ意識はあったし。すぐに医者が診てくれたはずだから、きっと大丈夫だ」
その言葉にカンリカは頷くが、しかし不安が取り除けたわけではない。
「それで、つむぐくんはどうするつもりなの」
「どうするも、こうするも、その開きかけている門を閉じるしかないだろ」
「いや、それはわかってるんだけど。具体的にはどうするの」
カンリカは至極当然な疑問をつむぐに投げかけるが、その方法についてはつむぐ自身もどうすべきかと考えがついていない。
「少なくとも、残りの結界を支えている支柱の一本を死守しないといけない。でも問題は、その場所なんだ。桜ちゃんからは、それについての詳しい場所は聞けなかったんだ」
つむぐは拳を握りしめると、顔を俯かせた。
「えっ、結界って。この町に全体に張ってあるすごく大きな式のことだよね」
カンリカは、つむぐの言葉に少し間を置いて、さも当然のような口調で不思議そうに話した。
「すごく大きなって、カンリカもしかしてわかるのか」
つむぐは驚いた様子で、カンリカに詰め寄ると、その肩を掴んだ。
「ええ、ああ、うん……」
カンリカもつむぐの行動に驚いて目を丸くすると、小刻みに瞬きをしながら返事をした。
「おい、少し落ち着け」
そんなつむぐの行動にコルトは、口を挟むと横目でつむぐを睨み付けた。
「ああ、悪い。でも、何でわかるんだ」
つむぐはすぐにカンリカの肩から手を放すと、その場から一歩下がる。
「いやほら、前に言ったと思うけど、私って目はいいから。まあ、何かを感知するとか、感じるとかいった類は皆無だけど。でも実際に目の前にあるものは、大概のものは見ることができるんだよね」
「いや、目がいいってことは聞いてたけど、そこまでとは知らなかったよ」
つむぐは知らなかったのかとでも言いたそうな、カンリカの顔を見ながら苦笑いを浮かべた。
「でも見えるってことは、この町のどこに支柱があるのかもわかるのか」
「それは、そうだね。まあ、実際私も見えるってだけで、つむぐくんに聞かされるまで何で結界張ってあるのかとか考えもしなかったんだけど」
「それでは、ほとんど宝の持ち腐れではないか」
コルトは呆れるような顔で皮肉を言うと、溜息をついた。
「それで、残りの一本はどこにあるんだ?」
「ああ、それなら、この町の少し端にあるところだよ。ほら小高い丘にある、ちょっと小汚いやたら大きな神社があったはずなんだけど」
つむぐはカンリカの言葉に目を見開くと驚いて見せた。
「えっ、嘘だろ。そこって太一のとこだぞ」
「まあ、おかしくはないだろうな。土地の管理を行っているというのならば、霊脈の中心に社を置くのは決してない話ではない」
コルトはつむぐとは打って変わって冷静に話すと、つむぐを小突いた。
「それで、つむぐはどうするのだ」
「ああ、そりゃ行くさ。当たり前だろ」
つむぐはコルトにそう力強く返すと、そのまま足早に歩きだす。
「今から行く気か」
「ああ、もちろんだ」
「ああ、ちょっと待って、私も行くって」
つむぐとその後を黙って続くコルトの二人に、カンリカは叫ぶと二人を追いかけた。
淵ノ辺神社への距離はそう長くはない。
しかし神社を中心とした辺り一帯は、近づくにつれてまるで闇が濃くなるように暗く、そして人気や物音され聞こえなくなっていた。
つむぐ達は屋根から屋根へと飛び移りながら神社を一直線に目指していたが、頬に当たる風は生暖かく湿気を含み、まるで意思を持って邪魔をするように体にまとわりついてかのようだった。眼下に広がるあるはずの民家や街灯の明かりはもう既に消え失せ、自身がどこにいるのかを危うくさせる。静寂な夜の海を羅針盤もなく、ただ船を突き進めているかのような、行き先のわからない不安をつむぐは重苦しい程の圧迫感とともに感じていた。
やがて神社の鳥居の前をへと辿り着くと、つむぐは緊張した顔のままに、不思議そうに声を上げた。
「何だ、おかしいな。見たところは、特になにもなさそうだけど」
つむぐは暗闇に目を凝らして、その奥を見つめるが、階段の先にかすかに見える境内の様子は特別に変わったところは感じられなかった。
「それは違うよ。多分、ここがギリギリの所なんだよ」
カンリカは鳥居の奥にではなく、鳥居の前にその視線を送ると、その目を細めて静かに凝視した。
「この先が、多分もう違う所になってるんだよ。今見てるのは、多分別物だね」
「別物って、じゃあ、本当の淵ノ辺神社はどこにあるんだよ」
つむぐは声を焦る気持ちから声を荒げそうになったが、必死に心を落ち着けた。
「んっ、それはこの奥だよ。今目の前に映っている光景って、何て言ったらいいのかな、本来あるだろうっていう光景をただ映してるだけなんだよ。ほら映写機で、スクリーンに映像を映しているような感じだよ。でも映っているってだけで、別にそこに本物があるわけじゃないでしょ。本物は映っている最中も別の所にちゃんとあるわけで……」
「つまり、今目の前に見えてる神社全体の光景はスクリーンに映っている映像ってことか」
つむぐの言葉に、カンリカは「そうそう」と頷いて見せた。
「じゃあ、この鳥居の先に行ってみないと、何が起こっているかわからないわけだ」
つむぐはそう言うと、その足を鳥居の奥へと進めようとする。
「ああ、そこは駄目だって」
つむぐの行動にカンリカは焦った様子で、そう言うが、その時はもう遅かった。
つむぐは鳥居へと近づいて、そのまま潜り抜けようとするが、そこで何か見えないものに阻まれると勢いよく後方へと弾き飛ばされた。
「いてて、何だ」
つむぐは尻餅をつくと、怪訝な目付きで鳥居を見上げた。
「そりゃ、そうだよ。この結界は単にこの場に景色を映してるわけじゃなくて、その先に入れないように壁を作ってもいるんだから。ちなみにこの神社を中心に人近づかないっていうよりは、無感心になるようにする術がかけてあるから、ここに来る人なんていないんだろうけど。一応念の為にってところなのかな」
カンリカはそれに「さっき火柱があがった時も、これと同じような術が仕掛けてあったよ」と付け加えた。
「おい、じゃあどうやって入るんだよ。時間がないんだぞ」
『ならば他を探せばいいだろうに、それは可能か』
つむぐの焦る声に、コルトは割って入るとカンリカへと声を掛けた。
「ああ、それなら。この術に関してなら、多分大丈夫だと思う。この手のものって、大抵は裏口みたいなものがあるから、探せば見付かるかも」
「裏口って、そんなのがあるのか」
「裏口っていうのとは少し違うんだけど、何て言ったらいいのかな。そう、要はこの神社の関係者専用の入り口みたいなものかな。いくら入れないっていっても、本当の緊急時になかに入る必要があるのに入れないじゃ、それって意味がないでしょ」
つむぐは曖昧ではあるものの、カンリカの言った意味を多少理解すると、頷いて見せる。
「それじゃ、探すとしますか」
カンリカはそう言うと、目を凝らしながらつむぐ達では見ることのできない術の壁を慎重に確かめていく。やがて周囲を回るようにして、その姿が消えると、しばらくしてカンリカが小走りをして戻って来た。
「見つけたよ。うまい具合に隠してあるけど、多分あそこからなら入れるかも」
「ずいぶん簡単に見つかるんだな」
「そりゃ、これぐらいしか取り柄がないからね」
つむぐは感心すると、小走りに走るカンリカの後に続いた。
そして鳥居から少し離れた木々が鬱蒼と生い茂る、おおよそ道と呼べるべきものさえ見当たらない所へと来ると、カンリカはそのまま走っている勢いのまま飛び込んだ。するとカンリカの姿はまるで手品のように一瞬で消えるが、つむぐはその足を止めることはなく自身もそこへと飛び込んだ。瞬間的に体が分厚い粘土気質のようなものにぶつかった感触があったが、つむぐが不思議に思った頃には、もう何の感触もなく地面へと足を踏み込んでいた。つむぐが目の前を見ると、姿の消えたカンリカが振り返っている。
「大丈夫」
「ああ、問題ない」
カンリカの声につむぐは短く答えると、その視線を傾斜のかかった木々の先へと向ける。その先には、おそらく神社の境内がある。
「嘘だろ」
つむぐはそう呟くと目を見開いた。
視線の先に赤く揺らめきながら、赤い炎の先端がつむぐの目に映っていた。よく見渡せば、周囲にはかすかに煙が立ち込め、木々の焼け焦げる異臭が漂っている。遠くの方では、木材が焼かれ乾いて弾ける音が小刻みに鳴っている。
「今さっきまでは、何ともなかったのに」
「それは違うよ。何ともなかったかのように、そう思えただけ。実際には目の前で火が上がっているけれど、それが異常だとは感じないんだよ」
カンリカそう言って口元を手で覆うと、周囲を見渡した。
「とにかく、ここにいても何だし。上に行くしかないんじゃないかな」
つむぐはしばし茫然としていたが、気を取り直すように首を左右に振ると、カンリカに頷いて見せた。
つむぐ達は周囲に漂う煙を吸い込み過ぎないよう注意して歩くと、辺りを警戒しながら慎重に、しかしできる限り足早に足を進めた。
やがて社が視認できるまでに近づくと、つむぐ達はその脇へとしゃがみ込み、一旦境内やその周辺を見渡した。
火の熱気が遠くの景色を歪ませてはいるが、人影は見当たらない。しかしながら社を中心としてその火は広がっており、時間が経てばたつ程にその炎は周囲を焼き焦がしていくことはつむぐにでもわかる程だった。
「桜ちゃんは病院にいるとしても、太一や親父さん達はどこにいるんだ」
「人影は見当たらないし。うまく逃げたんじゃないかな」
つむぐはカンリカの言葉に少し間を置くと、首を横に振った。
「いや、土地の管理者は桜ちゃんだけじゃないだろ。少なくとも太一や親父さん達は、それに関係しているはずだ。それにこんなことになってるっていうのに、早々と逃げ出すような人達じゃない、何とかしても火を消し止めようとするはずだ」
つむぐは脳裏に嫌な考えが浮かぶと、それを振り払った。
「ここにいなってことは、多分それ以上に重要なことが起きてるってことだろ。いるとしたら一か所しかない」
「支柱を守ってる」
つむぐはカンリカに頷いた。
「場所はわかるか」
「あの社のなかだよ。でもどうする、今はもう火の海だよ」
カンリカの言う通り、社はその形を保ってはいるものの、柱や壁には火が燃え広がり開いた入り口からは、容赦なく火が噴きだしている。入れば間違いなく火だるまになるか、よくて大やけどをおう結果になることは誰が見ても明らかだろう。
「ごめん、私はこの先に行けない。私とっては火そのものが天敵みたいなものだから、少なくともあの状況下だと、多分数秒ともたない」
カンリカは申し訳なさそうにしながら、何とか別の方法がないか必死で考えている。
「少なくとも、防護服を着てるならともかく、普通の人間でもあのなかは無理だ」
『防護服はともかくとして、おまえは私を纏っていることを忘れていないか』
ふと、コルトが不満気に声を出した。
