大銀河―廃棄された者たち―
白米ギン
第1話 目覚め
――終わりは突然訪れる。
劈く悲鳴。
体を貫く腕。
逃げ惑う者たち。
(やめろ!!)
苦痛の中、叫ぶ。
しかし、それは声として口から発せられることはなかった。無力にもそれらを見つめることしかできない。無数に建てられた柱が倒れ、壁が崩れ落ち、仲間とともに過ごした家が破壊されてゆく。
もう一度、口を大きく開け、腹に力を入れた。それでもやはり、声が出ることはなかった。
突然、体が停止した。腕がだらりと垂れ下がり、脚が折れる。そのままバランスを崩し、派手な音をたてながら前へ倒れ込んだ。
体が鉛のように重い。悲鳴や建物の崩れる音が遠く離れてゆき、視界も歪み始める。
誰かの足のようなものが、目の前に現れた。名前は知っている。しかし、声にならない。
(知っている……。知っている……?)
意識が闇に吸い込まれる。
『お前は、誰も助けられない――』
彼は、目を開けた。頭の中で最後の言葉が木霊する。内側にスピーカーでもあるかのように、何度も低い声が反響している。
(夢だ、夢だから……)
彼は固く目を瞑り、荒くなった呼吸を無理やり落ち着かせようと、一息長く吐いた。短く吸っては、長く吐く。昔、小学校の学級発表会のときに、兄に習った方法だ。今では社会人一年目の彼だが、面接や試験など、何か緊張することがあるたびに使って助けられてきた。
今回も上手く行きますようにと思いながら、何度も繰り返していくうち、声は落ち着いてゆき、沈黙が訪れた。
彼は、ほっとして目を開いた。
(なんだ、これ……)
目の前にあるのは、赤黒い空のような大きな空間だった。大きさや色形さまざまな物体が、柱のように高く積み上がり、天に突き刺さっている。目を少し動かしてみたが、上も下も右も左も金属まみれで、地面という地面がそれらで埋めつくされているようだ。赤い空を反射しているためか、辺り一帯が血の海となり、その一つになってしまいそうだと、彼は感じた。
続いて、金属の腐った臭いが鼻を貫いた。思わず顔を覆いたくなったが、それはできなかった。
(腕が……動かない?)
それどころか、足も首すらも微動だにしない。麻痺というより、初めから神経など存在しないような、不快な感覚だ。
混乱の中、悲鳴を聞いた。それは夢の音にも似ていたが、考えるよりも早く、金属がぶつかり合う激しい音が、辺りに響き渡った。同時に地面が大きく揺れる。辺りの柱がガシャガシャと音を立てて崩れ始めた。目の前に棒のようなものが掠め、分厚いボックスがいくつも飛び上がり、彼めがけて落ちてゆく。
(まずい……!)
思わず目を閉じた彼を、箱や金属片が何度も打ち付けた。全身に突き刺すような衝撃と圧がのしかかり、頭が割れるほどの金属音が耳を切り裂く。
しかし、彼は生きていた。意識も安定し、目の前を塞いだ物体の形状も見ることができた。徐々に、蒸し暑さも感じられるようになり、彼は頭をぷるぷると振った。
カランカランと小さな音を立てて、視界が広がる。だが、汗は出なかった。
もう一つ、彼は先ほどから気になっている事があった。あれだけの金属物を全身に受けながら、痛みが全くといっていいほどないことだ。元々動かない腕や足はともかく、顔や胴体まで何も感じない。さらには、視界に入る限りでは、血が出ている気配もないのだ。
(まだ夢の中なのか……?)
