229号室の探偵
@Aithra
『最初で最後。人生と同じっすね!』
「なーんか、世の中気に食わないですよね、色々と」
「藪から棒にどうしたんだい? 僕の助手に厭世家はいなかったはずだが」
「いえ、まあ、諸々っすね。穿った見方してる輩は捻くれ者みたいな風潮がそうですし……あと、しいたけを無尽蔵に産出するこの地球もはっきし嫌いっす」
「前者はあらかた。後者については同意しかねる。ただ、僕も納豆を無尽蔵に産出する現日本文明は嫌いだ」
「なんでっすか。納豆マジ美味しいのに……はあ、こうやっていらぬ衝突や軋轢を生む人間ってやつも嫌いっすねえ」
「全くだな。ははははは」
「ははは……はぁ……でもやっぱし一番は、頗る探偵業が振るわないこの時代っすねえ」
「産まれてくる時代を数十年は間違ったね。……無論、過去ではなく未来にだ。人類史上、未だかつて探偵の栄えた時代などないのだから」
「こんな業界に足突っ込んだのが地獄への入り口っすねホント。まさか履歴書が辞世の句になるたぁ思ってませんでしたよ。呪うわ自分」
「つかぬことを訊くが、君はどうして探偵を志望したんだい? 探偵の第一人者と名高い僕が言うのも憚られるけど、こんな斜陽の象徴に」
「えー? なんでだったか……そも、どうして採用したんすかうちを」
「質問を質問で返すとは──なんてお小言はいいか。そんなの、質問に答えてもらえなかった奴の負け惜しみだからね」
「やっぱ、デッドボール投げたヤツが我が物顔してちゃダメっすよね。同じく、当たり障りのないこと言ってフォーボールになったやつも同類っす」
「それでだね……僕が君を採用した理由、それはひとえに人材不足だからだ。すなわち、一応の説明をつけるのなら……君が犬や猫ではなく、人間だからだ」
「わお、そりゃ名誉なことっすね。藁にもすがるってやつですか。流石第一人者、やることの重みが違いますね」
「ああ。誓って言うが、僕は履歴書の写真から下は一切見ていない。探偵業が求める人材は、有国籍者であり地球人。以上だ」
「うちは、地球に来れる程度の文明をもった宇宙人のほうがずっとか有能かと思いますけどね。──あ、思い出したっす」
「何をだい? 前世の記憶か、それとも三日前の夕飯の内容かい?」
「外れっすね。ヒンドゥー教信じてないっすし。じゃなくて、あれっす、なんで業界志望したかってやつです」
「よもや入社三年越しに志望動機を訊く運びになるとはね。まあ、好きに言ってみるといい。採用後だ、気が楽だろう?」
「解傭賭けても構わないっすけど。でまあ、動機ですが……探偵って卑怯な職業つーか、虚業だからっすね」
「君、言葉に気をつけたまえよ。姑息な職業がせいぜいだ。卑怯なんてもってのほかだ」
「ま、どっちでもいいっすけど……探偵って、謎を食い潰す一方じゃないっすか。謎っつーコンテンツを作るために、皆さんえっちらおっちら、場合によっちゃ命賭けてやってるのに、うちらはそれを消費するだけっす」
「解決、と表現してほしいが、まあ、概ねその通りだね」
「卑怯な職業だと思いません? 盗みだろーと殺人だろーと、それにたかってる探偵業が一番ろくでなしっすね。うち、ろくでなし大好きなんで」
「そうかな。少なくとも僕はこの仕事に誇りを持っている」
「へー、そのハイエナ根性にっすか?」
「いいや、数少ないプレイヤーとしてさ。謎は解かれてこそ謎だからね。消費のされないコンテンツなんて、ただの概念粗大ごみにすぎない」
「概念粗大ごみって表現気に入りました。概念燃えるごみとかもあるんすか?」
「ああ、それは僕たちのことだ。燃えるごみの日は木曜、明日だ。つまり探偵は謎より早く絶滅する」
「だから世の中こんなに不条理なんすね。うちが世の中気に食わない理由が、ちょっぴし分かった気がします」
229号室の探偵 @Aithra
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