「火の海だぞ、大丈夫なのか。たしかに肉体的な強化をしているってことは聞いてたけど。そんな無茶苦茶なことも可能なのか」
『もちろんだ。火のなかであろうと、業火のなかであろうと、つむぐが消し炭になることはない。水中のなかでなら、丸一日程度なら呼吸せずに動くことも可能なはずだ』
「そういうことは最初に言えよ」
『これから訓練をするはずだったんだ。言っておくが、おまえは未熟だ。ここから先にいるのは、おそらく本物の魔法を使う魔法使い達の領域になる可能性がある。引き返すのなら今だぞ』
コルトはつむぐの覚悟を改めて確認するが、それでもその答えをもう知っているかのような態度だった。
「断る、僕が選んだ道だ」
「だろうな」
やはりつむぐの言葉にコルトは嬉しそうに言葉を返した。
「カンリカはここで待っていてくれ、僕がなかに入る。もし火の勢いが本当にまずい時はすぐに逃げろ。それと、できるなら何とか火を消し止めておいてほしい」
「わかった。ここをなんとか片付けたら、私もすぐに追いつくよ」
「ああ、頼む……」
つむぐがカンリカに力強く頷くと、カンリカは優しく微笑むとその顔をつむぐの頬へと近づけた。つむぐは頬に何か柔らかで、少しひんやりとして感触を感じるが、カンリカはすぐにその唇をすっと離した。
「えっと、あれ」
つむぐは一瞬何が起こったのかを理解するのに時間を置いたが、すぐに耳を赤くする。
「おまじない。もしそれ以上のことがしたいなら、死んじゃ駄目だよ」
よく見るとカンリカもほのかに耳を赤くしていたが、すぐに背を向けるとその場から立ち上がった。
「頑張ってね。こっちはなんとかしておくよ」
それだけ言うと、もう彼女は足早に足を進めた。
『とりあえず、殺しておくか』
つむぐが茫然としているところに、コルトは本気とも冗談ともとれないような言葉を平坦な声で呟いた。
「いや、それは駄目だから」
つむぐのその言葉にコルトが一瞬舌打ちをしたようにも聞こえたが、つむぐはそれを聞き流した。
「とにかく、行くぞ」
つむぐは気を取り直すと、そう言ってすぐに社へと駆けだした。
社のなかは熱風と、その熱気がまるで生き物のように不規則に辺りを暴れ回っているようだった。燃え上がる火はその先端を蛇の舌のように小刻み動かすと、獲物を狙うかのように次へ次へとその火を移していく。
「ひどいな」
つむぐは熱風に煽られて飛んでくる火の粉を払うと、そう呟いた。
『まあ、まだ崩れていないだけましだろ』
コルトはコルトで、冷静な言葉をそれに返した。
「しかし、どこに支柱であるんだ」
つむぐは燃え盛る炎のなか目を凝らせる。
しかしそれらしい場所も、それらしい物さえ見当たらない。そもそもここまで火に包まれて無事なものなのだろうかと、つむぐは少し不安に思った。
つむぐの体感にしてはたき火の近くで暖を取っているような、少々熱い程度の熱さだが、実際にはこんな所はオーブンのなかにいるのと大差はないのだ。
「カンリカはここにあるって言ってたし、ないってことはないと思うんだけどな」
そもそも何度かここへとつむぐは訪れているのだから、何か妙な物でもあればそれなりには記憶に残っていそうなものだが、いくら思い出したとしてもそんな物や話は見たことも聞いたこともない。
『霊脈を調整しているというのなら、可能性としては地下があるが』
「地下室ってことか。いや、そんな場所あったかな」
つむぐは顎に手を当てると、その場で考え込む。
『いくら親しいからといって、全てを見せているわけもないだろうに。おそらくだが、どこかしらに何らかの通路や入り口があるのではないか。つむぐ自身が今までにそういった物を見ていないということは、普段見えていない所にあるのだろう』
「普段見てないか。あっ、一か所あるぞ」
つむぐは思い出すように声を上げると、そのまま足を進めた。
足場の悪い廊下を進み、降りかかる火の粉を払いながら、やがて一つの部屋の前まで来るとつむぐは半分焼けてしまっている引戸を蹴り飛ばした。
その部屋のなかには煙が立ち込め、視界が悪くその細部を確認することができないが、つむぐはそのまままっすぐに足を進めた。
「これだよ、これ」
つむぐの目の前には、天井の高さまである大きな大木が一本、回りを柵で囲まれるようにしながら堂々と立っていた。もうずいぶんと昔に切られてしまっているようではあるが、その樹齢は幹の太さを見れば何百年、何千年とも見て取れる程に立派な物だった。
『何だ、これは』
コルトは不思議そうに声を出した。
「御神体だよ、この神社の。ここになら何かあるかと思ってさ」
つむぐは御神体の回りをぐるりと一周すると、罰当たりなのだろうが、御神体を叩いたりしていた。
「まさかこれが支柱じゃないよな」
『意味合いとしては、それを模している可能性もあるが。まあ、これはどう見ても支柱ではないだろうな、特に何も感じることもない』
つむぐはどうしたものかと考えたが、ふと視線を大木の根本へと向けると、部屋に漂う煙がその下に吸い込まれていることに気が付いた。
「あった、きっとこの下だ」
思わす駆け寄ると、つむぐは力一杯大木を押したが、その大木は少しも動く気配がない。
『そこではない、ほれ、足元の床の板だ』
コルトの声につむぐは足元に目を向けると、コルトの言う通り、床板の一部に煙が吸い込まれている。
つむぐは床に這いつくばって目を凝らせると、床板の切れ目にちょうど指を引っかけられるような窪みを見つける。慌てるように窪みに指を引っかけると、つむぐはそれを持ち上げた。
存外簡単に床の板は持ち上がると、その奥に階段を覗かせた。階段のその先はトンネルの奥の暗闇へと続いていて、その先は見えない。
つむぐは迷うことなく、床下のトンネル内へと足を進めた。
トンネルとはいっても、特にコンクリートや鉄筋で作られているわけではない。単純に地面を掘り抜いて、その壁を叩いて固めて木材で固定しただけの簡素な作りだった。無論電気が通っているわけでもなく、トンネルの奥まで来るとつむぐは壁に手を当てながら階段を下へ下へと降りていた。特に地震が起きているわけはないが、崩落の危険や、ただ単純に社が焼け崩れた場合は出られないのではないかと考えがいたる頃には、つむぐは階段をほぼおりていた。
「あれって、明かりか」
つむぐはとにかく先に行くことだけを優先させると、湿って重苦しいような空気を吸い込みながら、その目を細めた。
その視線の先には、かすがだが明かりが揺らめいているように見える。おそらくは松明か何かしらの火が焚かれているのだろう。煙が充満していないところを見ると、おそらく火事らしきものは起きてはいない。
つむぐは足早に、しかし物音をたてないように配慮しながら、その足を進めた。
そして分かれ道のない一直線のトンネル内を進み、やがて明かりがしっかりと見て取れる程に近づくと、つむぐは身を屈めた。
壁に沿うように体を動かすと、つむぐはなかを覗き込んだ。
そこは洞窟というよりは、空洞といった方がいいのだろうか。まるでくり抜いたように、ぽっかりと大きな空間ができているのだ。壁に立てかけられている松明の明かりだけでは、空洞の全体を照らし出すには難しく、天井や奥まった細部まではその明かりが届いていない。しばらくなかの様子を窺っていると、つむぐはそこで体の動きを止めた。何かに気が付いたのか、集中するようにその目を閉じる。すると空洞内の壁に反響しながら、かすかに人の声が聞こえるのだ。
つむぐは思わず身を乗り出すと、空洞のなかへと足を踏み入れた。声のする方へと足を進めると、やがて視線をある一点へと向けた。そこには松明の明かりがかろうじて届いている為か、暗がりのなかで目を凝らせると、そこにようやく人影のようなものが立っていることに気が付いた。どうやら誰かと何かを話している様子なのだが、その顔を確認することができない。
つむぐは意を決して、足を踏み出すと人影の方へと近づいた。決して目を逸らさずに、少しずつ進んで行く。空洞内には隠れる場所がないが、不幸中の幸いといったところかだろうか、辺りを照らす明かりが少ない為にその全体はほの暗く視界が悪い。大きな物音をたてなければ、近くまでいったとしても簡単に気付かれることはない。
つむぐは話声がある程度まで聞こえる距離まで近づくと、その場に身を屈めて聞き耳をたてた。
「それで、ここからはどうする。色々と面白くなってきたけど、少し騒ぎ過ぎたかな」
「そうでもない。いずれことは露見もするし、誰かが嗅ぎ付ける。早いか遅いかの違いがあるだけで、この段階では我々の目的に支障はない」
誰かの喋り声が、つむぐの耳へと届く。
しかしその声を聞くと、つむぐは驚くと口を開けて唖然とした。体を硬直させたまま、その見開いた目を震えるようにゆっくりと細めると、ほの暗い暗闇に佇む人影に目を凝らした。やがて松明の火が揺らめくと、その人影の顔が一瞬、暗闇のなかへと映し出されたのだ。
一瞬。その瞬間、まるで時が止まったかのような感覚だった。最少に頭に浮かんだ言葉は何故の二文字だった。違う、ありえない、こんな馬鹿なこと、いくつもの否定を繰り返すと、つむぐはどうしようもない程の絶望にも似た孤独感のようなものに包まれた。
そして怒りからか、それとも悲しみからか、つむぐは考えるよりも先に足が動き出していた。
「おまえ、こんな所で何をしてるんだ!」
つむぐがそう声を荒げて怒鳴ると、その人影は驚く様子もなく、ゆっくりと顔を動かす。まるで道で偶然出会ったかのような落ち着いた素振りで、友人へと向ける眼差しを向けた。
「よう、久し振り」
笑っていただろうか。その人影は振り向くと、ひょうきんな声で喋ると手を上げて見せた。
「太一……」
「ずいぶんとひどい顔だな。何かあったのか」
茫然とするつむぐに対して、太一は微笑んでいた。ひどく場にそぐわない笑みを浮かべながら、太一は溜息をついた。
「そういう顔で人見るなよ。せっかくこうして顔を合わせたんだから、嘘でももう少し楽しそうにしてみたらどうだ」
太一はまるで自分のようにとでも言いたいのか、ひどく楽しそうに笑みを作ると、両手を広げた。
「何が楽しそうにだ。おまえ、わかってんのかよ」
「わかってるよ。見た通り、おまえの考えている通り、今回の一連の件に関しては俺がこいつに手を貸したんだよ」
つむぐの横には首を直角に曲げたままのドクの姿があった。
「いや、こいつが俺に手を貸したのかな。まあ、どっちでもいいや」
「我々は互いに利害関係が一致したのだ。互いの利益の為に手を貸したにすぎない」
「まあ、それもそうか」
今はまともな方なのか、首を曲げたまま動くことのないドクは、そのままの姿勢で声を出した。
「やあ、コルトの使い手。君もここに来るとは思っていたよ。しかし実に愉快ではないか、親しい友の裏切りとは、まるで絵に描いたかのようだ。まあ、在り来たりであるが為に、少々面白みにかけるが」
「おまえ、太一に何をした」
「何も……」
