月の海は今は真夜中

ヤミヲミルメ

月の海は今は真夜中

「もしもーし、寝てたー?

 やっぱりー。明かりが消えてたから意地悪したくなって電話しちゃったのっ。


 ここからは月が綺麗に見えるわよ。

 綺麗な三日月。

 あの影の部分にあなたが住んでいるんだって思うと余計に綺麗。

 なぁんかいまだにピンとこないのよねー。

 地球からすれば月イコール夜なのに、月からすれば月にも昼と夜があるなんてね。


 あたしも早く月へ行きたい。

 チケットはいつになったら取れるのかしら。

 待ってる間におばあちゃんになっちゃいそう。

 しわくちゃになっても愛してくれるって約束、忘れてないわよね?


 ねえ、何とか言ってよ。

 あなただけ先に眠るなんて許さないわよ。


 別に用なんかないわ。

 声が聞きたかっただけよ。


 じゃ、またね。

 おやすみなんて言わないわ。

 あたしが行くまで起きて待ってて。

 あたしがいる場所、見えるでしょ?

 地球の明かり、そっちからでも見えるぐらいに復興してきたでしょう?」




 人類が月を開発し始めて、三日月は三日月じゃなくなった。

 三日月の影の部分にいびつな染みのように都市の明かりが広がって、変わってしまった月の形は、地球から見上げる人々の心を狂わせた。

 あたしは彼のもとへ行く約束をしてたけど、大きな鞄と、不安よりも大きな期待を抱えて空港に駆け込んだあたしを追い越して、地球からミサイルが飛んでいった。

 月面都市は何日も燃え続け、地球の国同士でも戦争が始まった。

 戦争はなかなか終わらなかった。

 あたしが乗るはずだったロケットは雨で錆び、あたしの涙は地球の土に落ちるばかり。

 あたしは繋がらない電話をかけ続ける。

 明かり一つ灯らなくなった、三日月の真夜中の部分に向けて。



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月の海は今は真夜中 ヤミヲミルメ @yamiwomirume

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