真夜中プロポーズ大作戦

穂村ミシイ

真夜中プロポーズ大作戦

 

「さおりちゃんと出会ってもう五年が経つね。」


 おろし立てのスーツで着飾り、高級なシャンパンを持つ。夜景が指揮する極上のフレンチ料理の数々。


「大学生の頃は僕なんかがさおりちゃんと付き合える訳ないって思ってた。あの日からずっと僕は、夢を見ている気分なんだ。」


 今日は僕にとって最高の一日になるはず。いや、僕たちの忘れられない一晩になるだろう。


「ずっと、ずっと、大好きなんだ。これからもずっと、さおりちゃんの隣に立っていたい。だから……。」


 この日の為に入念に準備しておいた。予習は完璧。目の前のさおりちゃんは美しい。

 スーツのポケットから取り出すは小さな小箱。それを彼女の前でパカッと開いて見せた。


「さおりちゃんさえ良かったら、僕を婿養子に貰って下さい。」


 さおりちゃんは日本有数の財閥令嬢。はたや僕は、冴えないサラリーマン。彼女の父親にようやく認めてもらえて、やっとの思いでのプロポーズ。


「こんな僕だけど、これからも頑張るから。僕と結婚して下さい。」


 何度もシュミレーションを重ねて、絶対に噛まないように練習もした。結果は自分でも完璧だったと思う。上出来だ。あとはさおりちゃんが指輪を受け取ってくれれば……。


「……。」

「…………さおり、ちゃん?」


 中々返事が返って来なくてギュッと閉じて俯いていた視線を彼女に向けた。目の前に座るさおりちゃんは、なんとも言い難い、微妙な顔をしていた。誰が見ても分かった。彼女は喜んではいないな、と。


「…………つまんない。」


 僕の一世一代の大勝負は、彼女のこの一言で惨敗が確定した――。


 さおりちゃんの言葉に頭が真っ白になった僕はそこからどうやって帰ったのかすら覚えていない。我に返ったのはプロポーズが失敗して一週間が過ぎた頃、流石に冷静になってきた。


 なにがダメだったんだ?

 さおりちゃんは僕のこと、嫌いだったの?

 やっぱり僕なんかと結婚したくないってこと?


 どんなに考えても答えは出ない。ならば本人に直接聞くしかない。半ばやけくそ気味にさおりちゃんの家に押しかけた僕は今、豪邸の一室の大きなテーブルを挟んで彼女と対峙していた。


「さ、さおりちゃん、僕のこと嫌いになった?」

「ううん。」

「他に好きな人が出来たの?」

「いいえ。」

「僕の結婚が嫌なだけ?」

「そうじゃないよ。」


 動揺を隠せない僕と、冷静なさおりちゃん。彼女が何を考えているのか、一切分からない。そんな状況が僕を余計に苦しませる。


「じゃあどうして!?」


 発した声は自分で思っていたよりも大きくびっくりするほど。


「貴方のことは好きよ。結婚もしたいと思ってた。でも……、」

「…………でも?」

「プロポーズがありきたりでつまらなかったから嫌なの。」

「……え!?」


――まさかの、そんなことって……。


「つまり、プロポーズが良かったら結婚してくれるってこと?」

「うん。」

「…………なるほど。」


 さおりちゃんが僕のことが好きで、結婚したいと思ってくれている。そんな彼女が求めているプロポーズを僕は、出来ていなかったんだ。


――なんて事だっ!!