ドクの声は、ただ感情のない平坦な声だった。
「そうそう、こいつは何もしてないよ。ただ、なんだったっけ」
太一は変わらずに笑みを浮かべながら終始にやつきながら喋っている。しかしまるで良くできた仮面がそのまま顔に張り付いたように、笑みを浮かべるその眼光は凍える程に冷めた目をしていた。
「おまえにも話したろ。倉に忍び込むって話、あれって結構前からやっててさ。始めは好奇心からだったんだけど、色々と漁っているうちに楽しそうだなって思ったんだよ」
「何が楽しそうだってんだ」
おそらく、いや決定的にその答えはつむぐはわかっていた。それでも聞き返したのは、それを否定したいからだったのか。
「あれだよ。ある時この土地について記した物を見つけたんだ。写し世のこと、そしてかつてそれが開きかけたことがあること。その時のことについて実に克明に記してあったよ」
張り付いた笑みの頬の端をさらに吊り上げると、太一は狂ったように大きく見開いた目をつむぐに向けた。
「狂ってたよ。何もかも、本当にこんなことがあるのかってぐらい。大勢の人間がまるで玩具みたいに思えたよ。創造したね、俺は何でここにいなかったんだろうってさ。狂気に満ちてて、日々が壊れていて、まるでビックリ箱をひっくり返したような世界」
太一は体を自身の腕で抱き込むと、震えだした。
「ぞくぞくしないか、ええ、つむぐ」
「おまえ……」
今まで見てきたであろう太一の姿を思い浮かべながら、つむぐは目の前にいる人間が本当に同一人物なのかを疑った。壊れた人形のように張り付いた笑みで笑い声を上げ、感情ないような冷たいガラス玉のような瞳を見つめながら、つむぐは虚しさとも悲しさともとれない感情に胸を締め付けられた。
そして、太一はその笑い声を止めると、張り付いた笑みを急に崩して、ふと顔を上げた。
「昔から、どうしようもなかったんだよ。優秀な兄妹にやりがいのある役目、優しい友人に楽しい学校生活。どうもないし、何もない。毎日が同じような日が繰り返し、そしてまた繰り返し続いていく」
太一は何もない暗闇を見つめる目をぎょろりと動かすと、その目をつむぐへと向けた。
「つまらないだろ」
冷めた声だった。何の感情なく、ただ空虚に、無表情な顔で太一は呟いた。
「人の笑顔も、誰かの優しさも、人の憎しみも、悲しさも。俺には興味がない。俺が欲しいの刺激なんだよ。毎日を灰色におくるなんて、俺には耐えられない。俺にとっての退屈は、何よりも俺を殺すんだ」
「だから、こんなことをしたっていうのか」
太一は再び笑みを浮かべると、大きく目を見開きながら、その口を開けた。
「そうさ。そしてそんな時だよ、こいつを見つけたのは。その時には、俺もまだお役目ってやつをくそ真面目にやってたからな。始めはこいつを消す予定だった」
「追いかけてビックリしたよ。狂ってたかと思っていたら、急にまともに喋りだすんだからな。まあ、それでも聞く耳になんてもつ気はなかったんだけど。勝手に喋るのを聞いていたら、その話に興味を持ってな。こいつを匿って準備を始めた」
「何がどうなって、おまえがそこまでなるのか、僕にはわからない」
つむぐは寂しげに呟くと、太一を見つめた。
「だからそういう目で人を見るなよ。生まれながらに持つものなんてもんは、どうやたって変えられねえだろ。俺はたまたま、人より狂ってただけで何の罪もない」
太一は何の悪びれもなく、そう吐き捨てた。
「仮に悪い奴がいるとすれば、そう神様にでも文句を言えよ」
「それはできんよ、太一。神はもうこの世界には存在しない。そこにいるコルトが私の主を殺したように、それは神も殺したのだから。そうだろう、コルト」
変わらずに微動だにせず、首を曲げたままの体制でドクは少し茶化すように言葉を挟んだ。
『そうだな、貴様の言う通りだ。だが、少なくとも貴様の主とやらに関しては、生かしておくわけにいかなかったと、今でも思っているよ』
姿の見えないコルトの声が空洞にないに響く。
「神を殺したって、どういう意味だ」
つむぐはドクの言葉と、それに平然と肯定したコルトに動揺する。
『前にルーファスの話をしたろ。あの頃の話だ。狂ってしまった神を敵に、それを殺しただけの話さ』
「神を殺すって、そんなこと」
「できるんですよね。何故なら、それは元々こちら側の物なのだから。あの男、ルーファスが全てを狂わせていなければ、我が主は今もあの美しい姿のまま、私はそのお傍にいられたというのに!」
ドクは語気を荒げると、途端に震えだした。
高笑いを上げて身を捩じらせるドクを見ると、太一は舌打ちをしてそこから飛び引いた。
「ああ、ああ、時間のようですね。まだまだお話をしたいところですが、もうおしまいです、そう何もかもがね」
ドクはそう言って高笑いをすると、そのまま意識が入り変わったのか。首を折るように生々しい音を鳴らして直角に曲がった首を無理やり戻すと、その顔はおよそ理性のない化物へと変貌していた。
「いいところだったのに。たく、空気の読めない奴だ」
太一は面白くなってきたというように、楽しそうに笑うと、どこから出したのか右手に木刀を握りしめていた。
そしてつむぐに向き直すと、声を上げた。
「さあ、つむぐ。もうお話は充分だろ。早く始めようぜ、俺の暇つぶしに付き合ってくれよ」
つむぐは顔を曇らせるが、その目を閉じて息を呑みこんだ。
『来るぞ、つむぐ』
「ああ、わかったよ。わかったよ、太一、おまえに付き合ってやる。おまえも、そこのくそ野郎もまとめて相手をしてやるよ」
コルトの声につむぐはゆっくりと目を開けると、覚悟を決めて太一を睨みつけた。
「そうこなくっちゃな」
太一はそう言うと、姿勢を低くする。
つむぐもコルトを手に持つと、臨戦態勢をとった。
しかしながら、状況は最悪といっても過言ではない。戦うことを覚悟していたとはいえ、予想をしていたのはドクであり、そこに太一は含まれてはいなかったからだ。ただでさえ手こずった相手に対し、親友だった男が一人では活路を見出すこともできない。
「ああ、匂いがするな。匂い、匂い」
性格が反転して化物状態のドクは、荒く呼吸をしながらつむぐを見据えている。
「つむぐ、狂犬が狙ってるぜ。しかし頭おかしくなっても、こうはなりたくはないもんだな」
太一は薄笑いで「ええ」と付け足すと、その瞬間足を踏み込んだ。
「くそ」
距離を瞬間的に詰められると、つむぐは横へと飛び退いた。その横を太一の木刀が振り下ろされる。
振り下ろされた木刀は折れることなく、地面を砕きまるで地面を抉るように小石と砂利を辺りへと弾き飛ばした。さながら岩盤を砕くような轟音が空洞に反響して鳴り響くと、その周囲を土煙が舞い上がる。
「御大層な手の物は使わないのか。それじゃあ、あんまりだろ」
つむぐはそのまま距離をとろうとするが、その背後から衝撃が走った。
「死ね、死ね、死ね」
ドクが横へ飛び引いたつむぐへと蹴り込んだのだ。
つむぐは前のめりに倒れ込みながら、肩越しにドクの顔を睨み付ける。そのまま転がるように受け身をとると、すぐさま立ち上がった。
「最悪だな」
つむぐは思わず呟くと、太一の姿を周囲に探した。
ドクの姿は確認できているが、太一の姿が見えない。先程地面を抉った場所にはその姿を確認することができず、太一の一撃のせいて舞い上がった土煙が周囲の視界を悪くしていた。
「どこ見てんだよ。ここだよ、もう少し気配を感じた方がいいんじゃないか」
太一はわざと声を出すと、自身の居場所を教えた。
「うるさい」
つむぐは声のした方へと目を配ると、太一が三日月のような笑みを浮かべながら立っていた。
「せっかく色々と注意してやってるっていうのに。しっかり聞いてとけよ、じゃないとすぐに終わちゃうだろ」
太一まるで遊んでいる気分とでもいうのだろうか。その楽しげな声は、一切の罪悪感さえ含んではいない。
「なんだよ、せっかくここまでお膳立てしてやったんだぜ。ほらもっと楽しもう」
「どういう意味だ」
「どういうって。あっ、ほら危ないぞ」
つむぐは太一の言葉を不思議に思ったが、その頭上からドクの雄叫びが響いた。
「壊れろ、壊れろ」
狂ったように叫ぶドクは、その拳をつむぐへと突き出していた。
つむぐは咄嗟にコルトでその突きを防ぐが、あまりの力に耐えきれずに弾き飛ばされると、ボールように弾みながら転がると壁に激突した。
「ぐはっ、ああ……」
つむぐは激痛に声を上げると、その口から血を吐き出した。体中に痛みが走り、背中には激痛、一瞬にしてぼろぼろになっている自分に対してつむぐは歯を食いしばった。
『つむぐ、大丈夫か』
「ああ、何とか」
コルトの声に、つむぐは苦しげに返した。
息がしづらく、意識も朦朧としている。どうにも体に力が入りにくく、頭にも痛みがあることをつむぐは後になって気が付いた。頭部に手を当てるとその手は血に染まり、傷口から出血した血が頬へと流れた。
「くそ……」
つむぐは何とか体に力を入れると、よろめきながら立ち上がった。
「だから言ったろ。たく、そんなんじゃつまらないじゃないか。戦いのセンスがないんじゃないのか。つむぐ、おまえは魔法使いにはむいてないよ」
太一は肩を落とすと、残念そうにわざとらしく首を振って見せる。
「おおきな、お世話だ」
つむぐは口に溜まった血を吐き出すと、太一を睨み付けた。
「そう怖い顔をするなよ。言っただろ、生まれつきだって。成り下がったわけじゃない、成るべくしてなっただけさ」
「ふざけるな。みんなを裏切っておいて、僕や桜ちゃんまで、そんなへらへらして何が楽しいんだよ。僕には少しも理解できない」
太一はつむぐの言葉に鼻で笑うと、薄笑いを浮かべる。
「ああ、そうかい」
「しかしおまえは、もう少し魔法使いとしては才能を持ってると思ってたよ。いや、実際のところは他の奴と比べれば力は強いよ、ただそれだけだけど」
太一はそう言うと、つむぐとの距離を一気に縮めると、目の前で立ち止まる。
「ほら、簡単だろ。こんな簡単に間合いを取られて、こうやっていとも簡単に懐にまで入られる。魔法使いの前に、こんなのは戦いの基本だ。つむぐの場合は力があってもセンスがない。だから痛い目に合う、こんな感じにな」
太一は木刀を横に薙ぎ払う。意識の朦朧とするつむぐは自身の脇腹へと迫る木刀の刀身を右腕で防ぐが、刀身が腕に当たった瞬間まるで生木を折ったかのような鈍い音を聞くと、つむぐは激痛を感じながら弾き飛ばされた。
砂利と小石に体を擦らせながら倒れ込むと、つむぐは右腕を抑え込んだ。
「ああ、かっ」
「へえ、叫び声は上げないんだな。てっきり転げ回るとか思ってたんだけど。意識が朦朧としてるから、そんな感覚も麻痺してるのか」
つむぐは必死に右手に持っていたコルトを左手に持ち帰ると、震える体で必死に立ち上がった。満身創痍な体だが、その眼光はまだ力強く、目の前の太一を睨み付ける。
太一は背筋を震わせると、恍惚な顔を浮かべた。
