相撲部の俺が一コ上のチビ先輩(♂)にキュンキュンするのは全部真夜中のせいだ

鱗青

相撲部の俺が一コ上のチビ先輩(♂)にキュンキュンするのは全部真夜中のせいだ

 土俵の横で、手をつく部分に年輪が浮き出るくらい使い込まれた鉄砲柱へ日課の突っ張りテッポウ二千回をぶちかましている時。相撲部主将からマワシの腰を叩かれた。

「精が出るな塩山しおやま、夏の大会終わったばかりなのに」

「勝ってかぶとのなんとやらスから」

 俺の返事に主将は人好きのする笑顔で「ところでアレなんだが」と稽古場けいこば入口のすみに置かれた大きな焼物の壺をあごで示す。

「あの壺、どう思う?」

「昨日までは無かったとしか言えんス。優勝の祝い品か何かで贈られたんじゃ?」

「そんな報告はない。それに蓋の下からパシャパシャ怪しい音もする」

 俺は眉間みけんを引き締めた。

「主将の命令だ。開けてみ」

 バキボキ指を鳴らしながら壺に近寄る。蓋に指をかけ、

「ぬっせい!」

 とけざま中身を引上ひきあげた。

「どこの学校モンだぁ⁉︎スパイ活動なんかしやが…」

 脅し文句が尻すぼみになる。襟首えりくびつかまれてブラ下がるのは、ウチの制服ブレザー。だが大きさサイズが小学生のそれだ。

「主将、ここ初等部とかあったんス?それとも座敷童ざしきわらし?」

ちがわい!離せよデカブツ!」

「新聞部の初田はったじゃないか」

 デジカメを首にげたチビ野郎は食い気味に訂正する。主将とタメ口という事は三年生、俺の一つ上の学年というわけだ。

 顔の上半分を隠すモサ髪の下に、馬鹿でかい丸眼鏡。恐らく極小サイズなのにそれでもズボン裾をたくし上げている。

「何笑ってんだよ」 

 俺をにらみつける。思い切り殺意を込めた眼力らしいが、小動物の威嚇いかくというか…

「暴れんなよ。無断侵入したほうわる…」

 拳を振り回す初田をいなす俺の片手がカメラにぶつかった。

 がしゃん。

 ストラップが外れ、床に落下し嫌な音を立てた。

 さぁっと相手の顔がしらむ。俺も固まる。

 主将がカメラを拾い上げ、電源ボタンを押して一言。

「壊れた」

 指から振動が伝わる。視線を下げれば、吊り下げた相手が着信を受けた携帯のようにブルブル震えていた。そしてブワッと泣き出す。

 おいおい、大の(体格は小学生並だが)高校生がカメラごときで!

「こういう機材って意外と高価たけんだぞ。こりゃ弁償する必要が…」

「金なんて無いスよ」

「じゃあ僕の言う事きいて。それくらいしてよ!」

 短い腕で涙をぬぐう小さな先輩と主将の提案に、俺は渋々しぶしぶ頷いた。


貧乏びんぼうくじ引かせたみてえで悪いな』

 携帯スマフォの向こうの主将に、壊したのは俺だから仕方ないスと返す。着込んだ制服の袖をまくると、腕時計の時刻は丁度ちょうど午前零時れいじ。校門前で待合せだが…十分前じゅっぷんまえ行動もできないのかあのチビ。

