家族を繋ぐ約束

Thomas

(全)

「お母さん手術渋ってるのよ、、」

 電話口の妹の声には疲れた様子が伺えた。 昨日母に乳がんが見つかったと電話があってからずっと説得に当たっていたのだろう。

「この先何があるというわけでもないから体にメスを入れるの嫌だって言うの」

 仕方がない、ここは一つ兄らしいところを見せなければ、と思いつつ妹に母と電話を代わらせた。

「手術渋ってるんだって?」

「だってねぇ、子供も成人したし、お父さんも定年退職して、やり残したこともないからこれ以上痛い思いしたくないのよ。」

 こうなった母に正攻法の説得は通用しそうにない。 首を縦に振らせる方法は一つしか思い浮かばなかった。

 僕は大きく息を吸い、努めて冷静にゆっくりと話しかけた。

「あのねぇ、僕だってまだ結婚をあきらめたわけじゃないのよ。 もし結婚して子供ができたら、孫にはおばあちゃんがいたほうが良いでしょう?」

「そりゃぁ、そうねぇ」 手術の話をされると身構えていたであろう母は、虚を突かれた様子だ。 良い感じだ、まずはYesの返事を取り付けた。

「だったら、これから先何もないなんて事は言えないんじゃない?」

「そうねぇ、、」

「じゃあ、手術受けるね?」

「分かった、、」

 拍子抜けするほどあっさり母は手術を承諾した。 これまで結婚の話題を持ち出す度にのらりくらりと逃げてきたのだ。 ここでNOと言うならば二度と結婚の話は聞かないぞ。 という口外の含みを感じ取ったのだろう。

 禁じ手を使うことに躊躇はあったが背に腹は代えられない。 とにかく手術を受けてもらわなければ、という思いだったが伝家の宝刀は諸刃の剣でもある。 手術が終わり、麻酔が解けたというので病室に入った時、母の第一声は「わたしゃ約束守ったからね、次はあんたよ」であった。

 約束したわけじゃないんだけどなぁ、と思いつつも、今更言い逃れをするわけにも行かなかった。

 退院してからの母の行動は早く、早速どこからか相手を見つけて来ると見合いをセッティングした。 しかし、元々積極的に結婚の意志があったわけではないのと、相手のある事でもあり、その見合いはうまくいかなかった。

 そうこうするうち数年が過ぎて、母の乳ガンも完治かな、と思い始めた頃、ガンの転移が見つかりそのまま母は即入院となった。

 日に日に衰えていく母の面倒を見る為、家族が交代で病室に泊り込んだ。

「約束は忘れてないから」二人きりの病室で母に言った。

 母は「あなたなら大丈夫よ」とだけ答えた。

 家族は皆回復を信じてたから、ありがとうとか別れを連想させる言葉は口に出せなかった。

 しかし家族の願いも空しく、その後半月もしないうちに母は逝った。

 母が亡くなって、改めて母が家の中心だったことを知った。 消沈する父を心配した妹たちは犬を飼って父に世話を押し付けた。

 しばらくして私は婚活を始める事にした。

 母との約束が気になった事もあるが、このまま家族が減るばかりでは寂しいと今更ながらに気づいたからだ。

 幸いにも、この人と思う女性が見つかりどうにか結婚までたどり着けた。 年齢的に難しいと考えていたが子供もできて、思ってはいたがそれ以上に自分が子供好きである事を知った。

 今、家庭を持ってよかったと思っている自分を思うと、もしかしたら母は最初からこうなることを見越して手術をごねたんじゃなかろうか、という気さえして来る。

 これでなんとか同じ墓に入った時、母になじられなくて済むだろう、とホッとしつつも「私が一番頑張ったのに孫を抱けなかった」くらいの事を言われるのは覚悟をしている。

 息子を連れて帰省すると、78歳になる父は満面の笑みで我が子を抱きながら「一緒に酒を飲むまで頑張る」と宣言した。

 気の長い話だが、今度の約束も母はどこかで見守ってくれているに違いない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

家族を繋ぐ約束 Thomas @tom_hidaka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