あの美しい暗闇をもう一度

右中桂示

ある男の独白

 昔から、夜が好きだった。それも闇の濃い真夜中が最高だ。


 夜の闇には種類がある。インクのような黒一色ではない。

 青みがかっていたり、紫がかっていたり、毎日観察するとよく分かる。そしてその色は、あらゆる環境に左右されるという事も。

 赤が混ざる宵の口や闇の薄れゆく夜明け前も良い。曇りや雨の日もまた味がある。だが、やはり夜は暗ければ暗い方が良い。

 だから満月は駄目だ。あれは明るくなり過ぎる。朧月で丁度いい。人は月をなにかと持て囃すが、それは分かりやすい目印に飛びつく子供のようなものだ。通を気取る気はないのだが。


 と、こんなこだわりを語ったところで、他人にはまず理解されない。

 皆、真夜中の暗闇は怖いと言うのだ。


 確かに人は、夜の暗闇に恐怖を見出す。

 それは何故かと言えば、見通せぬ闇と痛い程の静寂が想像力をかきたてるからだ。

 幽霊、怪物。いもいない存在を見て、勝手に恐れてしまう。

 だがそれだけではない。味方もまた想像によって生まれる。

 肯定、願望。ありもしない存在を見て、勝手に癒やされるのもまた人だ。


 そう、暗闇は人の孤独に寄り添ってくれる。隠したいものを覆い隠してくれる。世界の広さと奥深さを教えてくれる。

 真夜中の暗闇は人が求める優しさを秘めているのだ。


 だが、近頃は闇が減った。

 人類が本格的に宇宙へ進出して、世界は光に溢れてしまった。

 空ではひっきりなしに人工物が飛んでいる。

 かつては闇が欲しければ田舎に引っ込めばよかったが、今では世界の何処に行っても人工衛星や宇宙船が空を支配していた。例外はない。ビカビカと下品な光が一日中輝いている。

 残念だ。無念だ。


 確かに人は、夜の闇を灯火によって追い散らした。生活を豊かにした。だがこれを文明と呼ぶのははばかられる。

 絶滅動物しかり、環境破壊しかり、必要なものを削るのは野蛮な行いだ。決して文明的ではない。


 夜の暗闇は人に必要だ。

 それもただの暗闇ではいけない。

 室内、洞窟。狭苦しい暗所には温かみはなく、孤独をより深めてしまう。

 開けた真夜中の空が暗黒に染まるからこそ、広い闇は優しく人を包み込んでくれるのだ。

 なのに、追い散らされた。

 傲慢な人は不躾に宇宙にまで進出し、その果てさえ光で覆わんとしている。


 つまり、世界から闇は失われてしまった。


 私にはそれが耐えられなかった。

 耐えきれず、熱意をもって行動に移した。




 夜空を見上げれば流れ星が落ちていく。無数の光が地上へ落ちていく。

 願い事を祈るには絶好の好機だが、流石に星へ願いをかける程のロマンチストではない。

 そしてそもそも、最早願う必要もない。


 流れ星の正体は、下品な光を放っていた人工衛星や宇宙船だ。

 人の知性の結晶が制御を失い、ガラクタとなって落ちていく。空気摩擦による炎で自らを輝かせて。

 今頃傲慢な人間の社会は混乱している事だろう。

 こんな騒がしい夜空は本来好みではないが、今夜は特別だ。とっておきを持ち出して星見酒と洒落込む。


 そう、これは私の仕業だ。

 私が、技術と資金と労力と人脈を駆使して、優しい真夜中の闇を取り戻す為に、下品な光を叩き落としたのだ。


 史上最悪のテロリスト。

 私はこの悪名を甘んじて、否、喜びをもって受け入れよう。

 昔から、真夜中の暗闇を好むのは悪党だと相場が決まっているのだから。




 さあ、世界に再び真夜中がやってくる。

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