ライフライン

みよしじゅんいち

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「TmitterのDM不具合いつ直るんでしょうね」アルのツミートの通知が来る。

「ウイルスのせいだろう。鍵垢も全部オープンになったらしいな」タマキからレスが入る。

「DMなんて何に使ってたの?」気になったので聞いてみる。

「えー。いろいろありますよ。ゲームの感想とかネタバレツミートしちゃうのマナー違反ですし。トモヒコさん、使わないんですか」

「いや、使わないことはないけどさ……」

「とにかく使いにくくて困ってます。セキュリティが前から心配だったんですよね。僕だったらこういう仕様にしないなあって思ってました」

「アルくんは天才ハッカーだもんね。いろいろプログラムのアラが見えちゃうのかな」と合いの手を入れてみる。

「そうですね。……ツミート公開されてしまうので詳しくは書けませんけど、アノマリ検出が杜撰なんです。あとDMの公開鍵インフラのところもイマイチで」

「専門用語が多すぎて宇宙人と喋ってるみたいだ。ちょっと筋トレしてくる」タマキが話を中断しようとする。窓の外で野良猫が激しく鳴き合っている。ケンカしているのか発情しているのかよく分からない。


「Tmitterはともかく、awazonがウイルスにやられたら怖いよね」と聞いてみる。

「そこは世界政府のセキュリティが撃退するはずだ」筋トレに行ったはずのタマキがリプを返す。

「いやー。でも、ここまでの経過を見ると、ちょっとね」

「はい。インターネット壊滅で、もう何年も前からTmitterが唯一の通信手段になってましたから。もっと早くTmitterも政府管轄にすべきだったんじゃないですかね」

「政府への批判は感心しないな」タマキが敏感に反応する。

「あー。まあ、批判って訳じゃないですけど」アルが弁解する。

「awazonはライフラインだから政府も厳重に管理している。この間もawazon管轄の食品工場へのテロ等準備罪で大粛清があったばかりだ」

 大粛清か。政府の公式Tmitterにテロ組織幹部の顔写真が並んでいたのを思い出して、暗澹とした気持ちになる。組織は本当に壊滅したのだろうか。

「もしawazonが使えなくなれば大変なことになる」タマキが続ける。

「外で食料調達しなくちゃいけない」とトモヒコは補足してみる。

「外かあ。外ってどんな所なんですかね」アルがレスを返す。猫の鳴き声が激しさを増して来たので雨戸を閉める。


「そうか。アルはいま14歳だったっけ。外の世界を知らないのか。外はウイルスだらけなんだよ」トモヒコは複雑な心境でツミートする。

「? あ、そっかウイルスってコンピュータに感染する奴だけじゃなかったですね」どうもアルの知識には大きな偏りがあるらしい。

「おいおい。どうして俺たちが15年間も引きこもってると思ってるんだ」タマキが反応する。

「学校で習わなかった?」と聞いてみる。

「学校がオンライン授業をやってたのは10年前までですから、あんまりその頃のことは詳しくないんです」

「一応おさらいしておこうか。16年前にガメオウイルスっていう恐ろしいウイルスが発生した。空気感染して致死率は100%。だが、潜伏期間が1年間あって、発症するまではどんな検査にも引っかからないし、発症前も人に感染させる力がある(続く)」

「人口は1年で100分の1になって、世界政府が発足。人類絶滅の危機を救うため、ウィルスが死滅するまで人類は家に引きこもることになった。そこからさらに人口は100分の1になった。最初は1年程度の自宅待機で済むはずだった(続く)」

「ところが、町から人間が消えてもウイルスは消えなかった。宿主を猫に変えて生き延びたんだ。世界政府は猫を駆逐しようとしたが、皮肉なことにウイルスに感染した猫の生命力は飛躍的に増大して、いまも大繁殖を続けている(続く)」

「おかげで待機期間は1年延び、2年延び、15年経った今も我々はこうして引きこもっているって訳だ(終わり)」

「そうだったんですね。勉強になりました」そのくらいのこと、聞いたことがなかった訳はないだろうが、世慣れたアルは上手に返信する。

「さっき言った、食品工場へのテロ。あれはウイルスで食品を汚染するのが目的だったらしい。まったくテロ組織と言うのは何を考えているのか分からないな。あれは筋肉の鍛え方が足りんのだ。君たちも筋肉を鍛えた方がいいぞ」猫の鳴き声は止み、雨戸を引っ掻いている音がする。


 全部嘘っぱちだ。と、トモヒコは立ち上がり、雨戸と窓を開けて猫に餌をやる。猫はガメオウイルスに感染してなんかいない。トモヒコは猫を抱き上げて、耳の付け根の辺りを撫でてやる。もう何年も前から猫に餌付けをしているが、トモヒコに感染の症状はまったく現れない。

 政府の要職は宇宙人で占められている。そして、我々人類は宇宙人の食料だった。awazon工場の襲撃にはトモヒコも加わる予定だった。目的は食料として捕獲された人たちの救出だったが、襲撃メンバーは宇宙人政府の防御システムに阻まれて全滅してしまった。今ごろ仲間は宇宙人の腹の中なのだろう。トモヒコは猫の看病をしていて参加できなかった。

 それからしばらくしてTmitterのDMや鍵垢が使えなくなった。政府が破壊したのだ。DM上でレジスタンスの集会が行われていることを察知されてしまったのだろう。トモヒコは自分自身を慈しむように猫の背中を撫でる。


 厳しい戦いになる。レジスタンスの生き残りはトモヒコの他にどのくらいいるのだろうか。ハッカーのアルが味方についてくれれば心強い。密談ができない状態でアルだけに真実を伝えるにはどうすればいいのか。トモヒコはここ数か月というもの、アルの好きなゲーム「ロゼ」をやり込んで、かつての世界ランキングならベストテンに食い込むくらいのレベルに上達していた。ゲームの話をしている風を装って、なんとかアルに真実を伝え、アルの力でTmitterのDMを復活させる。そしてレジスタンスを立て直す。それがいまのトモヒコの希望だった。二匹目の猫に餌をやっているトモヒコの後ろでTmitterに新しい投稿があった。

「そういえば、トモヒコさんもロゼやってましたよね。まだできてないんですけど、昔みたいにオンライン対戦できるように改造中なんですよ。完成したら、今度いっしょに遊びませんか?」

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