「いいね、その顔だけは最高だよ。でも残念、俺も色々と仕事があってさ、この世界をぶっ壊さなくちゃいけないわけよ。まあ、そっちの方が面白そうだけどな」
「待て、待てよ」
「悪いなつむぐ、付き合ってやりたいのはやまやまなんだけどさ。時間がないんだ」
「そうだ、最後にいいことを教えてやるよ」
太一は思い出したような顔をすると、その顔に不敵な笑みを浮かべた。
「つむぐは、多分自分の意思でここにいるって思ってるんだろうけど。それは実は根本的に間違いだってことに気が付いてたか」
「いったい、何を言い出すかと思えば」
つむぐは不敵に笑う太一の顔を見つめながら、太一の言葉を否定する。
「はは、そうだよな。そうだ、こんな目に合ってるっていうのに、それが仕組まれたことだなんて信じられるわけがないよな」
太一は人差指を顔の前で左右に動かしながら、舌を鳴らした。
「でも、これが違うんだよな。そもそも、おまえは大事なことを忘れてる」
「僕が、何を忘れてるって」
「とても大事なことさ、おまえの両親の事故のことだよ」
太一は指を立てると、わざとらしく大振りに喋り始める。
「覚えてないのか、そもそも疑問に思わなかったのか。ただの事故だっていうのに、死んだ人間の死体がなかったことにさ。まあ、思い出したくもない記憶なんだろうけどさ。ただし、重要なのはそこじゃない。コルトちゃんなら知ってるんじゃないのか」
「どういうことだ」
つむぐはコルトに話しかけるが、コルトはその問い答えたくないのか、それとも答えられないのか、黙っている。
太一は鼻で笑うと、話を続けた。
「おまえの両親は、ただ死んだんじゃない。殺されたんだよ、他でもない、今おまえがその手にしているコルトを守ろうとしてな」
太一は可笑しそうに口の端を上げると、笑いを堪えるように声を漏らす。
「嘘だ、ありえない」
太一は唖然とした顔で驚くと、自然と一歩後ずさっていた。
「本当だよ、親父にも襲った本人にも聞いたんだからな。ほらそこにいるだろ、もう意識が火星にでも飛んじまってるけどな。必死に守ろうとしたらしいぜ、まあ結果なんとか守りはしたが、本人たちは消し炭になって、はいさよならだ」
太一は胸の前で楽しそうに両手を合わせて乾いた音を鳴らすと、皮肉ににやついて見せる。
つむぐはドクに顔を向けその顔を凝視すると、声を震わせた。
「でたらめだ。そうだろ、コルト、そうだよな」
『……本当だ』
コルトはつむぐの言葉にためらうように間を置くと、静かに答えた。
「そんな、嘘をついてたのか」
『違う、違うんだ』
声を荒げて狼狽するつむぐに、コルトは慌てた様子で言葉を返した。
「おいおい、仲間割れはいいけどさ。ここからが、面白いんだよ。もう少し聞いた方がいいんじゃないのか」
太一は楽しそうに声を上げて笑うと、手を叩いた。
「太一は、おまえは」
「だから、そういう目で人を睨むなよ。憎いか、殺したいのか、もしかして悲しいのか。どれでもいいけど、俺はただの嫌な奴ってだけだろ。俺がおまえの両親を殺したわけじゃない、俺は楽しいだけだ」
つむぐは何かを言い返そうと体を動かすと、するとそれに反応するようにドクがそこへと鞘から引き抜いた刀身を突き立てた。つむぐは、かろうじて反応するその場から飛びい引いたが、まとも立っていられないのか膝をついた。
太一は「お疲れのご様子で」と、満身創痍なつむぐに声をかけると話を続ける。
「さて、本当な順序立ててゆっくりと話をしたいところだけど、悪いが時間も迫ってる。おまえももう駄目っぽいし、仕方がないから結果だけを簡単に教えてやるよ。俺も次の遊びをしたいしな」
太一はそう言うと、つむぐの目の前へと移動するとしゃがみ込んだ。
「第一。つむぐ、おまえの忘れていることについてだけど、それはおまえの姉についてだ。おまえは多分、完全に忘れてるようだけど。どうだ、記憶にあるか?」
「僕に兄妹はいない。そんな話も聞いたこともない」
つむぐは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに言葉を返した。
「だろうな。おまえの姉は、さっき話した両親の事故の時にいっしょにいたんだ。そして死んだ、はずだった。それがなんと、運がいいことに生き残ったわけだ。そして姿を消した。唯一の肉親である弟から、自分の記憶の全てを消して」
つむぐはその言葉に反応して衝動的に身を乗り出したが、太一がそれを遮るように声を上げた。
「第二に。何故おまえの姉が、記憶を消したのか。まあ、これはよくある話だ。巻き込みたくなかったのさ、かわいい弟をな。でも肝心なのはそこじゃない、おまえの両親に至っても、姉についても、それら全てがあることへと結びつく。答えは一つ、家族はおまえ以外全員魔法使いだったんだよ。まあ、最終的にはおまえは自分から、この世界に首を突っ込んだわけだけどな」
「僕の両親が、魔法使い」
つむぐは睨み付けていた太一から視線を外すと、茫然とするが、しかしそれはまるで何かを考えているようだった。
「第三。俺はそれらを全て知ってたんだよ。知ってて、おまえの友人として傍にいて、おまえのことを守ってたんだ。そういう役目だったからな。でもおまえが、まさか魔法使いになるなんて思いもしなかったけどな、それに気が付いた時は本当に嬉しかったよ、いい玩具ができたってな」
そこまで言って、太一は呆れたように肩を落とした。
「まあ、例え運命的であっても、おまえには才能がなかったようだけどな。それでも俺にとっては大事な玩具だ。少しだけだけど、手を貸してやったろ」
つむぐは意識がもう途切れかけているのか、体を左右に揺らしながら、歯を食いしばって持ち堪えている。
「桜にわざと話を漏らしたり、河原に釣りにつれいったり、犬をけしかけたりな」
太一は相変わらずに仮面が張り付いたようなにやつき顔を浮かべながら、可笑しそうに笑っている。
「あの犬は、おまえだったのか。なるほどね、よくよく考えてみれば、あんな芸当はそこの馬鹿野郎にはできないよな。ちなみに一つ聞きたいんだけど、僕は姉がいるとして、姉は生きてるのか、なあ太一」
つむぐは何を考えているのか、荒い息を落ち着かせながら、静かに声を出した。
「さあ、俺は知らない。それは知らない。知らないな、知らないんだよ」
太一は仮面のように終始笑みを浮かべていたが、急に表情を無くすと、そう呟いた。
「ああ、そうか。わかったよ」
つむぐはそう言い返すと、コルトを太一の額へと向ける。
「ようやくか、俺を殺すんだろ。ああ、いいね、その顔。早くやれよ、ほら」
つむぐは黙ったまま、太一の正気のない目を見つめると、その引き金に力を込める。
「遊びたりないんじゃないのか……」
「ああ、遊び足りないね。だから、早くやるんだ。それが最良な選択なんだよ」
太一は無表情なままで呟くと、その両手を広げた。
「そうだな、そうかもな」
つむぐは静かにそう言うと、その引き金を引いた。
コルトは空洞内に乾いた音を響かせると、その銃口から火花を散らした。
太一は銃声とほぼ同時に、その体を額が弾かれたように後ろへと仰け反らせると、ゆっくりと倒れた。何の抵抗もなく、何も言わずに、ただ無力に撃たれたのだ。倒れた体は動くことはなく、無気力となった手足が無造作に投げ出されている。
「満足かよ」
つむぐは一言だけ、そう呟いた。満身創痍な体で、途切れそうな意識を必死に引き戻しながら、悔しげに言った。多数の擦り傷も、折れた右腕も、全身を走る無数の痛みも、それら全ての苦痛を凌駕するように、やがてつむぐは怒りを露わにした。
「そうだろ、なあ」
つむぐはその言葉を目の前に倒れる友人ではなく、離れたその場所で口の端を上げて楽しげににやつくドクへと向けた。
「ええ、満足でした」
ドクはまるで芝居でも鑑賞したかのように、手を胸の前で叩くと、頷いて見せた。
「どこで、いったいお気付きに」
「こいつの張り付いたような狂った笑い顔からだよ。それに前におまえと会った時に、コルトも言ってただろ。おまえのことを傀儡子って、それでそう思っただけだ。確証なんてなかったけど、こいつはこんなことはしない。それにこいつは、僕を殺す気なんてなかった」
つむぐは思う。あの黒犬と遭遇した時、ドクと対峙した時、それのどれにも共通しているものがあった。鋭い刀剣のような、それでいて無感情で冷め切っている、冷酷な殺意だった。しかし例え狂ったような笑みを浮かべていようが、汚い言葉を吐き捨てようが、ひどく痛めつけられようが、太一にはその殺気がなかったのだ。まるで空っぽの人形のような空虚な心だけが、目の前の友人を動かしていたのだ。
「なるほど、私も腕が落ちましたかね」
「それに、前はあれだけ狂ったように仕掛けてきていたのに、まるで躾けられた犬みたいにおとなしかっただろ。ゆっくりと喋っている時間なんてなかったはずだ。おまえは遠くから見物をしていた」
ドクは数回頷いて見せると、可笑しそうに笑いだした。
「ははは、なるほど。確かにそうですね。若いのになかなかどうして、楽しませてくれます。そういうところは、あなたの姉弟とそっくりです」
「本当に、僕はおまえが嫌いのようだ」
「そのようですね。ですが、ここまでです。この先には、あなたの物語が綴られることはありません。ここからは、あなたはただの傍観者です」
ドクは「では、失礼」と、礼儀正しくお辞儀をすると、つむぐに背を向けるとゆっくりと歩き出す。
「あっ、そうそう」
思い出したようにドクは振り向いた。
「御友人のことは、残念でした」
ドクはそれだけを告げると、再び歩き出してやがて暗闇へと消えていく。
「待て」
つむぐは叫ぶようにして立ち上がったが、体に力が入らずにそのまま崩れ落ちた。それと同時にコルトは姿を現すと、崩れ落ちようとするつむぐの体を支える。
「つむぐ」
「そこを、どいてくれ」
つむぐは支えようとするコルトを振り払おうとするが、思うように体が動かない。
「追ってどうするきだ。今のままでは……」
「あいつは、僕の両親を、姉弟を殺したんだろ。だったら僕は、あいつを許すわけにはいかない。それに放っておいたら、きっととんでもないことをする」
心配をするコルトに対して、つむぐは呟くにように言葉を返した。しかしつむぐを動かしているのは、怒りでも、憎しみでも、正義漢でもない、ただ体が動いていたのだ。例えこの先自分の命が失われたとしても、ここで引いてしまっては、もう二度と前へとは進めない。絶望や悲しみ、後悔とは違う、それは先に進んだ者の特権なのだから、逃げ出してはいけない場所でそれに背中を向けた者に残るものなど、何もないのだ。失われたものも、誰かの思いも、自身の決意も、それら全てを意味のないものだとすることはつむぐにはできなかった。
「どいてくれ」
つむぐの唐突に入れた力に、コルトは思わず体制を崩すと、支えを失ったつむぐは前のめりに倒れ込んだ。無論、受け身など取れるわけもなく、つむぐは固い地面へと体を打ち付けると苦しげに声を上げた。
