51、そして、王都へ
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一ヶ月後。
エーリク様の体調が回復するのを待って、私たちは王都に向かうことになった。
工房に隠していたフリードリヒの荷物から、コスタロヴ先生との手紙が見つかり、エーリク様はそれを証拠に、コスタロヴ先生たちの派閥を追い詰めるらしい。
私は私で、祖父母かもしれないボレイマ子爵夫妻とも会うことになっている。
緊張は高まるが、不思議と迷いはない。
私はてきぱきと荷物をまとめた。
——杖、ボロボロになっちゃったな。
おばあちゃんの形見の杖は、力尽きたように急に劣化した。森はあれ以来黙ったままで、私はもう森の力は使えない。
——でも、捨てないよ。
もちろんその杖も、荷物に入れた。
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そして出発の朝。
みんなが起きる前に、私は一人で白樺の林に入って、森にそっと別れを告げた。
「行ってきます」
白樺は何も答えない。
「別の場所で、いろんな人が元気になる手伝いをしてくるから……」
ただ風に揺れるだけだった。
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そして、馬車に乗り込むときが来た。
「ルジェナ様……お気をつけて」
「クルトも気をつけてね。無理しちゃダメよ」
「はい」
ミレナさんやヨハナ、ベルナルドさんたちは一緒に王都に向かうが、クルトやベナンなどは屋敷に残る。
私は一人一人に別れを告げた。
「また会いましょうね!」
名残惜しくそう言い、やがて馬車は動き出した。
ここから森をぐるりと回り、村を縦断して街道に入るのだ。
窓からの景色に、私は思わず呟いた。
「なんだか不思議な気分です」
馬車に乗って村を眺めるのは初めてなのだ。
もうすっかり春の景色で、畑の土が黒々と耕されている。
「大丈夫かい? 気分が悪くなればいつでも言うんだよ」
同乗しているエーリク様が心配そうに言う。ちなみに二人きりだ。私はくすくすと笑った。
「もう、五度目ですよ、そうおっしゃるの」
「まだ五度目だ」
「エーリク様こそ気分は悪くないですか?」
「ルジェナをずっと見ていられるから、むしろいつもより気分がいい」
「……ですからそういうことを、その」
私がまた真っ赤になっていたそのとき。
「お気をつけて!!」
馬車の外から突然大声が聞こえた。
「なんだ?」
エーリク様が反対側の窓から外を見る。
なるほど、と呟いた。
「ルジェナ、ちょっと降りようか」
「え? いいんですか?」
急遽停めて、外に出たら、わあっと歓声が上がった。
「え? みんな?」
村中の人が村外れに集まっていたのだ。
「ルジェナ!」
真っ先にアデーラさんが駆け寄ってきて、私の手を握る。
「ルジェナ……よかったね……幸せになるんだよ」
私も手を取り返して頷いた。
「ありがとう、本当に……」
村の人たちが口々に話す。
「イデリーナもアシュリーもほっとしているだろうよ」
「サム爺さんもな」
「しかしすごいな! まさかあのルジェナが」
村の人たちの間では、私は「エーリク様に一目惚れされた運のいい村娘」だ。
今日の出発を知って見送りに来てくれたのだろうか。それにしては人が多い。
「見送り、ご苦労」
疑問に思う私の隣にエーリク様が立ち、そう言った。
「旦那! これからもよろしくお願いしますよ!」
宿屋の主人であるホンザさんがそう叫び、エーリク様もそれに答えた。
「ああ、領主であるディアーク家からもこの村のことは頼まれている。心配するな」
みんながほっとしたように顔を見合わせた。
——そうか、村の人たちはこの村がどうなるか心配だったのね。
薬草工房は取り潰されるが、王立研究所で使う薬草の供給地として、温室や畑は残される。それの世話は、ディーゴーさんを初め、元いた従業員で今度の事件に関わりがない者だ。
だけど、ハンスさんとダナさんは財産をすべて没収され、村を追い出された。今後、薬師と名乗ることも禁止されている。
ダリミルはもしかしたら無期限の強制労働で済むかもしれないとのことだが、未だ沈黙を守っているフリードリヒは、極刑を免れないらしい。リリアの証言から、リリアを刺したのはフリードリヒであるのもわかっている。
「それじゃ、悪いが急ぐんだ」
エーリク様の言葉に私はハッとして頷いた。
「みんな、本当にありがとう」
「気をつけて!」
私はエーリク様と共に、再び馬車に乗りかける。
だけど。
「待って、ルジェナ」
不意に、エーリク様が私を止めた。
「どうしました?」
エーリク様はそれには答えず、私の赤毛を一房、そっと手に取った。
——髪に葉っぱでもついていたのかしら?
そう思う間もなく、エーリク様は突然それに口付けた。
「エ、エーリク様?!」
ぴゅうっと村の子供たちが一斉に口笛を吹いた。
大人たちはポカンとしたり、顔を赤らめたり、面白がったりと様々だ。
「みんなも知っているように」
大騒ぎの中、エーリク様は私の髪を大事そうにそうに掴んだまま言った。
「雪の中で倒れていたルジェナを見つけたのが、私とルジェナの出会いだ」
ひゅうっとまた口笛。見るとディーゴーさんだった。お孫さんにたしなめられている。
「すべて真っ白な吹雪の中、私がルジェナを見つけられたのは、この赤毛が美しく輝いていたからだ」
「……本当ですか?」
私は目を丸くした。初めて聞いたことだからだ。エーリク様は大真面目に頷いた。
「本当だ」
それからまた髪に口づけを落とす。口笛と歓声。
「——君が赤毛でよかった。心からそう思っているよ」
歓声は止まず、ベルナルドさんが渋い顔で私たちを見守っているのが見えた。
森が、遠くで揺れた気がした。
風もないのに。
《fin》
・・・・・・・・・・・
魔力のない魔女、ルジェナの物語を最後までお読みくださりありがとうございました!!
最後まで書き切ることができたのは並走して下さった読者さんのおかげです。
本当にありがとうございます。
とても力になりました。
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「赤毛の役立たず」とクビになった魔力なしの魔女ですが、「薬草の知識がハンパない!」と王立研究所に即採用されました。 糸加 @mimasaka
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