真夜中の人類
キロール
深淵
地獄の門が開かれて人類の歴史は闇の時代の突入した。それは言うなれば真っ暗闇の真夜中に。
深淵と呼ばれる大穴から湧き出てくるのは死者の群れ。各国の軍隊が抗しようと足掻き、数部隊が深淵に辿り着いたらしいけれど深淵は未だに健在。成す術もなく人類は押し込まれ生存圏を狭めた。
生き残った人類たちは座して死者の列に加わる事を良しとはしなかった。死者に打ち勝つ兵器を死に物狂いで作り出して完成させた。
人の形をした魂なき兵器「
死者には死者を。
その判断は正しかった。
そう、ありとあらゆる
だから深淵に
死者が湧き出る大穴は地上とは何もかもが違っている。意志でもあるかのように明滅を繰り返す謎めいた鉱石、地の底に引きずり込もうとでもいうような怪しげな音を奏でる風穴、そして蠢く死者たち。
遠征に終わりはなく、死者と
「第三波、来るぞ!」
隊長の声に我に返ると私は魔銃を構える。魔力を帯びた弾丸を放つ武器だけれども、これももうすぐ鈍器に変わる。そろそろ弾薬が尽きる。
銃口の先に奇妙に輝く動く死体が数体、体を引きずりながら迫って来るのが見えた。体が一部欠損しているがそれを補って余りある魔術を使うシャイニングと名付けられた強力な死者。
「撃てっ!」
両手で構える長銃、通称ツーハンドから弾丸が放たれると先頭を進んでいたシャイニングの頭が爆ぜた。その返り血を浴びながらも後ろを進んでいたシャイニングが唸り声をあげると私のすぐそばで爆発が生じる。
「くっ!」
もう隊長と私の二人しかいなかったおかげで、吹き飛ぶ者はいなかった。
「怯むなっ、撃てっ!」
隊長がそう命じながらも自身の魔銃でシャイニングを撃ち抜く。唸り声をあげたシャイニングの頭がやはり爆ぜたが、次のシャイニングが片手を掲げて唸りを上げた。
途端、隊長の腹が爆ぜた。
「がっ」
「隊長っ!」
「わ、わたしは――ここまでの様だ、逃げろ、イリス」
水銀にまみれ壊れた破片が腹から零れ落しながら、あおむけに倒れ込む隊長だったけれど、それでも魔銃を構える。
「で、できません!」
「退けっ!」
「姉さんを置いて行けるわけないっ!」
私は叫びながらも魔銃の引き金を引く。三体目のシャイニングの頭を吹き飛ばすも、残り二体のシャイニングが同時に唸り声をあげようとしている。あの獣じみた唸りこそが連中の魔術発動のトリガーだ。
もう一発装填して私が引き金を引くより、姉さんが狙いを付けて引き金を引くより先に残った二体のシャイニングの魔術が発動する方が先だろう。
(駄目かも……)
そう思った瞬間に、古い古い記憶がよみがえりかけた。人類によって封じられている古代人としての記憶が。それは暖かくも悲しい少女二人の記憶。
ああ……この世は真っ暗闇の真夜中だ。生き残る事だけに必死な人類も生きとし生けるもの全て死者の列に引きずり込みたいだけの死者もどちらも恐ろしい真夜中の怪物たち。
「なにっ!」
姉さんの驚愕の声に私は我に返る。見ればシャイニングの頭が二体同時に握りつぶされていた。背後から延びた手によって。
崩れ落ちるシャイニングの放つ輝きに浮かび上がったのはボロボロの外套を羽織った銀髪の男だった。髪も髭も伸び放題の姿は
「人形か、最近多いな。あの娘が言っていたことは事実なのか」
「ま、まさか、貴方は……どこかの国軍の生き残りですか?」
男の声は想像より若く聞こえた。姉さんも私と同じように信じられないような物を見る目で男を見上げていたが、不意に畏れるような口ぶりで問いかけた。
「上では国はもはや体を成さぬそうだな。そして、深淵の主と同じく死者を兵士に……いや、兵器に仕立て上げた。何とも暗い時代よ、まさに真夜中か」
私が抱く感想と同じ言葉が、その後にポツリと漏らしたどちらが一層罪深いのかと嘆く言葉が、言外に姉さんの問いかけに肯定を告げていた。
「深淵にたどり着けた部隊は少数、全て全滅したものと……」
「――私以外は全て死に絶えた。ともあれ貴様は怪我が……いや、破損がひどいな」
そう告げて男は姉さんに近づき、軽々と抱え上げた。決して軽くはない筈の
「ナ、何を?」
「前哨基地と呼ぶには侘しいがこの地で活動する拠点は構築してある。そこにはお前たちの仲間も幾人かいる」
抵抗なく抱え上げられた姉さんとそれを見つめる私に向かって男は音場を淡々と紡ぐ。
「人形はコアさえ無事ならばその破損も直せると聞く。本隊に戻るにせよ、留まって戦うにせよ、傷は癒すが良い」
思考が上手く追いつかない。死者しかいない筈の深淵に人がいて私たちの仲間もいると言う。いや、そもそも活動拠点の構築? こんな死者に埋もれ、正気とは程遠い場所で人が活動し続けられる物なのだろうか? ……分からない。
分からないけれども、私も姉さんも今は抵抗することなく流れに身を任せようと思った。
「暗い時代もいずれは終わる、いかに夜が暗くとも日はいずれは登る」
そう告げた男の言葉に希望を見出したから、ではない。
「ふふ――日が登った暁には私も君たちも深淵に追いやられるかもしれんがね」
そう告げながらも戦う事を止めず、今までこの暗闇で戦ってきた男に対して敬意を覚えたから。
日はまた昇る。でも、その日の下でも私たちは存在していられるのだろうか? そんなそこはかとない不安を抱えながらただ一人で戦ってきたこの兵士に敬意を覚えずにはいられなかった。
真夜中の人類 キロール @kiloul
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