コルトはすぐにつむぐへと近寄ろうとするが、つむぐはそれを拒んだ。
「近付くな!」
声を上げたつむぐに、コルトは驚いて静止するが、すぐに手を差し伸べた。
「馬鹿なことを言うな」
「馬鹿はどっちだよ。ずっと嘘をついてたんだぞ、何で始めから話してくれなかったんだよ。親が魔法使いで、その死にコルトも関わっていて、ましてや僕に姉弟がいるなんてこと……」
つむぐの言葉にコルトは顔を俯かせるが、言葉を遮るようにコルトは自然と声を出していた。
「では、どうすればよかった。そのまま全てを打ち明けたところで、おまえはどうするんだ。復讐を考えたか、両親と姉を殺した相手に」
「ああ、考えたかもな。当然だろ、家族を奪われたんだぞ。でも僕はそれさえ知らなかった。呑気な顔をして、平和ボケしながら生きてきた」
「それでいいんだ。復讐にどれだけの価値があると思う、私は知っているぞ。あれに人の一生に見合うだけの価値はない」
コルトは目に涙を浮かべると、声を震わせながら必死にそれを堪えた。
「それは僕が決めることだろ。それに、だからって僕に真実を話していけない理由にはならないだろ」
「それが夏樹との約束だった。できることなら、弟が何も知らないことを願うと」
つむぐはその言葉に何かを言い返そうとしたが、コルトの涙を浮かべたその顔の頬に、一筋の涙が流れると言葉を詰まらせる。納得はできない、しかしそれをコルトに言っても、もうしょうがないことはつむぐ自身もよくわかっているのだ。
「そうか……」
かろうじて出た言葉に、つむぐは涙を浮かべて微笑した。
「すまない」
つむぐの声にコルトは小さく答えた。
許すわけでも、怒りぶつけられるわけでもない。しかし、それでも様々は気持ちを抑えて出た言葉は、曖昧ながらもどこか優しさが含まれていたことは、コルトには救いだったのかもしれない。
しばらく見つめ合いながら口を閉じる二人だったが、最初にその沈黙を破ったのはつむぐの方だった。
「僕は行く。あいつだけは、止めなきゃならない。コルトは手を貸してくれるか」
つむぐは、自身の目をコルトへと向けることのできる程に、体力が残ってはいない。それでも静かで力強いその声は、覚悟と決意を表している。
「死ぬかもしれんぞ。例え生き残ったとしても、それが幸福な人生になるとは限らない」
「それでも、僕は行かないとさ。別に正義の味方になりたいわけじゃないけど、あいつを放っておくと、色々なことが全部駄目になる気がするんだ。だから、そうなる前に」
「そうか。なら、無論だよ。つむぐが本気でそうするのなら、私が手を貸さない理由はどこにもない。例えそれが破滅に向かう道だとしても、私は君の横にいるだけだ。まあ、そうは簡単に君を破滅させるつもりはないがね」
つむぐはその言葉に「そうか」とだけ、微笑んで返すと、差し出されたコルトの手をしっかりと握り返した。
「とにかく、そんな状態では動くこともできないだろ。ほら、立ち上がれるか」
「まあ、確かに。悪い肩を貸してくれ」
つむぐは手に取ったコルトの手に引かれながら、コルトを支えに何とか立ち上がった。
「どこかで回復をさせたいところだが、さてどうするか」
「いや、そんな暇はないだろ」
「こら、動くな。別に行くなと言っているわけではない、行くにしても今の状態のままでは、途中で意識を失ってもおかしくはないぞ。せめて、自身の足で動けるぐらいには回復しなければ、どうしようもないのではないか」
「体を引きずるなり、転がるなりして、何とかするよ」
コルトは溜息をつくと「馬鹿だな、君は」と呟いた。
「それで勝てる程、相手は甘くはないぞ。ただ、感情にまかせて突っ込むだけでは話にならん」
つむぐは返す言葉が出ないのか、コルトに無言で返した。
しかししばらくすると遠くの方から、物音がすることにコルトは反応すると素早く身構えた。
「誰かいるのか」
つむぐも何とか体を動かそうとするが、思う通りには動かず、結果コルトの邪魔になると感じたのか静かに暗闇の先を見据えた。
「つむぐくん、コルト……?」
やがて物音がしっかりとした足音に変わると、カンリカは暗闇のなかから姿を現した。
「カンリカなのか」
つむぐは聞き覚えのある声に気が付くと、カンリカへと声をかけた。
「つむぐくん、そこにいるの。あっ、いた、いたよ。二人共心配したよ。ちょっと大丈夫なの、何があったわけ」
カンリカは二人の姿を捉えると、走り出した。
「こんなボロボロになって、いったい何があったの」
カンリカはすぐに二人へと駆け寄ると、つむぐの顔の傷を確かめるように優しく撫でた。
「ちょっと、色々とな。だけどまだあいつ、ドクは生きているし。写し世の門も開きかけているままで、状況的には悪化しちまったよ」
つむぐは「それに……」と顔俯かせて肩越しに後ろを振り返った。その視線の先には横たわる太一の姿がある。
カンリカもつむぐの視線の先を目で追うと、驚いた様子で目を見開いた。
「あいつにやられたの」
「いや、僕がやった。僕が太一を撃った。そうしないと、駄目だったんだ」
「どうして、いや、今はそれよりも」
カンリカはあまりの状況色々と聞きたいことはあったが、その衝動を抑えつけた。
「話は後で絶対聞くからね。まずはその傷をどうにかしないと」
「応急処置で何とかなりそうか、この傷。そんなのはいいから、早くしないと大変なことになるんだぞ」
「いいから黙って」
カンリカはつむぐの言葉に声を上げて一喝すると、自身の指の先を口へと持っていく。そしてその指先を歯で噛み切ると、指先から赤い血が滴り始めた。
「はい、とりあえずは、これで何とかなる」
そう言うと、カンリカは血の滴る指先を半ば強引につむぐの口の中へと押し込んだ。
「うっ、うう」
「我慢して、ほら、舐めるの」
強引に口の中へと入れられた指と血の味につむぐは苦しげにもがくが、カンリカそんなことは気にも留めずに、更に指を押し込んだ。
やがてつむぐは観念したのか、口のなかに入れられた指の先を舌で舐めると、その血をゆっくりと飲み込んだ。
「飲んだね、よし。吐き出しちゃ駄目だよ」
カンリカそう言って、つむぐの口のなかへと入れた指をゆっくりと引き抜いた。
つむぐは何度かむせるように咳き込むと、やがて落ち着きを取り戻した。
「何をするんだよ。こんな時に、今はこんなことしてる場合じゃないだろ」
つむぐは声を荒げると、カンリカへと食って掛かった。
「まあまあ、落ち着いて。それよりも、どう、少しは元気になったんじゃないの」
「えっ」
カンリカは自分の体を見てみろといように片手を動かして見せると、つむぐは自身が自分の足でしっかりと立っていることに驚いた。
「ねっ、これで少しは動けるようになったでしょ。私の血肉は貴重なんだよ。滋養強壮から体力の回復はもちろん、世間じゃ口にすれば永遠の命やらどんな病気も直してしまうなんて言われているぐらいなんだから」
「ああ、そうなのか。その、ありがとう」
つむぐは不思議な物でみたかのような顔をすると、手の指先から、足のつま先までを動かしながらしっかりと動くことを確認した。
「よかった、よかった」
カンリカは数回頷きながら、安堵した。
「すまんな、私からも礼を言う」
コルトはつむぐの姿に安堵すると、カンリカに礼を言った。
「えっ、うん。気にしなくていいよ」
カンリカはまた悪態の一つでも言うのかと思っていたのか、コルトはあまりにも素直に礼の言葉を言ったことに拍子抜けしたような顔をするが、すぐに笑って頷いて見せた。
「行こう。あいつを止めないと」
つむぐは二人に声をかけると、二人はそれに頷いて返した。
「それと、カンリカ。一つ頼みがあるんだけど……」
「うん。それは、かまわないけど」
つむぐはカンリカへと用件を告げると、すぐにその場を後にした。
場所はすぐに見つかった。
空洞の奥へと行くと、そこには先へと繋がる通路があったからだ。秘密のうえに更にそこに隠すように作られたのか、仄暗い暗闇では扉の表面を壁と同じように模して作られた扉は、もし閉じていたのなら簡単には気付かなかっただろう。
つむぐは魔法使いの姿へとなり、少し遅れて来たカンリカを待つとすぐに、その扉の先へと足を進めていた。
通路は下り坂になっており、更に下へ下へと向かっている。
慎重に、しかし足早に焦る気持ちを抑えながら、つむぐ達は通路進むと、やがて水の流れるような音を耳にしながら出口へと辿り着いた。
光の届かない地下だというのに、やけに明るいものだと、つむぐはそう思った。
しかし出口の先にへと広がる光景を目にすると、つむぐは目を見開いた。
「すごい」
その横でカンリカもその光景に驚いたのか、かすかな声を上げていた。
そこには七色に輝く滝が、轟々と水音を鳴らしながら、まるで裂けたような大きな地面の割れ目へと、まるで吸い込まれるように地の底へ向かって落ちているのだ。七色の滝でできた光の柱は、神々しく光を放ちながら暗闇へと落ちていくが、底がないのか光は暗闇へとその線を徐々に細めながら吸い込まれるとやがて先が見えなくなる。
「ここは」
『ここは、おそらく霊脈の流れる中心だ。そして、おそらくこの力を利用して、写し世への門を閉じているのだろうな』
つむぐの戸惑う声に、コルト辺りを警戒しながら、緊張した声で答えた。
「ああ、なるほど。それで、どうすればいいんだ」
つむぐはどう手をつければいいのかわからないといった様子で、両手を広げた。
「まずは、あいつを探すべきじゃ」
「そう、そうだった」
カンリカの冷静な言葉につむぐは同意すると、辺りを見回した。
しかしそこは、先程の洞窟などとは比べ物ならない程に広大で、先が見えない。そもそも目の前の滝ですら、どこから落ちてきているのか天井を見上げてもわからないのだ。ただだだっ広い空間が広がり、まるで宇宙空間のように闇が永遠と続いている。
「どういう場所なんだ」
「場所は関係ないんだよ。多分、そういう空間なんだと思うよ。推測だけどこの先にいくら歩いて行っても、そこに壁なんてない、そういう所なんだろうね」
カンリカは暗闇のその先に目を凝らせると、そう答えた。
「じゃあ、えっと、地下迷宮みたいなもんなのか」
『いや、迷うという意味でなら同じだろうが、ここには行きつく先はないぞ。少なくとも、この滝からあまり離れない方が賢明だな、唯一の道標だ。それを失えば永遠と彷徨うことになる』
「かもね。ここは、時間も傾いでいるみたいだし。コルトの言った通り、年も取らずにこんな所に閉じ込められたくなかったら、それがいいよ」
コルトの言葉にカンリカは続けると、カンリカも辺りを見回す。
「でも、あそこに何かあるね。それに……」
カンリカは明らかにその表情に怒りを見せると「いた」と呟いた。
「どこだ」
つむぐも目を凝らせてカンリカの視線の先を追うが、そこにはただ暗闇が広がっているだけで、何かを確認することも、ドクの姿を捉えることもできない。