『夜の学校で蝶の羽化の写真撮るとか、大丈夫かアイツ。相当な怖がりなのに』

「そうなんス?」

『修学旅行で一人で便所に行けなかった』

 ぺっ、情けない。

『にしても人気ひとけない場所に青少年が二人きりか…』

「火気とか気をつけるス」

おそうなよ』

 俺は飲んでいたコーラを吹き出した。

『まさかと思うそれが危ない。だって塩山、彼女いねえし』

「俺の好みは目がクリッとした勝気かちき系、たま〜に甘える可愛い子ス‼︎」

 ニヤニヤしている気配の主将の通話を早々に切る。最悪の気分のところへ声を掛けられて「ああ⁉︎」と怒鳴ってしまった。

 初田がたじろいでいた。体中に機材を巻き付け、大きなかばんを提げている。

制服ブレザー似合わないね。遠目からだとかべみたいだったよ」

「誰が妖怪だ。さっさと終わらすぞ」

 後ろからついてくるが、歩幅ほはばが狭いので一々いちいち待たねばならない。ふと気付くと上着のはじを握られていた。

「だって…夜の校舎って不気味ぶきみで」

 ウザ。俺は初田の手を汚物おぶつのように振り払う。

 コの字型の校舎を回り中庭なかにわのベンチ脇、だいだいの樹が目的地。初田は荷物を全部ベンチの片側に寄せて置き、すぐかたわらの高く伸びた照明にホッとする。

「LED設置されてる!良かった〜」

 去年もここで同じ蝶の写真を撮ろうとしたのだが、一人では辿り着けなかったと言う。

「珍しい種類で、明け方じゃなく真夜中に羽化するんだ。今年はさなぎが三匹いたんだけど、もう最後の一匹…ジャストタイミングだったみたい。殻の中で模様が動いてるの見えるでしょ?横の照明がいい具合だね。脚立きゃたつ借りてくるから僕を支えて…どうかした?」

 俺はつとめてゆっくりかぶりを振る。視線を逸らそうとしても目が自然とソレに向いてしまう。カリギュラ効果ってやつか?

「もしかして虫嫌い?」

 否定しようとして喉を詰まらせてしまった。

「そか。じゃ脚立は諦める」

 笑えよ。馬鹿にすりゃいい。デカい図体ずうたいで相撲してるわりに、ちっぽけな虫が怖いんだと。

「苦手があるのは人間だもん、当然じゃん。それより夜食やしょく作ってきたから腹拵はらごしらえ!写真は体力勝負♬」

 少し胸がチクリとした。

 初田の隣に並んでベンチに腰掛けると、鞄から大きなタッパーを出してきた。中には…

 おからドーナツ、卵たっぷりカステラ、飲物は保冷タンブラーのレモンラッシー。

 高蛋白たんぱく・炭水化物・ビタミン・ミネラルのそろったものばかり。間食でも気にせず食べられるメニューになっている。

「…お」

 食べてみて思わず感嘆かんたんが漏れた。

 手が止まらず、次から次に口へ放り込む。すごい。大会で勝った時だけチヤホヤする女共おんなども差入さしいれる脂肪分の塊スイーツより舌触りも味も良い。ドーナツに仕込しこまれた胡麻ごまなんかもう、泣けてくる。

みるぜ…」

 満腹になったのどを、ラッシーの甘酸っぱさが洗い流す。完璧だ。

「男のくせに菓子作れんのか」

「付き合ってくれるんだもん、これくらいはね」

 エヘンと鼻の下をこする指には、もれなく絆創膏ばんそうこうが貼ってある。料理にけている訳でもないのだろう。

 有難うごっつぁん…という言葉が出かけて飲み込んだ。なぜか腹の上が温かくて、むずがゆい。

 さて準備だと、初田はヘアゴムを口にくわえ髪を後ろにまとめる。その動作が色っぽいと感じてしまう…きっと夜のせいだ。

「アナログカメラで露光ろこうの高いフィルム使うけど、そのぶん他の光には弱いから携帯スマフォ出さないでね。ハイこのレフばん持って」

 銀色の丸い板のような物を渡され、照明を反射させるよう角度と高さを細々こまごまと指示される。

「おいコレいつまで──」

 文句をつけようとして絶句した。

 ベンチに立ち上がり手摺てすりに片足を乗せ、不安定な姿勢でカメラを構えピタリと静止している初田。

 俺は知っている。土俵上で力士が見合った時のみなぎるオーラ。初田の小さな肉体が、真剣勝負…勝つ生きる負ける死ぬかの瀬戸際せとぎわの気合に満ちていた。

 眼鏡も外し、前髪がかかっていた顔もあらわだ。その横顔に呼吸が止まってしまう。

 長い睫毛まつげ。黒目がちな大きな瞳。細い眉。鼻が小さくて、唇は頼りない照明の下でも分かるピンク色。愛くるしいという単語が適切な顔立ちを、撮影にかける緊張感が怜悧れいりな輝きとなっていろどって、より魅力を引き立たせている。肌理きめの細かな乳色ちちいろうなじ

