第2話 日誌

【新体制への移行】

 第二紀が訪れてから体制が大きく変わった。現最高指導者が前紀の改造を忌み嫌ったのだ。大昔のクローン体のような見た目が気に入らないとのこと。これには直轄の部下も呆れて物も言えない状態になったようだが、影響が顕著に現れるのは我々研究部だ。根底からやり直さなければならない。大量生産の時代に終わりを告げ、新たなる生命体を造りあげる。これは我々の頭脳を持ってしてでも、容易なことではない。だが、私には勝算があった。実は前指導者が牛耳っていた頃、秘密裏に行った実験で一例だけ成功していたのだ。その生命体は地下の保管庫に隠してあるが、お見せすれば昇格は間違いないだろう。 しかし、もし実用化となれば一つ問題がある。生産速度が非常に遅くなることだ。今まで体内の全てを入れ替えていたのに対して、彼等の脳に直接働きかけなければならないのだから効率が段違いに下がってしまう。なぜそんな面倒なことをするのかというと、生命体が持つ《感情》によってエネルギーを作用させるからである。成功した被験体でいくと、元が激しい気性の持ち主で、喜びや怒りが爆発したときに恐ろしい力を発揮する。だが、まだこんなものではない。エネルギーの質も変えてやれば更なる力を生み出すことが可能になるのだ。


 - 変更箇所

 1. 脳以外を取り除く

 2. 脳にマーヴチップを取り付け、経過を観察(※1)

 3. 以降は従来のマニュアル通り(※2)


(※1)不都合が起こった場合機能停止、廃棄処分

(※2)変更の可能性あり




 薄暗い部屋の中、衛星道具に囲まれながら、モニターを凝視する。


 この【日誌】を読むのは、何度目だろうか。


 これは、最近になって発見された、前体制時代のものだ。一部とはいえ、現体制にとっては葬り去りたい歴史ともいえる時代の記録が、なぜ棄てられていないのか。しかも、研究部といえば、報酬はいいが常に人手不足で、発言権も自由権(地球でいう、人権)もない、傀儡のような部隊。せっかくの報酬も、全て研究費用にあてなければならないほどに切迫している。そんな者たちの文章が、取引されるはずもなく、とはいえ偶然発見されたとも考えにくい。無名の日誌なら尚更である。


“何カ、臭ウナ”


 ボソッと呟きながら、長く白い爪で耳をかいた。今日はやけに後ろの耳がくすぐったい。最近、毛並みを整えていないからだろうか。今は、銀河の裏側まで飛んでいった相棒の監視が大変で、優雅にブラッシングを受けることもできない。


 サモの材料調達はいつも命懸けだ。いつ追手が来てもおかしくない身でありながら、わざわざ遠い星までいくのだから、気が気ではない。


 確かに、我々のようなが取り込めるエネルギー源は、限られている。危険を犯すぐらいなら、諦めてしまえばいいのに、と何度も言い続けているが、それは選択肢にないようだ。あの惨劇を逃げ切り、今生き残っているは極わずかで、しかも寿が迫っている奴らが多いからだろう。


 モニターを映している左目から小さな波を感じた。どうやら、相方が通信を入れたいようだ。壊れた目の代わりに作った義眼を、爪でいじる。


《ロニ……ちょっ……といいか……》


 音が荒い。それに、別の信号もキャッチしてしまっている。長時間繋いでいると危険だ。


“どうしたンダ”

《地球人……を発見……した》

“なニ……?”

《名前は……メル……セウス……とりあえず……見てくれ……》


 眼の前に現れたのは、大の字に転がる、人の姿だった。クセのある灰色の髪は乱れ、翠の瞳を大きく開き、怯えているようにも見える。背はそこまで高くはなく、奇妙な服を着ている。だが、その体内は、自然発生したではありえない構造だった。加えて、保存可能エネルギー量が通常よりもはるかに高い。初めて見る数値だ。


“そいツ、ダナ”

《そうだったか……》


 地球人は好まないが、あのエネルギー量は気になる。というのも都合がいい。


“機能停止にしてかラ、連れてコイ。急ゲヨ”

《はいよ、》


 ロニは通信を切ると、作業にかかった。今使った通信コードを書き換え、位置情報も偽装する。通信の際には毎回、何百という滅びた星を経由させているが、奴らは侮れない。今まで何度もきたのだから。


 一通りの妨害工作を終えたあと、ロニは深く息を吐いた。安堵したわけではない。どうにかして、本能を落ち着かせようとしているのだ。しかし、大抵の場合、発作のように突然起きてしまう。今回も、そうだった。


 ロニは、大きく口を開けて吠えた。それは、遠い地にまで届きそうなほどに、低く恐ろしい声だった。上下に突き出した牙が、音圧で震える。手をかけていた机にヒビが入り、垂れ下がったコードが高く持ち上がって、その火花で天井を焦がした。


 自分でも、制御が難しい《感情》がある。怒りだ。長い間生かされてきたが、この感情が消えることはない。むしろ、この頃は強く現れるようになった気がする。発端は、あの日誌だった。削除することのできない、あの忌まわしい記憶を刺激される度、腹の中が裂けそうなほどに燃え、無駄なエネルギーを使ってしまう。


「クァ レ ノ……?」


 優しい声がした。ロニが口を閉じてそちらを向くと、白く小さな子どもが、シールドの外から覗き込んでいた。横に伸びた4つの耳の先を限界まで下げ、大きな瞳でこちらをじっと見ながら、落ち着きなく浮かんでいる。


 ロニは、背後でバタバタと落ちるコードに見向きもせず、そちらに近寄っていって、三本の尾を振った。子どもは、尾の動きに合わせて、背部と腹部から生える細長い腕を広げながら、嬉しそうにくるくる回る。


 サモが帰還するまで、二回、日が登るだろう。


 ロニは、子どもの奥で輝く日を見つめた。

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大銀河―廃棄された者たち― 白米ギン @tabunmurabito

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