50、その後

          ‡


「いや、本当にすごかったよ、あのときのルジェナは」


 ベッドで横たわりながら、エーリク様が楽しそうに言う。すぐそばで午後の薬を用意していた私は、恥ずかしさからわざとそっけなく答えた。


「もうその話はやめてください。何回目ですか」


 エーリク様は私に視線を合わせて笑う。


「何回目でも言うよ。本当にすごかったし、美しかった」

「だからやめてくださいって! カンノキを減らしてシールをたくさん入れたお茶を飲ませますよ」

「苦味が先走る配合だな……」


 私の意図を受け取ったエーリク様は少し考え込む様子を見せたが、すぐにまた笑顔になった。


「だけどルジェナが淹れてくるならどんなに苦くても飲み干すよ」

「……どうぞ」


 私はさっきから調合していた薬湯をそっと差し出した。エーリク様は半身を起こして一口飲み、首を傾げる。


「甘いじゃないか」

「そんな苦いもの飲ませませんよ!」


 エーリク様は頷いた。


「ルジェナは照れると怒るんだな。新しい発見だ」

「怒ってません!」

「怒ってる」

「怒ってませんってば!」

「そろそろよろしいでしょうか」


 ハッとして振り向くと、ベルナルドさんが扉の近くに立っていた。

 エーリク様が打って変わって面白くなさそうに答える。


「邪魔をするな、ベルナルド。せっかくルジェナに看病してもらっているのに」

「私だって立ち入りたくはありませんでした。ですが、急ぎこれを」


 私はすぐにベルナルドさんに場所を譲る。多分、顔を真っ赤にしながら。

 封書を受け取ったエーリク様は、目を通してから頷いた。


「ゲルバー家がフリードリヒを見捨てたか」

「そのようですね」


 ゲルバー家。

 フランツさんのことだ。

 フランツさんは、実は男爵家の次男で、エーリク様と同じ先生に教わっていたらしい。


「どうしてあの人はあんなことをしたんでしょうか……」


 何度考えてもわからないことを私は呟く。


「なぜだろうね」


 エーリク様は遠くを見る目をした。

 気のせいかもしれないけど、エーリク様はフリードリヒにどこか同情している気がする。

 わからないけど。


「クルトの調子はどうだい?」


 エーリク様がぱっと話題を変えたので、私もそれに応じた。 

 

「かなり痛みも治まってきたようです。両足の骨折がひどいですけど、若いので治りも早いかと」

「そうか」


 あの後。

 ヨハナを村外れの宿屋まで送ったヤーコフが戻り、私たちは事情を知ることができた。

 とにかくエーリク様を屋敷に運ぼうとしたが、人手が足りない。

 と、そこに、リリアを搬送したベナンとペルトが私たちを探して来てくれた。

 おかげで、エーリク様とクルトをなんとか屋敷に運ぶことができた。外傷がひどかったクルトも、その後すぐ正気を取り戻し、痛みを訴えはしたが暴れることはなかった。

 村からも応援を頼み、一時は大騒ぎだった。

 

「そうか、まだ一週間だもんな」

「ええ」


 倒れてから一週間。

 エーリク様は順調に回復し、私を始め、屋敷中、ほっとしていた。

 フリードリヒは未だ目を覚まさず、今も眠ったまま教会の地下室に閉じ込められている。

 ちなみにダリミルもその隣の部屋に閉じ込められているらしいが、大人しいそうだ。

 エーリク様が、私に言った。


「ディアーク家の騎士団が間もなく罪人二人を引き取りに来るらしい」


 罪人二人とは、フリードリヒとダリミルのことだ。二人は王都で裁かれるらしい。

 フリードリヒに刺されたらしいリリアは、なんとか一命を取り留め今は家で療養している。だが、毎夜、痛みとはまた違ううなされ方をしているらしい。心の傷も深そうだ。

 

「ベルナルドさん、ご用事はそれだけですか?」


 手紙が一通しかないことから、私はそう確認する。


「はい」

「では、一緒に出ましょう。エーリク様はこのままお休みになってください」


 まだまだ休息が必要なエーリク様のことを思って私はそう言った。

 しかし。


「ベルナルドは出ていっていいけど、ルジェナはまだいてくれ」

「!」


 エーリク様が直球でそう言い、私はまた顔が赤くなるのを感じる。

 

「ごゆっくりどうぞ」


 私がなんて答えようかしどろもどろになっている間に、ベルナルドさんはそう言って頭を下げて出ていった。



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