家出前夜、トワイライトの向こう側を夢見る

御子柴 流歌

夜闇を駆け抜ける



 今の私たちが信じられるモノなんて、私たち自身で紙に書き連ねたくだらない文字列くらいになってしまった――。


 そういうどこかねたようなことを心のどこかに焼き付けながら、私はちょっとした逃避行の準備を終えたところだった。


 適当に書き殴った置き手紙は、実際のところやっぱりどこか非現実的で、そしてやっぱりとりとめもなかった。だけれども、それで良い、間違いなど無いと思える。

 とっちらかった文章は、少なくとも私の中の感情とこのセカイとをぜにした結果であるから、ビリビリに破り捨てることなんてするべきではなく、この混沌としたセカイの片隅に置いてあげるのが相応しいのだ。


 一息ついて壁掛けの時計を見れば、もうすぐ最初の約束の時間だった。


 夕暮れがトワイライトに染め直されたその後に、このセカイは――。





      §





「やぁ、お待たせ」


「遅い」


「ほんの少しじゃないか」


 ほんの少しの時間で、影はこんなに長く伸びない。


 わずかに冴えない顔をした同級生が、それでもへらりと軽い調子で笑う。


「キミが其所の角を曲がってくるところは見えていたけどね」


 何だそれ。


「だったらどうしてそんなに時間がかかるのよ」


「買い出しをしてたからだよ」


 言いながら彼はその買ったモノとやらを見せてくる。


「よく見えない」


「ん」


 今度は少しだけ袋から出して、改めてその買ったモノとやらを見せてきた。


 なるほど、そういうことだったか。


「大事だね」


「だろう?」


「使い方は?」


「知ってる」


 オモチャのような、トリガー。


「そういうキミは?」


「知ってる」


「知識だけはいつぱしだ」


「そのまま返してあげる、そのセリフ」


「ありがとう。受け取っておく」


 皮肉を皮肉と思わないのは、果たして幸せなのだろうか。




       §




 灯火管制が敷かれているような、大停電の夜。


 遠くを走る夜汽車の汽笛が聞こえる他に、取り立てて音はない。強いて言えば、自分の心音が聞こえる程度だろうか。静かすぎて耳が痛くなるほど、という奴だった。


 どうしようもなくくだらないことを頭の片隅に焼き付けながら、私はちょっとした逃避行の準備をすべて終えたところだった。


 適当に書き殴った置き手紙は、相変わらず私のボロ机の上に置かれている。実際のところやっぱりどこか非現実的で、そしてやっぱりとりとめもなかった。だけれど、それだからこそ私らしいとさえ思えて、愛おしかった。愛おしさのあまり、すべて引き裂いてしまいたいくらいだった。


 だけれども、やっぱりこのままで良い、間違いなどが入る余地すら無い。この混沌としたセカイの片隅に置いてあげるのが当然相応しいのだ。


 一息ついて壁掛けの時計を見れば、もうすぐ2回目の約束の時間だった。


 夜闇がトワイライトに染め直されたその後に、このセカイは――。





       §





「訊いていい?」


「何?」


 軽やかな対消滅反重力エンジンの音をBGMにしながら、バイクは闇夜を駆け抜ける。


「これ、誰の?」


「さぁ」


「……」


 おい。


「嘘だよ。……兄貴のだ」


「……良かったの?」


「良いんじゃない?」


 あっけらかんと言われて、こちらが困惑する。盗品であるよりは幾分かマシかもしれないが。――いや、その兄貴とやらに無許可で持ってきたのなら同じ事か。


「所詮中古だし、何年モノなのかも分かったモンじゃない」


「そういうものなの?」


「そういうものなの」


 ならば、構わない。


 どのみち、私たちがここに帰ってくることは無い。借りたモノだとしても返せる宛ては無い。


 もうしばらくすれば、夜も明ける。


 そこに見えるものが光だと信じて、私たちは進む。


 帰る場所を捨てて、私たちはずっと向こう側にある何かを夢見て、進む。


 そうして見えてきたモノがなんであろうと、私たちはそれを見たときに、きっと笑う。



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家出前夜、トワイライトの向こう側を夢見る 御子柴 流歌 @ruka_mikoshiba

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