来店者

木元宗

第1話


 都市部には常にトイレが使用不可になっているコンビニが多い理由を知ってるかい? あれはね、シャブの使用者がそいつを注射で打ち込む際、シャブを薄める為に水を欲しがるんだけれど、それをコンビニのトイレのタンクで用意するからだよ。


 トイレって密室だから見つかりにくい上に、コンビニってレストランやスーパーと違って、トイレだけが理由でも入りやすいだろ? 店側としては金は落とさないくせに水道代と紙代を食った上に店を汚す、そもそも客ですらない最低な屑だけれど、一言「トイレ借ります」って言ってくれれば、何ら不愉快じゃないんだけどね。それが出来ない奴らが真夜中に入って来たら、そいつはシャブ使用者かもしれないから声をかけちゃ駄目なんだ。何をされるか分からないから。


 もし君がコンビニでトイレを借りた時、トイレのタンクの蓋が少しでも開いていたら、君の前にトイレを使ってた奴はそういう事さ。床やゴミ箱に注射器の針やカバーが落ちてるかもしれないから、勇気があれば店員さんに伝えて欲しいな。つかぶっちゃけね。時間を問わずコンビニでトイレなんか借りるもんじゃないよ。どこの誰が、何してるか分からないから。都会でなら猶更さ。


 あとは、転売目的にアニメグッズのくじを買い占めようとする奴だとか、少し前じゃマスクや消毒液を買い占めようとする奴だとか……。よく真夜中に来るよ。いや、あいつらも真夜中にしか来ない。


 あれは法律が無いから違法じゃないんだってね? でも、客の入れ替わりが激しいコンビニで長く接客なんてやってるとさ、入店した瞬間に、そいつが異常者なのか悪人なのか分かるようになるんだ。だから私も、何とか転売屋に売ってやるもんかって、狙われそうな商品を隠したり、適当に嘘ついて追い出した事が沢山あったよ。あいつら流行りものなら本当に何でも買うんだ。性別も歳も本当にバラバラで、老若男女問わずとはまさにあの事だよ。


 何にも悪さはしなけれど、変わった行動を取る人達も真夜中にだけやって来る。夏になると上半身裸でビールを買いに来るクソデブいおっさんとか、雑な女装して入って来る若いお兄さんとか。皆昼間は何やってんだろうね。想像もつかないよ。


 ……「コンビニって怖い所なんですね」? はっは。真夜中に動き出す手の人間が怖いんだよ。君も地元のコンビニで、店員さんに深夜勤務について尋ねてみるといい。きっとゾッとするような人間達の話がボロボロ出るぜ。たとえば買ってもないエロ本を、勝手にコピー機でコピーし出すジジイとか……。おっと失礼。下品が過ぎた話だった。


 真夜中のコンビニ勤務で一番ゾッとした事? あぁ……。まあ、人間のする事では余り驚かなくなったけれど……。そうだな。隣の県の老人ホームから一人で歩いて来た認知症のおばあちゃんに、「ここはどこですか」と尋ねられた時は焦ったなあ。その隣の県じゃ、何日も前からおばあちゃんの行方不明届が出されてて……。そうだこいつはどうだい? 店に入って来るなり火葬場の場所を訊きに来た、立ち枯れた木みたいにガリガリに痩せたおじいちゃんの話。


 まあ言葉の通りなんだけれどさ、真夜中に一人、死人みたいに生気の無い顔でドアをくぐってレジ前にやって来るなり、「この街の火葬場とはどこですか」って訊かれたんだ。ちょっと妙だろ? いや、大分なのかな。もう分かんないや。車で来てたんだから、カーナビで調べりゃいいのにね。


 個人で火葬場を探すって事は、ペットでも死んだんだろうと思ったよ。人が亡くなったら葬儀屋に連絡を取るものだし、葬儀屋は火葬場に連絡をしてくれるしさ。


 きっと顔色が悪いのは、ペットが死んで悲しい所為か。他に客もいないし困ってるみたいだからと、事務室からスマホを持って来て地図を調べてあげたんだ。レジカウンターで道順をメモに書いて、この通りに行けば着きますよって。そしたらおじいちゃんは少しだけ表情を緩めて、「あ、あ、ありがとうございます」って、棒読みみたいな声で浅く頭を下げた。


 メモを持って店を出て行くんだろうと思った私は、「お気になさらず」と、おじいちゃんを見送る気持ちも込めて微笑んだ。おじいちゃんは死人のような白くて硬い顔に戻ると、レジカウンターのメモを取らずに私を眺めた。


 おじいちゃんが去らない理由が分からなくて、私は目を丸くした。


 レジ越しに、互いの間を妙な沈黙が横たわろうとした時におじいちゃんが、「ど、どうぞ、お仕事に戻って下さい。ご迷惑をおかけしました」と、さっきより少しだけ深く頭を下げた。余程道を尋ねた事を気にしているのか、慌てたような仕草だった。真夜中に勤務しているコンビニ店員なんて適当な奴が多いから、どの時間帯でも満遍無く勤務経験のある私の、昼間のパートのおばちゃん達ぐらい愛想のいい接客に驚いたのかもしれない。


 それでもちょっと訝しみながら、「そうですか? ありがとうございます」と咄嗟に笑みを作って、スマホを戻そうと事務室へ引き返した。事務室に繋がる厨房へ入ろうと角を曲がる瞬間、盗み見るようにおじいちゃんへ振り返った。


 おじいちゃんはそれは素早くメモを掴むと、隠すようにズボンのポケットに押し込みながら出て行った。おじいちゃんが乗った車がエンジン音を上げる中、私はその場で動けなくなっていた。おじいちゃんが隠したかったのは、メモじゃなかったんだと分かってしまって。だってメモを掴んだおじいちゃんの手が、真っ赤に血で汚れていたのが目に焼き付いてしまって。


 後日昼間のシフトの勤務中に警察に捕まって、そのおじいちゃんについてあれこれ尋ねられたから参ったよ。あのおじいちゃん、あんな面して近所じゃ有名な癇癪持ちだそうで、庭に入った放し飼いの猫や野良猫がフンをするのに耐えかねて、猫が入ってくる度に殺しては、あちこちの火葬場に運んで焼いて貰ってたらしい。


 余りに死骸を持って来る頻度が高いのと、たまたま見かけたとか、ドライブしてたら轢かれてたのを見つけたから持って来たとか言い訳しながら運んで来る割には、死骸の形がどれも、轢かれたとは考えにくいものばっかりだったからバレたんだとさ。


 どうやって殺してたか? ホームセンターで揃う道具さ。警察が車に積んでたのを見つけたらしい。……君も悪趣味だな。私も一応命の危機だったんだぜ? ちょっとは同情してくれよ。


 まあ君も、ペットを飼うなら最期まで責任を忘れない事だ。そしてどんなに長閑な土地でも、陽が落ちた後に出掛けなきゃいけない時は絶対に気を付けろ。


 真夜中は、異界のお客様が来るからさ。

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来店者 木元宗 @go-rudennbatto

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