救急病院

玄栖佳純

第1話

 自転車に乗っていて転んだ。

 ここまで転んだことがないというくらいに転んだ時のこと。


 なんとか家まで戻ったが、リュックを背負っていた紐が当たっていた肩がとてつもなく痛んだ。しばらく家で過ごしていたが、あまりの痛さに我慢ができなくなり、病院に行くことにした。


 しかし、午後7時。

 近所でやっている整形外科はなかった。


 119番にかけることはためらわれた。

 それは緊急の電話番号。


 血は出ていないし、あるのは痛みだけ。

 事故現場(?)から歩いて帰って来られたし、痛さにパニックに陥ってはいたが、耐えられない痛みではない。


 否、痛い。

 とっても痛い。我慢できない痛みだった。


 我慢はできるかもしれない。

 痛いけれど、我慢はできるかもしれない。


 ただ、この痛みだと眠ることは不可能に思えた。

 立っていたら平気だけど横になったらヤバそうだ。


 そこで地元の情報誌に載っていた夜間の緊急病院に電話をした。

 留守番電話でかからない。


 情報誌をよくみると小さな文字で午後8時からになっていた。

 こういうことはもっと大きく書いてくれ。そしてどうして夜間が8時からなんだ。病院はもっと早く閉まるだろう?


 留守電で教えられた番号にかけると、今度は込み合っていてつながらない。

 そこで時間が午後7時30分。


 一瞬でも早く診察してもらいたい。

 直接救急病院にかけてみた。


 つながった。

 どんな状態で痛みが出たのかと症状を伝えると


「ウチで検査はできますが、脱臼と思われます。その場合、治療ができないのでもっと大きな病院がいいでしょう」

と言われ、大きな病院を教えてもらった。


 その中で自転車で行けそうな病院があったのでそこに電話をした。

 事故現場からは自転車は引いて帰った。行けるかどうかわからなかったが、とりあえず最も近い病院と言えた。


 救急で診てくれるとのことで、向かうことにした。

 肩を動かさなければ自転車にも乗れて、病院に着いた。


 ただ、電話で恐ろしいことを言われていた。

「待ち時間が長くなるかもしれません」


 それでもこの痛みから逃れられるならと行った。

 病院の救急に着いて、トリアージなるものを受けた(と思う多分)。


「10を最大にして、現在の痛みはいくつぐらいですか?」

の問いに、1か2と答えた。


 肩を動かさなければそれくらいの痛みだった。

 ただし、動かせば9か10である。


 すると、後から来た人の方が先に受診していた。

 待合室は思っていた以上に人がいて、地味に増減があった。


 1時間くらいで若い感じの救急医と思われる人から診察を受け、レントゲンを撮ることになった。


 撮って待合室に戻る。

 待っていた人にやや変化があり、微妙に増えていた。


 それでも昼間のぎゅうぎゅうよりは空いている。


 1時間ほど待っていると、

「レントゲンではわからないので、CTを撮ります」と言われた。


 椅子に座っていると、スマホでゲームはできる。

 肩を動かさないからだ。


 しかし、移動するとなると、肩に激痛が走る。

 その激痛を避けるために肩を動かさずに移動する。


 かなり時間がかかる。

 撮影現場(?)に着いて、CTを撮った。


 苦労して戻って待った。

 あまりに待たされ、具合が悪くなったので「まだですか?」と出てきた看護師さんに聞くと「今日は込み合っていてまだしばらくかかりそうです」と言われた。


 ゲームでごまかすのも限界になり、椅子でうずくまっていると先ほど診てくれた若い医師がやってきて「大丈夫ですか?」と聞かれた。


 そして「重症患者がいるのでもう少しお持ちください」と言われた。

 このままだと死ぬと思った。


 だからうずくまったまま「入院の可能性はありますか?」と聞くと「入院はありません」と言われた。病室が埋まっているのだろう。

 それに骨折の場合、医療でできることはわりと少ないことは、なんとなく知っていた。


 脱臼か骨折だと思っていたので

「脱臼だった場合、すぐに治りますか?」と聞いた。肩が外れたなら入れれば治るのではないかという素人考えである。


「はっきりとはわかりませんが、治るには時間がかかります」

 なぜわからない? と微妙に思った。レントゲンやCTを見てスパっとわからないのかもしれない。


「骨折だったらどうなりますか?」

「骨折も似たような感じです。固定と安静です」