「こっち、絶対に離れないでね」
視線の先を睨みつけながら、足早に歩き始めた。つむぐもその後へと続くと、先の見えない暗闇なかへと進んで行った。
こういったものを濃霧とでも呼べばいいのだろうか。轟々と鳴る滝の音を背に、つむぐ達は闇のなかを進んでいた。決して湿気が多いわけではない、むしろその漂う空気は乾き冷気を帯びているかのように冷えている。だというのに、一歩一歩と進める足も、肺に入る一呼吸でさえも、ひどく重い。暗闇を見据えているだけだというのに、上も下も、前後左右さえも、ただ見えないという感覚だけで心のなかに不安と恐怖を掻き立てる。
仮にもしカンリカの背中が目の前になかったとしたら、轟々となる滝の音と七色の光がその背になかったとしたら、その懐にコルトという存在がいなかったとしたら、自分は何の感情もなくその一歩を踏み出せたのだろうか。つむぐはそんな考えを頭に浮かばせながら、目の前を歩くカンリカの背中を追いかけていた。
やがてその視線の先に、ぼんやりと何かが見えてきた所で、カンリカは歩みを止めた。指先で先を指すと、つむぐへと視線を送る。
つむぐは頷いて答えると、その指先の先へと目を凝らした。
ぼんやりと、本当にかすかだが、何かの形が浮かび上がってくる。それは暗闇のなかに徐々に輪郭を現すと、その事象を現していく。
「あれは、祠か?」
つむぐはそれを声にして、不思議そうに驚いた。その祠は小さく、遠目からその輪郭をかすかに身と取れる程度ではあるが、どう見てもこの場に似つかわしいとは思えない。まるで時折道端で見かける小さなお社のようだった。
カンリカは指を口の前に立てると、小声で話し始めた。
「多分、霊脈と関係してるはずだよ。というより、かなり大事な物なんじゃないかな」
「そうは見えないけどな」
『いや、大きさは関係ない。おそらくあれが写し世への門を閉じている鍵だろうな。いや、正確には鍵穴といったところか』
「鍵穴か。それより、あいつはどこにいるんだ」
コルトの言葉につむぐは少し眉を動かしたが、すぐに視線を移した。
「あそこだよ、あそこ」
カンリカは更に声を小さくすると、その指を動かした。
つむぐは指の動きに合わせるように、その目を動かすとやがて喉を鳴らした。
「あいつ……」
そう呟くと、暗闇の先を睨み付ける。
その輪郭からして、おそらくはドクなのだろう。祠の脇につむぐ達に背を向けるようにして立っている。何かをしている様子はない、杖を手に、腰にもう一歩の手を置きながら、まるで誰かを待っているかのように静かに佇んでいるのだ。
「カンリカはあいつの横に回ってくれ、僕はこのまま背後から行く」
つむぐは静かに言うと、カンリカは頷いてそれに答えた。
ゆっくりと慎重に動きながら、つむぐはドクとの距離を縮めていく。幸いなことに、滝の音のおかげで多少の音は、その音に紛れてしまう。
そしてその背後へと近づくと、ゆっくりとした動作でコルトの銃口をドクの後頭部へと向けた。
「これはこれは、ずいぶんとお元気そうだ」
しかし次の瞬間、ドクの姿は消えると、つむぐの背後からその声が響いた。
つむぐはその声に驚くと、振り向きながら飛び引いいた。
「いったい、どうやって」
「特には、ただ動きが早いだけですよ。それよりも、いったいどうやってここまで来たんですか。君は先程、そのコルトを撃ったでしょう。私の見る限りでは、君が撃てる弾はせいぜい一発が限度でしょうに。だというのに、よく動けたものですね。それに魔装をする力が残っていることにも驚きです」
ドクはそう言うと口の端を上げた。
「それに、私はてっきり御友人の死を嘆いているものかと。彼も薄情な友を持って、さぞ悲しんでいるのしょうね」
「ああ、悲しいさ。いや、どちらかといえば、僕にあるのは怒りだ。親友をおまえのような悪党に利用されたんだからな。だけど、これは復讐じゃない。ドク、おまえは危険な奴だ。このまま放っておけば、また誰かが命を奪われる、誰かの幸せが失われる。そなん不幸を、僕は認めるわけにはいかない」
「そうですか。ですが、もう準備は整っているんですよ。今、そこの祠にかけてる封印を少しだけいじりましてね。もう少しすれば、全てが終わります。あのお方の願いも成就され、私のあなたへの復讐も終わる」
「終わるだって、門を開くことが目的じゃないのか」
つむぐはコルトをドクの額へと向けながら、眉をひそめた。
「開いて何になるんですか。確かに門が開けば、世界は混乱し、混沌とした時代は訪れる。しかしね、私の願いはそんなことじゃない。わかりますか……」
ドクはそれまで浮かべていた笑みも、冷静な表情もなくすと、憤怒し急に声を荒げた。
「貴様らは、ただの害虫だ。何の力もない、ただの虫けらだ。それがほんの少し力を持っただけで自分達は崇高だと思い上がり、あろうことか飼い主に牙を向けた。馬鹿で下劣で、救いようのない劣等な生物が、いったい何を考えている」
つむぐはドクのあまりの豹変ぶりに目を見開く。
「おまけに、貴様らは駆除しても駆除しても、気が付けばどこからかわいて出てくる。いや、害虫より性質が悪い。いいか、貴様らは定められた運命に従っていればいいんだ。黙って従い、運命に従い喜んでその命を投げ出すことこそが、貴様らの定めだ。だが貴様ら害虫はしぶとい、だからこの星ごと滅んでもらうことにしんだよ。自分達が食い潰した運命だ、そこを棺桶にするのだから。ええ、本望だろう」
「星ごと滅ぼすだと、そんなことできるわけがない」
つむぐがその言葉を否定するように、首を横に振ると、ドクは指を立てた。
「だから貴様らは馬鹿なんだよ。何も理解していない、霊脈にどれ程に膨大な力が流れていると思う。だからこそ、写し世への門を閉じることができる。しかしだ、もしその膨大な力を、門を閉じるのではなく、門のなかへと注ぎ込んだのならどうなるのだろうな」
『貴様、何てことを』
コルトは思わず叫ぶと、その声を出した。
「当然のことをしたまでだ。もうこの星には存在する意味などない、あのお方を貴様らは奪った、唯一の絶対のお方だったというのに。だというのに貴様らはどうだ、まるでこの星の全てが自分達の物であるかのように扱い、食い散らかしている。なんとおこがましく、愚かなことか。いいか、そもそも貴様ら人間は、始めから存在する価値などなかったのだ。だから私が、ここで全てを終わらせる」
「ふざけるな。人間は、少なくとも僕はおまえのような奴に、自分の運命を決められる筋合いなんかない」
「もう遅い、霊脈の力は写し世へと流れ込み始めている。もう時間はない、もうすぐすれば、この星は消滅する」
「させるかよ」
つむぐは声を出すと同時に、引き金に指をかけたが、ドクはつむぐへと距離を縮めると体当たりでつむぐを弾き飛ばした。
「遅いんだよ。教えておいてやる、俺はここでは本来の状態に近い力が出せる。正気を失うこともなければ、力を温存する必要もない。それはつまり、おまえに勝機はないってことだ」
「どうだろうな、何とかするさ」
つむぐは勢いよく跳ね起きると、そのまま勢いよくドクへと突進する。
「馬鹿正直だな。あの女と同じ血が流れているとは思えんよ」
ドクは手に持った杖から刀身を抜くと、前に構えた。
「いちいち、癪に障るんだよ。僕が誰の弟だろうと関係ない」
つむぐはドクを撃つのではなく、何とか動きを鈍らせる為に、近接戦闘へと切り替えるとドクへと突きを繰り出した。
しかし近接戦闘とはいっても、つむぐ自身が強化されているというだけで、動きそのものが精練されているわけではない。
ドクはつむぐの突きをかわすと、その刀身をつむぐへと振り下ろした。
瞬間、つむぐは振り下ろされた刀身をコルトで防ぐ。火花が散って消えると、二人はまるで鍔迫り合いのようにお互いに力を入れながら対峙する。
「ずいぶんと、動きが良いじゃないですか」
「ああ、滋養強壮に良いものを飲ませられてね。おかげ様で、なんとかついていけそうだ」
つむぐはコルトに力を入れながら、その視線をドクの背後へと向けた。
「仲間がいるっていうのは、本当に心強いよ」
気配を感じたのか、ドクは自身の後ろを振り返ろうとするが、つむぐはコルトに力を入れた。そうしてドクが再びつむぐへと意識を移すと、次の瞬間、ドクは横へと蹴り飛ばされた。
「本当にね、私もそう思うよ」
カンリカはドクへと飛び蹴りをすると、その足を地面へと着地させる。
ドクはカンリカの渾身の蹴りを受けると、地面を数回転がるが、すぐに体制を持ち直すと地面を滑りながら立ち上がった。
「くだらん。どれだけいようが、結果は変わらん」
ドクはその手にした刀身に手をかざすと、その刀身に青白い光が灯ると、まるで炎のように揺らめき始める。
「死ね」
ドクは吠えるように叫ぶと、その刀身をつむぐへと向かって突き出した。
すると刀身から青白い光が放たれると、渦を巻きながら一直線へとつむぐへと向かってくる。
つむぐは自身へと向かってくる巨大な青白い炎の渦を、右へと避けようとするがあまりにも巨大な為に避ける切ることが難しい。
しかしそこにカンリカが割って入ると、右手を突き出した。突き出した右手の手の平に光が集約すると、やがて巨大な水の壁が立ちはだかった。
青白い炎は水の壁へと激突すると、激しい水の弾ける轟音と蒸発する音を上げながら爆発を起こす。
「うわっ」
つむぐは爆発の衝撃で後ろと吹き飛ばされると、背中を地面へと擦られながら土煙を上げる。
「くっ」
カンリカも防ぐの精一杯だったのか、衝撃に耐えきれずに地面を転がっていく。ひどく体を打ち付けながらようやく勢いが弱まったが、うつ伏せに倒れるカンリカは気絶をしているのか、その体を動かすことはない。
「あいつ、あんなこともできるのか」
つむぐは地面から体を起こすと、まだ蒸気や土煙の立ち込めるその先を凝視した。
「仲間とやらに助けられたな」
ドクは先程の場所から微動だにせず、まだ青白い炎が時折揺らめく刀身の矛先をつむぐへと向けながら睨み付けた。
「カンリカ、おい、大丈夫か」
つむぐは立ち上がると、地面へと横たわるカンリカへと声をかけるが、その反応はない。
「次は避けられるかな」
ドクは再び構えると、その刀身に青白い炎が激しく揺らめき始める。
「くそっ」
「たかが魔法使い程度が、この私をどうにかできると」
ドクは勝ち誇った顔をすると、手の持つ刀身を今度は横へと薙ぎ払った。横に薙ぎ払われた刀身から、今度は鋭い鎌のような青白い炎の線がつむぐへと向かう。
つむぐは瞬時に身をかがめると、その頭上を光の刃が通り過ぎていく。身をかがめて遅れてはためいたコートの端を、光の刃が切断すると、その切れ端が目の前へと落ちてくる。
つむぐは、何てでたらめなんだと心のなかで思いながら、即座に後ろへと飛び引いた。
「逃げるのは、お得意か。魔法は未熟、戦闘では逃げ回り、あげく大事な友を救うことさえ叶わない。何とも惨めだな、ええ、魔法使いくん」