「さおりちゃん、僕頑張るから!」

「……?」

「さおりちゃんが結婚したくなるプロポーズプランを考えてくるよ!!」


 そこから僕の、プロポーズ大作戦が始まった。


「空からの夜景はどう?」

「……綺麗!」


 一晩ヘリコプターを貸し切って上空からの景色を堪能。美しい夜景がロマンチックを演出。これなら喜んで貰えるはずだ。


「まだまだこんな事しか出来ないけど、僕はさおりちゃんが好きなんだ。結婚して下さい。」

「……ヘリコプターの音がうるさくて聞こえない。」


 これは誤算だった――。


「コテージから見える海はどう?」

「凄い、魚が泳いでいるのがはっきり見えるわ!」


 空がダメなら海だ。ニューカレドニアの水上コテージへ旅行に誘って二人きりの時間を存分に楽しんだ後、静かな小波に見守られながらのプロポーズ。


「僕は頼りないかもしれないけど、さおりちゃんへの愛は本物なんだ。結婚して下さい。」

「……月が出てない。ロマンチックが足りない。」


 なるほど、確かにそうだ。僕の配慮が足りなかった。月が隠れている日を選んでしまったなんて。


 これも失敗だ――。


「ここは国内有数のイルミネーションが楽しめるんだ。」

「満月とイルミネーションの組み合わせが見事ね。」


 国外は天候の判断が難しい。ならば国内だ。仕事の関係者のツテを借り、貸切のイルミネーションを用意した。そしてもう一つ。


「僕は平凡だけど、この百本のバラのように美しいさおりちゃんを生涯幸せにします。結婚して下さい。」

「……バラ、重たい。」


 僕の100%の愛情は重すぎた。花の好きなさおりちゃんの為に準備したが、これは後で配送しよう。ムードが台無しだ。


 またまた失敗――。


 その後も僕は何度も何度も計画を立て、実行したけど。彼女が喜ぶ事も、首を縦に振る事もなかった。


「寒すぎから嫌だ。」

「雨が降っているから嫌だ。」

「昼間だから嫌。」


 仕事をこなし、家に帰って、寝る間も惜しんでプランを立てて予約をとって。それでも彼女は不機嫌なまま。


「言葉に説得力がない。」

「そんな表情じゃ嫌。」

「爪が伸びてるから嫌。」


 プロポーズ大作戦を開始して半年は経っている。それなのに、彼女の心を射止められない。彼女のプロポーズを断る理由ももう、意味が分からなくなってきた。


「さおりちゃん、もう幾つものプロポーズの言葉を送ったね。僕は鈍感で女心が分からないから、君の機嫌を損ねる事があるけど。それでも好きなんだ。君がいないと生きていけないぐらい、愛してる。」


 深夜十二時の鐘が鳴り響く時計台の下。美しい三日月、温厚な気温、満面の笑み。それから綺麗に切り揃えた爪。


「どうか、僕と結婚して下さい。お願いします。」

「……。」


 もうプランもクソもなく、縋り祈る僕を無表情のさおりちゃんは見下ろしている。


「……靴擦れが痛いから。」


 それはプロポーズを断る理由にならないのでは?


「……やっぱり、僕との結婚が嫌なんだね。」

「ううん、そんな事ないわ。」


 そうとしか考えられないよ。君は、僕のこと嫌いなんだね。だからこんな嫌がらせみたいな理由でプロポーズを断るんだ。なんて、罪深い女性なんだ……。


「それでも、どんな事を言われたって僕は君が好きなんだ。」

「……泣いて、いるの?」


 大好きなんだよ、僕は君しか愛せないのにっ!!


「当たり前だろ。僕はっ、僕はずっと……君だけの為に生きているんだっ。」


 さおりちゃんの為ならこの命だって捨ててあげる。僕と結婚したくないならいっそ、殺してくれよ。


「他にも好きな人がいるんだろ?」

「そんな人、いないわよ。」

「だったらなにが不満なんだ、なんでプロポーズを了承してくれないんだよっ!?」

「…………それは。」


 三日月は僕の怒鳴り声にビビったらしい。雲に隠れてしまった。彼女も一緒だ。焦り、戸惑いが顔に張り付いている。


 辺りは険悪な空気と重い暗闇が支配して、生き物は息を殺してこの最悪な真夜中が明けるのを待っている。


「それは、なに?」

「…………。」

「僕に言えない理由?」

「…………。」

「どうしてなにも言わないの?」

「…………。」


 黙ったままの彼女。一体何を隠しているの?

 でも、それでも良いんだよ。さおりちゃんが何を隠していても、浮気していても。僕のところに帰って来てくれるなら、僕は。それで良いんだよ……。


――なんで分かってくれないんだっ!!


「何も言わないなら、そのまま黙って僕と結婚しろ。」


 驚いた表情で僕を見つめる彼女と三日月。辺りは僕らの周りだけスポットライトが当たっているようだ。


「僕が幸せにしてやるって言ってるんだ。生涯をかけて、いや生まれ変わっても溺愛してやる。」


 さおりちゃんは両手で口を押さえて顔を赤く染め始めた。怒っているのだろうか。でもそんな事は知らん。僕の言葉を聞けっ!


「こんな僕が結婚してやるって言ってるんだ。さっさと僕について来い!!」


 息切れ、怒り、酸素が脳に足りてない。

 沈黙が二人の間を流れた事でようやく、自分がさおりちゃんに何を言ってしまったのか理解して、どんどん血の気が引いていく。


「あっ、違う。その、こんなつもりじゃなかったんだ。こんなの僕じゃなかった。ごめ……。」


「嬉しい!!」


「…………え?」

 

 焦って深く頭を下げようとした時、さおりちゃんの満面の笑みと涙を浮かべた瞳が目に入ってびっくりした。


「私を貴方のお嫁さんにして!!」

 

 思いっきり抱きついてくるさおりちゃん。こんな表情は初めて見た。なんて可愛いんだ。


「私ね、貴方の男らしい姿を見てみたかったの。貴方、ずっと自分の事を下に見ているようで、それがずっと嫌だった。だから今の男らしい姿が見れて嬉しいの!」


――そうだったんだ……。


「ううっ……、ありがとう。さおりちゃん。」

「ふふ、なんで泣いてるのよ?」

「だって、だってぇ〜!!」


「トオルさん、私を幸せにしてね?」

「当たり前だ。」


――他の男なんて眼中に入らないぐらい愛してやる。

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