真夜中に歩くふたり

倉沢トモエ

真夜中に歩くふたり

「いやー、」


 と、言いかけて、声をひそめた。ここは商店街なので、住居もある。


「ごめんねえ。こんな時間まで、よくみんな飲むよねえ」


 出張最終日、こちらの支社に移った同期たちに誘われて飲んでいたのだが、なぜか後輩も巻き込んでこんな時間になってしまった。


「いえ。いいお話聞けてよかったです。萱野さん、ずっとあの分野を任されてたと聞いたんですけど?」

「そうだねえ。それでこっちに異動になったようなもんだからねえ」

「そうですか」

「転勤、仕事にも同期の性格にも慣れたな、て頃に、ちらほら出てくるのよ」

「でも、割りと短期であちこち移るかたちもある、っていうのも耳に挟んだんですけど」

「え、それは何。転勤困る事情とかある?」

「いや、いろんなとこ住めるかな、と思って」

「……そういう系? 珍しいね」

「あ! すみません、いいですか? さっきここ通ったとき、気になってて」


 そこは、商店街の端っこにある神社だった。


「毘沙門天かあ」

「え、何。神社興味あるの?」


 御朱印帳を持ち歩く系にも見えないが、意外だ。


「いえ。縁日とかお祭りが好きで。こういうとこに住めたら、一年暮らせばそういう日に当たるじゃないですか」

「あ、そういうことね」


 境内に入ったが、この時間柏手もないだろうと参拝は遠慮した。


「深夜の神社って、何となく不思議な佇まいですね」


 ひっそりとして、払い清められている雰囲気。そこに赤い鳥居の存在感。


「すみません、行きましょう。縁日の日もそこに書いてあったし」


 また歩きはじめると、タクシー二台が神社脇のアパート前で止まった。


「いつもすみません、ありがとうございまーす」


 にわかに騒がしくなったかと思うと、中からぞろぞろ降りてきたのは、多分どこかのバーか、キャバレーのホステスたちだ。そこが寮なのだろう。


「そんな時間ですか」

「いやあ、ごめんねえ」

「いえ。私も神社お付き合いいただきましたし」

「帰りの新幹線、何時だっけ」

「どうせ休みですから、午後の便取り直しますか?」


 ジョギングをしている夫婦ともすれ違った。


「コンビニで朝飯仕入れて、チェックアウトギリギリまで寝るかあ?」

「いや。モーニング、そこの喫茶店に目をつけてたんですよ。

 九時半にロビー集合で、どうですか?」

「ちゃんと、よく見てるなあ」


 そういうところで頼もしく思われるのも心外だろうが、ともかくこうして真夜中を歩き通した。 

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真夜中に歩くふたり 倉沢トモエ @kisaragi_01

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