スニーカー

浅野浩二

第1話スニーカー

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 信一は桃子を見るたびに思うのであった。桃子はクラスの人気者で、女とも男とも明るく話す。男友達もいるが、深いつきあいではない。

 その中の一人にハンサムで頭もよく、スポーツもできる三拍子そろったヤツKもいた。桃子は彼ともごくふつうに友達としてつきあっていたが、彼は少しマジだった。

 信一は内心、桃子を思い、苦しい想いでねるのだったが、自分はとてもKにはまける。Kとさえ友達以上の関係にはなろうとしないのだから、自分ではとてもかなわない。自分は彼女の笑顔をかげからみていられるだけで、彼女とめぐり会える機会をつくってくれた神様に感謝しなければと思うのだった。

 ある日のこと、信一は朝の通学電車の中で少し離れた所に桃子がいるのをみつけた。信一は気づかれないよう、うつむいた。彼女が気づいて、「おはよう。」などと、くったくのない笑顔で言われようものなら、きまりがわるくてしようがない。だが目を床におとしても、桃子の存在が気になってしまう。一瞬でも、特に今は、誰とも話していない自由な状態の桃子が、どんな表情でいるのか、気になってしかたがない。うつむいていると、そんな心が作用して、信一の目に彼女のくつがとまった。それは、白いクツ下を身につけた清楚な足をおおい守るような、かわいらしい、テニスにでもふさわしい、丈夫な白いスニーカーだった。

 信一は思った。あのスニーカーはいつも彼女の全体重をささえ、守り、彼女とともに行動しているのだ。夜はスニーカーも休み、朝、桃子がでかける時、彼女にふまれる重さで、目をさまし、よし、今日も彼女をころばないように、たのしく歩けるようにと、ほがらかな気持ちになり、彼女をささえる友達のような心をもっているかもしれない。彼女が走る時、彼女のパタパタする脚を守り、たえずだまって彼女にふみつけられながら、うれしく耐え、やがてすてられ・・・・と思うと何か彼女に履かれている白いスニーカーが生きもののように感じられ、うらやましく、何か自分があのスニーカーになれたら、などと想像していた。

 教室で信一は、彼女のななめうしろにすわっていたのだが、それ以来、たいくつなつまらない数学の時間などつい、自分がスニーカーになって彼女の重みをささえているような、想像をするようになって、想像が強まって、本当に自分がスニーカーになりきると、我を忘れて、夢心地になって、恍惚としている自分にハッと気づくのだった。

 そんなある日のこと、桃子はクラスで、さえない目立たない、存在感がうすい信一の視線が自分の靴の方にあるのに何度か気づいて、信一の方へパッと目をやった。すると信一は、反射的にサッと目をそらすので、桃子は何かうれしく思い、ある日の放課後のこと、信一が一人で帰りじたくをしているところへガラリとしずかに戸をあけ、教室にはいってくると信一のとなりにこしかけて、

「よかったら今度の日曜、映画にいかない。」

などと言って、信一の手をはじめてにぎる。と、たちまち彼女のぬくもりが伝わってきて、でも自分にはとても不似合いだ・・・と思って困って返答に窮していると彼女は手をはなさなく、信一は目をつむり、顔を赤くして顔を少しそむけ、すまなそうに首をたれていると、彼女は

「行こうよ。」

とおいうちをかける。信一が手をひこうとすると、反射的に彼女はキュッとそれをひきとめようとするのが伝わる。

「私のくつ、何かおかしい。私の思いちがいいかもしれないけど・・・。」

と言うので、信一は申しわけなさそうに、頭を下げ、背をひくくして、コソコソと帰った。彼女はそれをあたたかく見守っていた。それ以来、桃子は、時々、信一の視線に気づくと笑顔をみせるようになった。学年があらたになり、桃子は勉強ができたので、信一とは別のクラスとなった。同じクラスだった時の最後の終業式の日、信一は罪をおかした。彼女のくつ箱から、彼女のくつをとって、かわりに、同じサイズの新しいスニーカーを、「ゴメンナサイ」とワープロでかいた紙切れとともに入れた。信一は彼女のクツをそのままの状態で大切に、へやの戸棚の一角にお守りのようにおいて、彼女を想い、一生の大切なお守りができたと思うと無上の幸せを感じた。

 新しい学期がはじまった時、信一は桃子と校門でであった時、彼女は信一の入れた新しいスニーカーをはいていた。つい信一は、ハッとさとられたのでは、と思い、彼女のくつに目がいき、すると彼女はそれに気づいて、信一にかわらぬ笑顔をかけると信一は、はっと、自分の犯した罪がわかってしまったのでは・・・・と思い、顔をそむけようとしたが、その時こぼれみえた彼女の笑顔の中には、信一がしたことを知っていて、それをゆるした、少しきゅうくつそうな感情を彼女の顔の中にみた。信一は大学をでて、小さな出版社で校正の朱筆を走らせているが、彼のアパートにはかわらぬ桃子のくつのお守りが、高校の時とかわらぬ想いでおかれている。

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