「おまえこそ、死んだ主人とやらに執着して、狂った頭で考えたことが世界の滅亡だ。どこまで頭のネジを外せば、そんなところまで飛んでいけるのか、教えて欲しいもんだよ。まあ子分のおまえがそんなもんじゃ、あのお方っていうのもよっぽど頭のネジが外れていたんだろうけどな」
「たかが脆弱で劣等な生物が、我が主を愚弄するか」
ドクは怒りを露わにすると、刀身に今度は黒い炎を灯らせると、それを縦と横に振り抜いた。
その速度は青白い炎よりも、幾分か速度が速く。つむぐは縦に振り抜かれた一直線の黒い炎を寸前のところで左へと回避するが、横に振り抜かれたその一撃には体の動きが追い付かず、何とか身を捻ったところで鼻先をかすめて通過していく。転がりながら、即座に体制を整えたが、つむぐの呼吸は荒く額に流れた汗を手で拭った。
「口だけは達者なようだが、もうそろそろ限界ではないか。そもそも、いったいどうやってこの私に勝つつもりだ。いくら体力を回復しようが、貴様に撃てる弾があるのか。それとも、そこに倒れている女にでも期待をしていたのか」
「さっきも言ったろ、何とかするってさ」
「そうか」
ドクはもう飽きたとでも言いたいのか、つむぐを見下すように睨み付ける。
「なら、そうなるといいな」
ドクは刀身を頭上へと振り上げると、そこへ黒い炎が収束し始める。やがてそれは球体の形へとなると、膨れ上がりながら膨張していく。
「なっ……」
つむぐは思わず声を上げると、後ずさった。
その黒い球体は少しずつ黒い炎を吸収していくと、とてつもない大きさへと膨れ上がっていたからだ。その大きさはつむぐの体を優に包む込める程の大きさまで膨れ上がると、その膨張を止めた。
「何とかするのだろう」
ドクは口の端を吊り上げると、狂った笑みを浮かべた。その冷酷な瞳は、憎しみや憎悪に狂気といった、どす黒い感情が入り混じっている。ドクはその瞳を大きく見開くと、やがて高い笑いを始めた。冷たく、狂気に満ち、どうしようもない程の憎悪を含んだその笑い声は、まるで呪詛を唱えるかのように世界を浸食していく。
次の瞬間、ドクはその刀身を振り下ろした。それと同時に黒い球体は、つむぐへと向かって放たれた。速度は先程の攻撃に比べればさほど速くはない。しかし避けるにはあまりにも大きく、受け止めるには拮抗する程の力はないだろう。
つむぐはゆっくりと、それでも確実に自分の命を奪うであろう、どす黒い怨念の塊のような黒い球体を見つめながら溜息をついた。
「さてと、どうするか。あれをまともに受けたら、僕は確実に死ぬな」
つむぐはこんな状況だというのに、横目で床に倒れるカンリカを確認しながら、この距離なら大丈夫だろうと流暢にそんなことを考えていた。
『かもな。だが、何とかするのだろう』
それに答えたコルトの声は落ち着き、普段と何も変わらない口調で返した。
「まあ、やれるだけやってみるさ」
何とも気の抜けるような会話というのだろうか。二人はまるで散歩でもしているかのような緊張感のない言葉のやり取りを済ませると、ただもうその先のことは言わず語らずに静かに口を閉じた。
つむぐはゆっくりコルトの銃口を迫りくる黒い球体へと向けた。
作るべき弾丸は一発。迫りくる黒い球体を破壊し、貫通し、戦いに終止符を打つための絶対的な力。しかし先程の戦闘で、余分な力はおろか、目の前の黒い球体を破壊するだけの威力がある弾丸を作る力など、もう残ってはいないのだ。
絶体絶命という言葉は、こんな状況にこそ相応しいのだろう。それでもつむぐが銃口を向けたのは、希望があったからだ。絶望的な状況下で、文字通り絶望し諦めるか、希望を信じて戦うかは、どちらが正しいとは限らない。ただあるのはどちらを選択するかというだけの話である。少なくとも、つむぐはやれるうちは、どんな手段や方法を使ってでもやってみなればわからないと、そう単純に考えただけのことだった。
作る弾丸は絶望的な状況を打破する一発、払うべき代償は己の命をかけて。
つむぐは覚悟を決めると、コルトへと全ての神経を集中させた。
それと同時に体を流れる血流が、コルトを持つ右手に吸い込まれるような錯覚を起こす。心臓は早鐘のように鼓動を高め、周囲の音がかすれながら徐々に消えていく。右腕の感覚が薄れ、押し潰す程の圧迫感が襲う。体全体を電流が流れているかのように、痙攣する足を踏みしめながら、頭を万力で締め付けられているかのような激痛が走ると、つむぐは目を細めて歯を食い縛った。
そしてやがて目の前の視界が、狭まりながら黒く塗り潰されていくように光を失うと、頭のなかで鈍い金属のぶつかり合う音が弾けるように鳴り響いた。
つむぐは口の端を上げると、震える指で撃鉄を起こした。
もう黒い球体とはどれ程の距離にあるのだろうか。見えなくなった視界で、闇を睨み付けると、つむぐは力強くその引き金を引いた。
轟音が鳴り響いたのは、閃光の駆け抜けたあとのことだった。
つむぐの放った弾丸は、一つの光の線になると、銃口から激しい火花を散らせながら荒々しく飛び出した。さながら猛獣が牙を獲物に向けて飛びかかるように、目の前に立ちはだかる全てを薙ぎ払う光の線は、一直線に黒い球体へと食らいついた。
仮に黒い球体に感覚があったのだとしたら、自身の命が消えることに恐怖を感じただろうか。
時間にしてそれは刹那に近いものだった。黒い球体へと放たれた光の線は、一瞬にして黒い球体の内部へと入り込むと、そのまま反対側へと突き抜けた。力と力が衝突をする反動さえなく、力の塊であるはずの黒い球体はその形を一切歪ませることなく、反発する隙さえ与えられずに、ただ無慈悲に撃ち抜かれたのだ。
つむぐが銃を撃った反動で後ろへと弾き飛ばされたのは、閃光の後に遅れて鳴り響いた轟音とほぼ同時だった。まるで空中に投げ飛ばれたかのように、つむぐは宙を舞うとやがて地面へと体を強打しながらボールのように弾み、やがて力なく地面へと転がり倒れた。
黒い球体は、空中でその動きを静止させると、まるで砂が風に巻き上げられるように細かな黒い粒子となると端から崩れていく。
「へっ……」
その光景を見て、ドクは呆けた顔をした。驚愕したわけでも、恐れを抱いたわけでもない、ただ目の前の光景を認識するまでに時間がなかったのだ。
「そんな、こんなことが」
ドクは呟くように声を出すと、震える手で腹部を押さえた。しばらくすると押さえた腹部から青黒い液体が、押さえた手の間から流れ出した。それはまるで染みのように腹部から徐々に広がっていく。
ドクは口から青黒い液体を咳き込むように口から吐き出した。
「ああ、なるほど。計算外だった、忘れていたよ、未熟な者程に何をするかわからない」
ドクは息を荒くしながら、地面へと転がるつむぐへと目を向けた。
「命を削ったか。まったく、君達姉弟には振り回されてばかりだな。しかし、これで終わりとは思うな。霊脈の流れは止まらん、運命のままに滅びを受け入れろ」
ドクをそこで目を大きく見開くと、腹部を押さえる手を放すと両手を前へと上げた。圧迫することを止めたせいなのか、青黒い液体は浸食するように胸や足へと速度を上げて広がっていく。
「だが、貴様の死は、私のものだ」
ドクは青白い炎を手に灯らせると、その炎を地面へと倒れるつむぐへと放とうとする。
「じゃあ、貴様の死は、俺が決めてやるよ」
「ぐっ、あああ」
青白い炎をつむぐへと放とうとした瞬間、人影がドクの背後へと現れると、その背中を持っていた獲物で一刀両断に切り裂いた。
ドクは悲鳴を上げると、あっけいない程に、青黒く体全体を染めると粒子となりやがて消滅した。
「間に合ったか。しかし、ずいぶんとギリギリになっちまったな」
そう言うと、その人影は地面へと転がるつむぐへと足早に駆け寄った。
「おい、大丈夫か」
人影は、何度かつむぐの頬を叩くと、肩をゆすった。
「うん、ああ、吐き気がする……」
つむぐは意識を取り戻すと、瞼を薄らと開けた。
「それは、ひどいな。でも、まだもう一仕事が残ってる。悪いけど、残業だ」
太一の言葉につむぐは、まだ意識が朦朧としているのか弱々しく言葉を返した。
「悪徳業者でも、ここまではひどくない。それで、あいつはどうなったんだ」
「死んだよ」
「そうか、助かったよ。ありがとう、太一」
つむぐの言葉に太一は「ああ」と笑みを返して頷くと、つむぐの体を起こした。
「でも、来るのが遅いだろ」
「ああ、悪いな。あのカンリカって子の血を飲んでも、なかなかおまえに撃たれたダメージが回復しなくてな。それで時間がかかっちまったけど、それでも間に合っただろ」
「死ななかったんだから、それでいいだろうが。おまえの様子がおかしいのは、途中からわかってた。確信を持ったのは急に態度が変わった時だけど、あれには実は結構迷った」
「それでも、信じてくれだんだろ。なら、それでだけで十分だよ」
「そうか……」
つむぐは何とか太一に支えられながらも、自力で立ち上がった。
「それにしても、空砲でもあの威力なのか?」
「ああ、結構なもんだろ」
つむぐは咳き込むように笑うと、痛みに顔を歪ませた。
最後に太一を撃った弾丸は、紛い物だったのだ。それでもその衝撃は相手の活動を停止させるには十分な威力を持っていた。死ぬわけではないが、死なない程度のダメージを相手に与えたのだ。つむぐの本来の考えでは、そのままあとで回収するつもりだったのだが、カンリカに頼み太一に血を飲ませて貰っていたのだ。
「皆は、無事なのか」
つむぐは耳鳴りと、霞んで見える視界に目を擦ると、辺りを見回した。
「コルト。それに、おいカンリカ」
つむぐは地面へと倒れるカンリカを見つけると慌てて駆け寄った。呼吸はしているらしく胸が上下していることを確認すると、つむぐはひとまず安堵する。
そしてすぐに再び立ち上がると、コルトの姿を探した。
「おい、コルト。どこにいるんだよ」
目を凝らしながら辺りを確認すると、離れた所で何かが反射していることを見るやつむぐは駆け出した。
その光は間違いなく、コルトが反射をしている光だったのだ。
近くへと駆け寄ると、つむぐは地面へと転がるコルトを拾い上げて胸へと抱きしめた。
「おい、コルト。おいってば」
「多分、おまえが最後に撃った弾丸で力を使ったせいじゃないのか。ずいぶんな威力があったからな、それで今はそんな状態なんだろう」
焦るつむぐの背後から太一がカンリカを抱えて近づくと、つむぐへと声をかけた。
「そうか、なら、いいんだけど」
しかし安堵するも、すぐにそこは地鳴りと共に激しい揺れが襲った。
「何だ、おい」
「そうだ、太一。あいつが霊脈の力を写し世への門に流れ込ませてるとか、そう言ってたんだけど、それってどうやって止めるんだ」
激しい揺れに体制を崩しながら、つむぐは思い出すように話すと、太一は顔を青ざめた。
「何、そんなことをしたら、何が起こるかわかったもんじゃない。そんなもん火口のなかに爆弾を投げ入れているようなもんだぞ」
「止める方法はないのか」