彼は、もう一度視線を上に戻してみた。体の上にいろいろ積まれたせいで、視野が狭まってしまったが、空を観察するには問題ない。じっと目を凝らすと、どす黒いが雲のようなものがいくつか浮かんでいるのが見てとれた。その間に星のような点がたくさん並んでいる。そのうちの一つは、流れ星のように弧を描き、すぐに赤い空へ消えていった。
(UFOかな、)
彼は、他にも同じような点がないか探してみたが、どれも静かに輝いているだけだった。
それから少ししたあと、小さな音が彼の耳を通った。何かを踏むような音だ。だんだん大きくなってきている。彼は、安堵と恐怖を初めて同時に感じた。
すでにこの場所は元いた国ではないと分かっていた。もしかすると、星自体違うかもしれない。確証はないが、直感がそう伝えている。となると、今近づいてくる物は彼にとっては唯一助けてくれる存在になり得るのだ。しかし反対に、敵対する可能性も秘めている。となると、未知の生物に対してどう抵抗していいのか、働きたてのレストランのボーイに分かるはずがなかった。いずれにせよ、腕も足も動かず、顔以外ほぼ埋まっている状態ではなにもできないのだが。
そうこうしているうちに、足音がピタリと止まった。
彼はひゅっと息を飲んだ。
遠くで雪崩の音が響き、地面が小さく揺れる。
「誰か、いるのか?」
その声は、確かに彼の耳に届いた。とても低いが穏やかで、しかも、言葉が通じる。
彼は、喜びで胸がいっぱいになった。
「コ、コで、ス……!」
彼は必死になって口を動かしたが、上手く言葉にならない。頭の中で文字を作ったり追ったりするのは問題ない。しかし、実際に発しようとすると、急に霧が現れ単語が隠れてしまう。「助けてください」の一言も、満足に口が動かない。
ほどなくして、体が軽くなっていく感覚を覚えた。ガシャガシャと音が鳴る度、どんどん楽になってゆく。
ほぼ自分の体を見渡せるようになる頃に、彼はようやく声の主を見ることができた。
「大丈夫か?」
その声に、彼はなかなか反応できなかった。目の前の、明らかに人ではない生物が、彼の自国語を話していたからだ。先ほどの喜びを返して欲しいとさえ思ってしまう。
しかし、『エイリアン』と呼ばれる種族ともまた違っていた。
ふさふさの髪の毛に口髭を蓄え、二足歩行。金色の眼が異様なほどに光り、口の両側から牙のようなものが二本ずつ飛び出している。筋骨隆々をはるかに超えた体を太い脚が支え、彼が三人いても余るほどの大きなコートをはおり、その下には歪に破れたシャツと、足首までのパンツを身にまとっている。ときどき光って見えるのは、ベルトのようだ。鎖に似た形をして、腰や肩を固定している。
「起きられるか?」
その大柄の男は持っていた塊を足元に置き、彼のそばに跪いて背中に腕を回した。彼の上半身は、人形のように軽々と地面から離れた。
「あ……リが……と、ゥ……ござ……ィマ……す……」
彼は口を精一杯動かして感謝を伝えた。目の前の生物は訝しげに眉をひそめたが、すぐに小さく笑って返した。
「お前さん、ここにはいつからいるんだ?」
「わ……かリマ……せん……」
「そうか……。とりあえず、ここにずっといるのはまずいな……」
謎の男は彼を支えながら、遠くへ目をやった。彼もぎこちなくそちらへ目を動かしたが、地表が鉄くずで覆われていることしか分からなかった。
「コ、こは……どこ……デす……か?」
「ここは、銀河中で出たゴミの最終処分場だ。この星全体に集めてエネルギーに変える」
「ほし……?エネルギー……?」
違う惑星にいるかもしれないという、彼の想像は当たっていた。すると、必然的にさまざまな疑問が生まれてくる。
なぜそんなことになったのか。
なぜ自分は息をできるのか。
自分は母国に帰れるのか。
しかし、それらは頭の中を堂々巡りするだけで、声にはならなかった。
男は目を彼に戻しながら言った。
「お前さん、一体どの星からやってきたんだ?この辺じゃないよな」
「チキュ、う……」
「ち、地球だと……!」
謎の男は突然大きな声をあげ、腕を引っ込めた。彼は支えを失い、後ろへ倒れ込む。後頭部に打撃を受け、視界がぐるんと回り、赤い空と男の顔が映った。
いくらその男が地球人でないにしても、表情というものは共通らしい。ただでさえ厳つい顔が歪み、獣のように牙を剥いて威嚇している。かなり根深い恨みか、はたまた憤りやすい性格か。
そもそも、なぜ地球人というだけでここまで怒らせてしまうのか、彼は疑問に思った。しかし、上手く言葉にならない。
二人の間に短い緊張が走ったあと、遠くのほうで鐘のような音が鳴り響いた。男は慌てた様子でそちらを振り返ったあと、彼を見下ろした。
「名前は、なんだ?」
「メ、メル……セウ……ス…」
それを聞いた男は、考え込むようにして、口を閉じた。憎悪の表情は、もうなくなっている。そして、小さく頷く素振りをみせると、緊張した声色で言った。
「とりあえず、連れていこう。体をバラすぞ」
男は、彼の顔に手を伸ばした。大きな手で顔全体を掴み、力を入れる。
「バラ…?え…?」
「痛むかもしれんが、我慢してくれ」
そう聞こえたかと思うと、彼は、首に違和感を覚えた。一体何をしているのか始めは理解が追いつかなかったが、力が加えられる度、その正体が判明した。
「マっ…て…」
痛みはない。しかし、引き抜かれそうな感覚は痛いほどある。それがより一層、恐怖と混乱を招いた。
(バラすって、文字通りかよ……!)
ポンッ、と何かが外れるような音がした気がした。
しかし、確認する間もなく、彼は闇に引き戻されてしまった。
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