第39夜

 轟音と共に、黒い弾丸が放たれる。左手に持ったコルトは反動によって、つむぐの手から力なく離れると、そのままアスファルトの地面を転がっていく。

 放たれた弾丸は、一直線に男へと吸い込まれるように突き進み、どうしたとしても避けることなどできない。つむぐはもちろん、全員がそう信じていた。

 しかし、その望みは寸前のところで砕かれる。

 男に弾丸が当たる直前、男の姿が突然目の前から消えたのだ。それは避けたわけではなく、ただ忽然とその場から姿を消したのだ。まるでそこに始めから誰もいなかったかのように、カンリカの必死に掴んでいた手が空を切った。

「危ない、危ないな」

 男は次の瞬間、屋上の隅へと姿を現すと、にやつきながら楽しげに笑みを浮かべている。

 つむぐは唖然とした顔をする。カンリカも同じ気持ちだったのか、口を開けて目を見開くと声にならない声を出している。

「空間を移動しただと」

 そんな二人の後ろから、人の姿に戻ったコルトが驚いた声を上げる。

「あいつ、瞬間移動みたいなことができたのか」

 つむぐはコルトの言葉にそう聞き返した。

「いや、あんな状態では……」

 コルトは目を細めると、カンリカとつむぐに視線を移す。

「おい、つむぐを連れてここから離れろ。結界の方は私が何とかする、だからここからなるべく遠くへ逃げろ」

 コルトはそう言うと、つむぐを守るように男と対峙する。

「そんなこと、できるわけ」

「いいから行け」

 カンリカの言葉をコルトは遮ると、声を張り上げた。

「逃がさないよ、駄目だよ。せっかく楽しいのに」

 男は相変わらず不気味な笑み浮かべているが、その視線をカンリカへと向ける。

「まずは、君がいいかな。君は邪魔だから、邪魔だから」

「逃げろ、カンリカ」

 思わずコルトがそう叫ぶが、誰もカンリカへの手は届かない。コルトは叫び、つむぐはかろうじて留めている意識はあるものの、もはや動くことができない。

 カンリカは覚悟を決めると、男を睨み付けた。最後のその瞬間まで、自身を殺す相手の姿を目に焼き付けようと考えたのだ。

 男は跳躍とすると、カンリカへと向けてその刃を突き出した。

 しかし、次の瞬間その刃は宙を舞うと、乾いた金属音を立てながらアスファルトの上を転がり、男は突然間に割り込んだ人物に吹き飛ばされた。

 そしてその間に入った人物は、すかさず短刀をアスファルトの地面へと突き刺した。すると辺り一帯に無数の光が走ると、何かが割れたような激しい音をたて、やがて屋上に夜風が吹き始める。

「逃げられた」

 短刀を抜き取り、その人物はそう呟くと、つむぐの元へと駆けて行く。

 つむぐは朦朧とする意識のなか、霞がかった目で、駆け寄ってくる人物を見つめるがぼやけた視界では視認することができない。

「大丈夫ですか、先輩」

 しかしその耳に聞こえた声は、どこかで聞いたことがあるんじゃないかと、消えかかる意識のなかで最後にそう考えながら、やがてそこでつむぐの意識は途絶えた。

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