隣の女子大生のアレな声でシコってたら、バレた。

或木あんた

第1話 きみのこえ


「うう、……んッ、あ、やぁ、ああッ」


 深夜1時半。1Kロフト付きの自室にて。ロフト上で就寝準備をしていると、枕側の壁の向こうから、今日も元気にアノ声が漏れてくる。


(……確か、女子大生だったっけ? 結構可愛い顔してたな。……そりゃ彼氏の一人でもいるよな。……ハァ、いいなぁ)


 俺はシャワー浴で取り切れない一日の疲れを、深い深いため息をついて紛らわす。今の会社にきて早1年。慣れたは慣れたが、その分飽きてきたところもあり、仕事人生を満喫してるとは言い難い。当然、プライベートだって貧相なものだ。彼女なんてしばらくご無沙汰だから、性生活なんてもう……。


「……っ、……くッ……ふっ……」


 事実、こうやって面識すらない隣室の女の声で、夜な夜な悶々と自家発電をするくらいだ。……貧相なんておこがましい、もうキモい変態のレベルだと、自尊心が言うが、多分それも含めての行為だ。


「……はあッ、あッ、ああんッ!」


「ん、……んあッ、ん」


 極薄の木造壁の向こうから、愛撫か何かに悶え、悦に入る女子大生の声。彼女の盛り上がりと同時に、俺の右手の衝動も、その激しさを増して刺激が重なる。


(……あんな清楚系の見た目なのに、好きな人の前では毎晩こんなに乱れて……、なんてシコい娘なんだ……、あ、……ダメだ、もう……)


 いつも繰り返していた行為だったが、その日の塩梅はどうにも、いい感じのポイントを押さえていて。


(……あ、……い、……イク、う、……イクゥ……ッ!)


「……ああぁッ!!」


 思わず、声が出てしまった。それも結構な音量の。しかも快感のあまり身体がびくんと跳ねて、頭上の壁にぶつかってしまった。


 多分、そのどっちもが、ダメだった。


『……え?』


 その瞬間、先ほどまで盛り上がっていた声がピタリと止んで、困惑したような一言の後、しばし沈黙。


(……やべ)


 自分がやらかしたことを自覚して顔を青くしていると、ドタドタドタと隣からロフトを駆け下りるような騒音が響いてきて、俺は一瞬パニックになる。その間に騒音はドアの開閉するところまで進んで、


 ピンポーン!


「……!」


 深夜のアパートに、チャイム音が響き渡る。同時に頭が真っ白になった俺は、ロフトの梯子を飛び降りるように降りて、


(……間違いない、彼氏だ! 彼氏がキレて乗り込んできてる! ど、どうしよう、居留守するか?)



 ピンポーン、ピンポーン!



(……いや、もうバレた以上、タイミングは問題じゃない。仮に今しのいだとして、別の機会に待ち伏せでもされたら、どっちにしろアウトだ)


 冷や汗がにじみ出てきて、心臓が早鐘を打つ。しかし、


(いや、待てよ。そもそも、毎晩真夜中に騒音出されて迷惑してるのは、こっちなんだが)


 そう思うと、何だか腹が立ってきた。勝手に垂れ流してるくせに。ていうか、そもそも自分の部屋でナニをしようと、他人に文句を言われる筋合いなんて一ミリもない。


(……よし。もうこうなったら、徹底的に開き直ってやる!)


 俺はあえてTシャツ、パンツのみ纏った姿のまま、ドアの前に立つ。緊張のあまり呼吸が苦しくなるが、しっかりドアチェーンをかけることで自分を落ち着け、意を決する。


「……はい」


 ガチャリ、と扉の隙間から外を覗くと、そこには、例の女子大生が立っていた。


(……あれ、一人? 彼氏は?)


「どちら様?」


「……となりの、白石です」


 周囲を見回しても、他に人は見当たらない。そこにいたのは、荒い息で顔を赤く上気させている、キャミソールに短パン姿の女の子一人だけだ。そのことを自覚すると、一気に拍子抜けしたように身体の力が抜ける。


「……そう、すか。……で、何か用すか?」


「あ、……あの、間違ってたらすみません、けど、ひとつ訊いてもいいですか?」

「え、はい……」


 そう答えた瞬間、ずい、と女子大生が扉の隙間にその可愛い顔を近づけて、


「――私で、オナニーしてませんでした?」


「……ッ! いや、俺は別にッ」


 ド直球な質問に、俺は思わずたじろぐ。その反応を見た女子大生は急に眉間にしわを寄せ、音もなくその場にしゃがみこんで、俺の股間あたりに顔を近づけて……、っておい!?


「……すん、すんすん、……イカ臭い……」


「ちょ、何してんだ!?」


 驚きと羞恥で思わず腰を引く。再び心臓がばくばくと鳴る中、


「やっぱり……」と女子大生はキャミソールの隙間から肌色を露出しながら、眉根を寄せたまま顔を赤くして。


「……オナニー、してましたよね?」


「も、申し訳ないッ!」


 いろいろと耐え切れなくなり、俺は頭を下げて謝まった。


(何してんだ俺は。これじゃ完全に変態認定されて、下手すりゃ引っ越しだぞ?)


 内心冷や冷やの俺に、女子大生が俯きながら返答した。


「……謝らなくて、いいです」


「だって、さっきのも聞かれてたんだろ?」


「それは、まぁ……」


「なら、通報とかするために、文句を言いに来たんだろ?」


「え?」


「違う、のか?」


 しばしの気まずい沈黙の後、女子大生がもごもごと口を開く。


「……違います。ただ、確認しなきゃ、と思って」


「……何?」


「……」


 訳が分からず、俺は女子大生に視線を送る。少しだけ顔を上げた女子大生と目が合って。



「……だって私も、……ずっとあなたで、シてたから」


「……え?」


 言葉の意味と感じた視線の温度に、俺は思わず思考停止した。その瞬間、扉の隙間から女子大生の姿が消える。


「えっ、ちょ!!」


 衝動的に追いかけようとしたが、チェーンが邪魔した。急いで解除して扉を開けなおすが、開けたと同時に、隣の部屋の扉がバタンとしまった。続いて、施錠される音。


(……彼氏がいない。つまりずっと、一人で? しかも……)



『……ずっとあなたで、シてた……』



 いてもたってもいられず、俺は隣の部屋のチャイムを鳴らす。


 ピンポーン。出てこない。


 何度も鳴らしてみるが、まったく返答がない。心臓が先ほどとはまったく異なる意味で、ばくばくと鳴る。しばらく待ってみたが、状況は変わらなかった。俺は高揚した感情の行き場もないまま、仕方なくベッドに戻る。


 が、当然ながら、息子ビンビン。


 すると。



「……あ、……んん、ああッ」



 壁一枚隔てた向こう側から、再び女子大生、白石の声がする。ピンポンしても一切出てこなかったくせに、これは間違いなくわざとだ。ていうか。


(……まさか、この状況でも、……俺で?)



「……やッ、……んんぅー、はああ、んッ」



(……なんだよそれ。……可愛すぎかよ)



 先ほどのキャミソール姿。妙に湿気った肌の感じと、肩回りの曲線、綺麗な脚の形。思い出すだけで、脳と腰が溶けてしまいそうになって。



「……ッ、……ッ!」



 真夜中のロフトベッド。俺の右手も、隣の声も、まだ止まらない。

 

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隣の女子大生のアレな声でシコってたら、バレた。 或木あんた @anntas

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