 喉元まで「帰ります」という言葉が出かかったが、肩の痛みと具合の悪さでそれどころではなかった。


 せめて『固定』をしてもらわねば、来た意味がない。

 レントゲンとCTの写真がそろっての診察があったのは10時過ぎくらい。


「脱臼も骨折もしていないようです」

 それを聞いて、ホッとした。それなら早く治るんじゃないのか? おそらく、素人考えだろう。


「どうしてこんなに痛いんですか?」

「靭帯が損傷していると思われます。捻挫のようなものですね」

 捻挫なら痛いだろうと思った。


 肩を上げろと言われて上げてみると、意外と上がった。

「脱臼ではなさそうですね。でも、骨折はしているかもしれません」


 それもなんとなくわかった。

 レントゲンではわからない骨折というものをやったことがある。


 足の小指をタンスにぶつけてあまりの痛さに普通の病院に行ってレントゲンを撮ったけれど異常はなく「一週間経っても痛かったら整形外科に行ってください」と言われ、一週間経っても痛かったから整形外科に行ったら小さな骨折が見つかった。

 だから、きっとこれもそうだろうと思った。


「明日になったら、整形外科に行ってください」と言われて、紹介状を書いてもらった。固定のための三角巾を買って看護師さんにつけてもらう。

 微妙にこれで固定になるのか? と思った。テーピングでがっちりやってもらいたかった。


 とりあえずシップと痛み止めをもらい、お金を払ったら1万超えた。レントゲンとCTを撮ったからだろう。持ち金がほぼなくなった。


 そして家に着いたのは真夜中の12時過ぎだった。



**



 次の日、整形外科に行く。

 30分で診察をしてもらう。前日は3時間待ったのに。


 救急でレントゲンとCTを撮ったので、すぐに診察だろうと思っていた。紹介状にCDが付いていたからだ。しかし、先生から驚愕のひとこと。


「CDが見られなかったんだよね」

 PCが反応しなかったらしい。私の1万円の意味は?


 また撮影かと思っていると、先生は超音波の機械で私の肩を診て

「ここ、腫れてるの分かる?」と、白黒の映像を指さす。


「わかりません」

 素人です。


 すると、反対の肩の映像と比べて見せてくれて

「腫れてるでしょ」

「はい」

 右と左で全然違っていた。


「脱臼だね」

「え? 脱臼じゃないって言われましたけど」


 やっぱり若かったから研修医とかだったのか? と思っていると、先生はわかりにくい白黒映像で


「ここが外れると良く言われる脱臼」

 そこは痛くもなんともないと思われる場所で、なんとなくガコって外れてガコって戻れるような感じの部分。


「でも、今回はここ」と、私が痛いと思っているっぽいところを指さす。

 その説明で救急の先生が言っていた脱臼ではなかったことはわかった。


「段階で言うと4だと手術が必要だけど、これは1だから炎症が収まって腫れが引けば治るよ」

 とても分かり易い説明だった。

 痛いけれど、使わずに安静にしていれば治るということだった。


 あっという間に診察が終わり、治療方法も決まった。

 専門医にかかる必要性というものをものすごく感じた瞬間だった。


「昨日、1万円かかったんですよ……」

 それと共に私の4時間を返せと思った。


「まあ、でもよかったんじゃない?」

 先生の言う通りだった。


 午後7時から午前1時までかかったが、それによって脱臼も骨折も起きていない(違う感じの脱臼だったが)ということがわかり、安心はできた。痛かったけれど、深刻な状況ではないことはわかった。


 それによって、精神的に追い詰められることはなくなった。

 もしも受診していなかったら、整形外科に行くまでの半日以上の時間、恐怖に苛まれていたかもしれない。


 その場合、整形外科代の1500円だけで済んだかもしれない。

 しかしそれは結果論で、痛みと恐怖で受診するまで安眠することはできなかっただろう。


 原因がわかれば、痛みも我慢できる。

 時間が経てば治ると思えば、なんとかなる。


 それに、近くに診察してくれる病院があるということは

 とてつもなく幸せなことなのだと思う。


 余談だが、私には意識があったから後回しにされたらしい。

 今回の場合、救急車も違うらしい。


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救急病院 玄栖佳純 @casumi_cross

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