太一は首を捻ると、声を唸らせた。
「門が開いてる状態じゃ、どうにもできない。いや、でも……」
「何だよ、何か方法があるのなら早く言えよ」
つむぐは太一に声を荒げると、急かすように太一を怒鳴りつける。
太一は言葉を濁すが、揺れが激しさを増すと、表情を曇らせると呟いた。
「誰かが、向こう側に行って、こっちと向こうで同時に門を閉じれば。でも、絶対とは言えない、何の確証ない。それに、向こう側に行った奴はこちらには戻ってこられない」
「それは、いや、他に何か」
つむぐは頭のなかに太一が鍵祭りで話した内容が浮かび上がった。門を閉じる為に、誰かが人柱になる。それが真実かはわからない、しかし仮に本当にだとするのなら可能性が高いのは、その方法でもあるのだ。
「すまん、他に方法は思いつかない」
太一は頭を下げるが、その瞳には強い意志がやどっていた。
「俺が行く。そもそも今回のことは、俺にも原因がある。この土地の管理をする一族の者として、俺が行くのが妥当だ」
つむぐは太一の突然の言葉に驚く、その胸倉を掴んだ。
「ふざけんな。おまえ、桜ちゃんや親父さん達はどうするつもりだよ。こっち側には戻れないんだぞ。それで、ああそうですかって簡単に送り出せるわけないだろ」
「じゃあ、他に方法があるのかよ」
太一はつむぐに怒鳴り返すと、悔し気に歯を食い縛った。
「あるよ……」
二人は急に割って入った声に静止すると、その視線を下へと向けた。
そこには薄らと目を開けたカンリカがつむぐ達を見上げていた。
「私が行けばいいんだよ。私は、元々は写し世の住人だから、それがたまたま偶然にこちら側にやって来られただけだし。だから、元の場所に戻るぐらい何でもないよ。それに人間が写し世なんか入り込んだら、それこそおしまいだよ。戻れるチャンスなんてありえない」
カンリカは太一から離れると、よろけながら立ち上がると、二人を見つめた。
「でも、私ならさ。君達が年取って死んだ後でも生きてるし、まあチャンスがあるかはわからないけど。待ってられるから、だから、ここでお別れにしよう」
「そんなこと……」
つむぐは言葉を詰まらせると、目に涙を溜める。
「ここで泣くかな。つむぐくん、元は私が頼んだんだよ。友達の仇を取りたいって、その約束は守ってくれたから。だから、今度は私が君の役に立つよ」
カンリカも声は自然と声は震えていた、しかし決して涙は見せず「だから、ごめんね」と、そう言いながらつむぐを抱きしめた。
つむぐの頬を涙が流れた。悲しさや切なさ、何より自分がどうにもできない悔しさから、自然と流れてしまう。
太一はそんな二人を見つめながら、ただ黙ると、その拳を握りしめた。
「つむぐ、時間はもうない」
「ああ、やろう」
つむぐは太一の声に涙を拭うと、力強く答えた。
つむぐ達は激しさを増す揺れのなか、急いでその場を離れると、七色の光を目指していた。
そして七色の光が落ちる深い暗闇を眺めながら、カンリカはその目の前に立っていた。
「霊脈の流れは、今は写し世の門へ流れています。ここから行けば、おそらく向こう側へと出られるはずです。門を閉じれば、霊脈も元の流れに戻るはずです」
太一はおおまか話を済ませると、カンリカに頭を下げた。
「一族を代表して、あなたに感謝の意を表します」
「そんなに大袈裟にしなくていいよ。それに立場上、それはまずいでしょ」
カンリカははにかむと、頭を下げる太一を見ると、その視線をつむぐへと移した。
太一は黙って頭を更に下げると、その頭を上げる。
「お別れだね。いや、何か色々あったような気もするけど、私って全然役に立ってなかったね。本当、最後の最後で役に立ててよかったよ」
カンリカは開けっ広げに笑うと、優しく微笑んだ。
「そんなことない。カンリカのおかげで、ここまで来れたし、カンリカがいなかったら俺は回復もできずに、あのままきっと倒れていた。色々な情報もくれたし、いっしょに戦ってくれた。僕の方こそ、いつも助けて貰ってばかりで」
つむぐはそう言うと、顔を俯かせる。
「そんなことないよ。つむぐくんがいなかったら、できないことの方が多かったよ。ほら、そんな顔しないで、お別れの時は笑っておくもんだよ」
カンリカはつむぐの頬をつねると、吊り上げた。
「ひてて」
つむぐは頬を吊り上げられて笑みを作らせると、精一杯笑って見せる。
「そうそう、それが一番だよ」
カンリカは可笑しそうに笑うと、その手を離した。
「それじゃ、もう行くね」
カンリカはつむぐの笑顔に頷くと、その背を向けた。
「ああ……。その、またな」
カンリカはどんな顔をしているのだろうか。つむぐは崖の淵に立つカンリカの背中に、願うように声をかけた。
カンリカはその言葉に体を動かすと、ただ口を閉じていた。
そして、次の瞬間、何も言わずにその一歩を踏み出した。
「またね……」
そう言って肩越しに最後に振り返るカンリカの顔を、つむぐは生涯忘れることはないだろう。明るく気さくで優しい人だった。出会った時は悲鳴を上げて逃げられ、次に会った時はお互いに知り合い、頼みごとを持ちかけられ、困った時には助けられた。出会うにはあまりにも偶然で、その別れはあまりにも早い。
つむぐは差し出しかけた手を、自分の心で抑えつけた。またの再開を願い、カンリカはその別れを終えたのだ。ならば自分のすることは、未練に手を差し伸べることではない。別れを惜しみ、涙を流すことではない。
「絶対。いつか、また……」
つむぐは虹の光へと消えた少女へと、最後の別れを終えた。
事態の収束は、思う以上に早かった。
太一とカンリカのおかげで、写し世への門は閉じられ、霊脈の流れは元へと戻り、日常は平穏なものへと戻りつつあった。
あの場所での出来事は、今後一切において口外しないことをつむぐは約束し、その後は太一の親父さん達に土下座する程に感謝された。
町での出来事は真実を隠したまま、未解決の扱いとなり、そのまま誇りを被っていくのだろう。
つむぐは土手の芝に座りながら、呑気な顔をしながら流れを見つめていた。
その横には回復したコルトが、同じく川の流れを眺めていた。
「そうか、あれは、行ってしまったのか」
「ああ、またねって言ってたぞ」
つむぐは回復したコルトにドクとの戦いの後の出来事を話して聞かせていた。
「またか、いつ戻ってくるのやら」
「すぐに帰ってくるさ」
コルトは横目でそう話すつむぐの顔を見つめると、溜息をついて立ち上がった。
「それにしても、今回は疲れた。さすがにもう駄目かとも思いもしたが、結果的には問題がなくて何よりだ」
つむぐはコルトを見上げると、そのまま寝転んで青空を見上げた。
「問題がないわけじゃないけどな。神社は燃えちまったし、町の一角は焼け野原になるし。あっ、そういえば。桜ちゃんの退院が決まったって、さっき電話がきたぞ。元気になってよかったよ」
つむぐは微笑むと、今度は空を漂う雲を眺めながら、背伸びをする。
「そういえば、ここらへんだったよな」
「何がだ」
コルトはつむぐへと目を移すと、小首を傾げた。
「変な人に、コルトを貰った場所だよ。そういえば、あの人って誰だったんだ」
「ああ、あれは夏木の仲間だよ。少々変わり者だったがな、最後に私を君へと送り届けてくれたんだ」
つむぐは少し間を置くと「そうか」とだけ答えると、服についた草と土をはたきながら立ち上がるとコルトの横に並ぶ。
「なあ、コルト。その、僕の姉さんって、どんな人だったんだ」
「うん、ああ……」
コルトは横に立つつむぐを見ると、懐かしそうに目を閉じた。
「そうだな。性格は君とは逆かな、少々横暴で思いついたら即行動し、他人の言うことなど聞きもしなかった。しかし、彼女は誰よりも優しかった」
コルトは目を開けると、流れる川を見つめるつむぐの姿を横目で見つめた。
「そこは、君と似てるな」
「そうか、僕の姉さんは、元気な人だったんだろうな」
「ああ、あれは歩く火薬庫だ。歩けば騒ぎを起こし、騒動があれば首を突っ込む。でも何より面倒なことが、酒を飲めば弟の話ばかりをすることだった。一度だが、弟、つまり君の話をしている時に馬鹿にされてな。それはもう仲間達が夏木を止めるのに苦労してたよ」
つむぐはコルトの話を聞きながら、恥ずかしそうに頬をかいた。
「それは、何っていったらいいのか」
「気にするな、愛されてたんだよ」
つむぐは、溜息をつくと、川の流れをしばらく見つめていると、突然思い出したように声を上げた。
「あっ、そういば。思い出したよ」
「えっ、何をだ」
コルトは突然声を上げたつむぐに驚くと、その視線をつむぐへと向けた。
「僕さ、昔ここで変な人に会ったことがあるんだよ」
「急に何を言いだすかと思えば」
「いやさ、小さかった頃なんだけど、その人急に僕の前に現れて言ったんだよ。願いを一つだけ叶えてやるから、変わりに私の子分になれって」
「はあ、それで君はそれを信じたのか」
つむぐは苦笑いを浮かべると、「まあ」と頷いて見せる。
「でも、悪い人じゃなかったよ。いやむしろ面白い人だったのかな。本当に短い間だったけど、いつも楽しそうにしてたし。僕も僕もで、いっしょになって遊んでたから」
コルトは呆れた顔をすると、軽く息を吐き出した。
「君には警戒心がたりないよ。それで、そのつむぐの願いは叶えてもらったのか」
つむぐは困った顔をすると、笑みを浮かべた。
「それが、世界が幸せでありまように、何てことを言っちゃって」
「おい、本気でそれを言ったのか」
「まあ、子供だったからな。両親を戻してくれなんて願いは叶うわけないし、なら世界が幸せならそれでいいかと」
コルトは疲れた顔をして、目頭を押さえた。
「でっ、相手は何と答えたんだ」
「それが、その人驚いた顔したと思ったら急に笑い出して、その願いを聞き届けようって」
コルトはその答えを聞いて、その顔を上げるとかすかに唇を動かした。そして手を顎にあてて何かを思案すると、深く溜息をついた。
「そうか、なるほどな」
「えっ、何だ」
呟いたコルトのかすかな声に、つむぐ聞き取れなかったのか。小首を傾げながら、コルトを見つめた。
「いや、馬鹿な願いを聞いた奴もいたものだと思ってな」
「そうか、僕はそうは思わないけど」
「まあ、少なくともその願いは、相手にとっては救いになったはずだよ」
つむぐはコルトの言葉を理解できずに、眉間に皺をよせたが、すぐに話を戻した。
「でも本当に不思議な人だったよ。何せ、私は魔法使いなのだって、胸張って本気で言ってたからな」
つむぐは思い出したのか、その顔に笑みを浮かべた。
「そうか、君はずっと昔に魔法使いに合っていたわけだ」
「ああ、そういうことになるな」
つむぐは懐かしそうに目を細めると、澄み渡る空を見上げた。
僕は昔、魔法使いに会ったことがある――。
魔法使いのねがいごと 天灼 聡介 @sa-channel
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