 まずい。何かが非常にまずい。俺は胸骨きょうこつを押し上げてくる心臓の高鳴りに慌てる。

 パシャ…パシャ…

 シャッターを切る音が等間隔で響く。

 軽い板を支えているだけだのに、何で俺は興奮してるんだ。相手はチビの先輩で、しかも男なんだぞ‼︎

 ふと音が途切れる。板の横からのぞくと、初田が唇を引き結んでいる。

 ドヒュン。

 今度は間違いなく心臓がね上がった。いつ羽化とやらは終わる?早くしてくれ、もう充分ったんじゃないか?でないと──俺、もう…

 眼の奥がガンガン痛む。相手を抱きしめたいという、人生初の衝動と俺は闘う。

「…いいかな」

 初田の声でわれかえる。ひと試合終えたような疲労だ。と、バランスを崩した相手が唐突にベンチから足を滑らして…

 落下寸前で俺は初田を抱き止め、一緒に地面に転がった。

「大丈夫⁉︎足くじいたり骨折とかしてない⁉︎」

「おい指!目!怪我けがしてねえか⁉︎」

 俺達はハタと見合う。異口同音だがお互いを心配している。

「だって君、相撲取りじゃん!故障が一番気をつけなきゃでしょ⁉︎」

「先輩こそ機械いじるんだから手指てゆびや目をいためたらダメだろ‼︎」

 しかめっつらが二つでにらめっこ。

 夜の中庭で俺達は笑い出す。

御免ゴメンね。大会で疲れてるのに撮影変な事に付き合わせて」

「変な事じゃねぇよ。俺にとっての相撲と同じで、先輩にとってはそれが大事なんだろ。…ちょっと見直したぜ」

 鞄からピロン♬と起動音がした。初田は例のデジカメを取り出しすと、あ、と叫ぶ。

充電バッテリーが切れただけだったみたい」

 片目をつむり、テヘ⭐︎と舌を出す。それがまた似合いすぎてる。

「はあ⁉︎」

「大体!君が全部悪いんだっ!」

「何だと⁉︎」

「こっちは相撲してる君の格好かっこいい姿をりたいのにコソコソするしかなくってさ、だからあんなところに忍んで、トイレも給水も我慢ガマンして死にかけてたからね⁉︎」

 小太鼓こだいこの連打みたいにまくし立てる。

「…なにさ、静かになって」

「先輩が格好いいとか言うから。こっずかしいじゃねえか」

「は?めてないし。被写体モデルとして良いから事実を言ってるだけだよ」

「内面はカスってか」

「そうは言ってないでしょ!もーひねくれてんだから」

 少し躊躇ためらってから続ける。

「…でも今は…内面も良いと思ってる…」

 その瞬間何もかもどうでも良くなった。

 俺、コイツが好きだ。──好きに、なっちまった…

 帰り支度を済まして撮影機材を確認する初田に、俺はグッと腕を差し出す。

「手、握ってやるよ。怖いんだろ?」

 相手は元気一杯頷く。こなくそ、ジブリ映画のヒロインみてぇな太陽の香りのする笑顔、しやがって。

「今度からはちゃんと許可取って撮影に来い」

「いいの?許可してくれるの?」

 俺は黙る。

 やったぁ!と機材をガチャつかせ踊り出す初田。

「その代わりまたオヤツ作ってこいよ。これ絶対な」

「分かった。相撲部の皆の分ね」

「それだと材料費がかかりすぎる。俺だけにしとけ」

 言ってしまって我が口を塞ぐ。俺、何か恥ずかしい事言ったよな⁉︎

 初田はそれに気付かず、写真を校内新聞におろせば費用になるよきっと!と上機嫌。

 俺はこの、どうしようもなくにぶくて可愛いの頭をペシンとはたく。初田は何すんのさ!とわめく。俺も負けじと言い返す。

 二人分ふたりぶんの会話は来た時とは反対に校舎の沈黙を破り、長く尾を引く。

 中天ちゅうてんを過ぎた月に草木くさき寝静ねしずまり、俺達の掛け合いを子守唄にしているようだった。

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